5月下旬、義父が亡くなりました。
数年前から段々歩くのが困難になり、昨年末に自宅で転倒、腰の骨を骨折してからますますADLが悪くなり…
下血をきっかけに入院。でも下血の原因もはっきりせず、その後、下血も治まった為退院して施設入所となりました。
その頃には、気力もなくなり…
施設(有料老人ホーム)のDr曰く
「いわゆる老衰で、このまま最後を迎える事になるでしょう」
とのお話がありました。
そのお話があって、半月ほどで亡くなり…
でも、正直に言えば、悲しくはありませんでした。
義母の時は凄く悲しかったけど…
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義父は、見栄っ張りで家計が苦しくても浪費をする人でした…
そのせいでダンナもずっと辛い思いをしてきたそうです…
それは私達の結婚後も続き…
私達の結婚の御祝儀を貸したこともありました…
娘が障害を持って産まれた事を知った時も「今の若いもんは食い物が良すぎるから、こんな子が産まれるんだ」と言い放ち…
そして、私の父を下に見るような発言があったりしていたので、私は「義父に何があっても老後の面倒は絶対みない」と決めて、つかず離れずの距離を保つようになりました。
なので、ちっとも悲しくもありませんでした。
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義父が亡くなって2週間あまり、今度は、義母方の叔父が亡くなったという知らせが入りました…
正直、義父よりお世話になったのがこの叔父さんなのです…
叔父さんが亡くなった事の方がとてもショックで…
叔父さん一家とは義両親・義妹・ダンナ含め、深い親戚付き合いをしてきたそうで…
そのせいか、ダンナの事、私の事まで普段から気にかけて下さいました…
娘が亡くなった時、すぐに駆けつけて下さり…
そして、まだ親の葬式も出した事も無い、何も分からない私達の為に、葬儀の段取りをしてくださったのです…
その時、義父が何をしていたかと言うと、義父の友人から届いたお花の飾る位置を偉そうに「もう少し見える所に!」と指示していただけでした…
それを見て「この人はこんな時でも、自分の見栄の事しか考えないんだな」と虚しくなったのを覚えています…
何の助けにもならない義父より、叔父さんは何倍も私達の助けになりました…
人が本当に困っている時にこそ、さりげなく手を差し伸べてくれる…
そういう優しさを自然に与えられる人になりたい…
叔父さんが教えてくれた事だと思いました…
何の恩返しも出来なかったけど、残された叔母さんや従兄弟達に何かあったら、助けになりたいとダンナとも話していました…
今頃義父は叔父さんに怒られてるかな?
「息子や息子の嫁に辛い思いさせてたなんて知らなかったぞ!」
って…