先日、車のお祓いをしたんです。
その時、3人の比売神に交通安全を祈願していました。
この比売神とは違いますが、なんとなく祓戸大神を思い出しました。
祓うのは罪や穢れですが、そこには生と死、今世の記憶につながる循環が感じられたので、こちらでシェアしたいと思います。
祓戸大神とは?
大祓祝詞や延喜式に記述があり奏上される神はこの4柱です。
瀬織津比売神(せおりつひめ) -- もろもろの禍事・罪・穢れを川から海へ流す
速開都比売神(はやあきつひめ) -- 河口や海面で待ち構えていて飲み込む
気吹戸主神(いぶきどぬし) -- 速開都比売神もろとも根の国・底の国に放つ
速佐須良比売神(はやさすらひめ) --禍事・罪・穢れをさすらい失わせる=漂わせ、そのまま痕跡をなくす(イメージはしゃぶしゃぶしている感じ)
川にいるのが瀬織津姫。
川から海の方へ流していきます。
河口、海面で待ち構えているのははやあきつひめですが、なんと、汚れを丸ごと呑み込みます。
そのはやあきつひめごと、伊吹度主が風で冥界へ送ります。
そして速さすらひめは冥界にいて、最後は痕跡が無くなるまで漂わせるとあります。
はやあきつひめごと、ですよ。
はやあきつひめ・・・これは一人の女神じゃなくて、役割なんでしょうね。
毎回いなくなってしまうんですよ・・・!!
ここで一つ、仮説を立てました。
この、罪けがれというのが実は現世の記憶なんじゃないかということです。
罪、もろもろ
大祓祝詞で払われる罪穢れ、読んだことありますか?
もちろん倫理違反的なことも多いです。
でもね、まあまあ普通の行動も多いんですよ。
排泄したり、病気になったり、天災に遭ったり虫の害とかね。
これって、物質世界にいたらあるあるなこと。
犯罪や残酷な行動だって、ニュースを見れば同じ人類が起こしているじゃないですか。
だから、そういう「現世=穢れ」として、体験そのものの記憶を消すということなのではないかと思ったんです。
生と死の境界にいる女神
流す神、運ぶ神、処置する神は一旦置いといて、毎回死んでしまう神がいますよね。
はやあきつひめです。
はやあきつひめは、川から流れてきた罪を抱えて呑み込みます。
これが受胎ということだとしたら?
気吹度主は海の底に吹き飛ばすとありますが、単に海の底なのではなく、最後に出会うのは冥界の女神ですから、ここで海の底がどこかで別次元に繋がっていることがわかります。
だから、死の過程にいる魂を呑み込んだ状態で、すでに受精卵としてリサイクルの過程とすり替わっているのかもしれません。
新しい命が宿り、誕生するということは、前世の記憶は全て消さなくてはいけないですよね。
だから、前世で経験した全てのことを、今度は冥界の女神はやさすらひめが、一旦バラバラになるまで海の中でゆらゆらと漂わせて、消えたようにさせる。
ここでは「消滅させる」とは書いていないんですよ。中臣大祓にも延喜式にも。だから、消すんじゃなくて粒子として残っている。
アカシックのあるところ?
このことから、アカシックレコードって海の中にあるのかもしれない、その海というのも意識の中のことで、私たちの内側にあるのではないかと思ったりしました。
まあ、この辺りはまだまだ修正されていくのだと思いますが、ひとまずそんな考察をしたのでシェアしてみましたよ。
みなさまどう思いますか?
まとめ
大祓祝詞の中に書かれた罪は、罪というほどではなく、現世ではよくある経験なども多いです。
でもきっと高次元世界にはそういう経験というのは持ち帰れない。
だから経験を別の形に変換して、アカシックレコードに収納するという一連の作業かもしれないなと。
また、記憶はバラバラにさすらわれた状態になり、線は繋がっていないために、点在している。
記憶が消えたように見える状態へリセットされ、赤ちゃんとして生まれ変わるのかもしれません。
どうでしょう、この仮説
私たちの中にある、記憶の断片は、点在しながら全て意識の中にあり、なにかの拍子にその点が線で繋がる。
だからこそ、「やたら気になる国」「キーワード」「知らないはずの景色や図形に惹かれる」という現象が起こるのかもしれません。
私たちは今世、経験を通して、記憶を繋ぎ合わせた状態で肉体を終えます。
そしてそれは祓戸の大神たちが、私たちの三次元での行動を浄化し、その記憶の糸を切られた状態にされることで、点在した状態で新しい体へと転生を繰り返すのです。
私たちは今世、全く新しい肉体、環境、国、文化を通して、その記憶をどのように繋ぎ直すのか?
そのより良い使い方をできるだけ多くあの世に持ち帰ることが、魂の使命なのかもしれません。
今回は以上です。
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