他、ブログへの投稿です。 良寛さん(1) エリサさん こんにちは >あるがまま全てを受けて入れて生きるのですね ネガティブなことを受け入れるのはなかなかツライことではありますが 自分にとってベストなことだけが起こると信じていれば 受け入れやすいかも知れません 受け入れると言う言葉は敷居が高く重い感じがしますので、 受け入れられなくて、撃沈しても良いということで、 なにが心に起きても、そのまま、そのままと、心のとりあつかいを しなければ良いですよ。 それだけで、今まで感じたことのない、軽やかさを感じることができます。 神経症は、心の状態にこだわりすぎて、いろんな設定をつくり、 完璧な状態にとらわれ、よけい意識が集中して不安がますます大きく増大して、 耐えられなく、身動きできなくなるものですから。 心の設定を外して、フリーになれば違う景色が見えてきます。 フリーと言うことは、”マイナス%も(・∀・)オッケー!”ということですから。 良寛さん(2) >禅の世界は深いですね★ いや、まったくそうです、すごいです。 宗教でありながら、迷信くささもないですし。 良寛の ”災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。 死ぬ時節には、死ぬがよく候。 是ハこれ災難をのがるる妙法にて候” これも、そのままに、状況になりきって行くということで、 のがれようとかの設定を入れると、かえって心が二分され、 不安感が増大し、とらわれて行くので、 そのまま、そのままと行けば、とらわれによる余分な不安が増さない分、 かえって、災難に心が自然に解決にむかってくれると言うものです。 心の切り替えが早くなるわけですね。 ”裏をみせ 表をみせて 散るもみじ” も有名ですね。 神経症の人は、なにかと心に設定を入れているものですから、 こうでなければと、世間体や、周りを非常に気にするものです。 絶対、裏は見せない等。 ですが、それがために、とらわれが増大し、身動きできなくなったりします。 あっさり、設定を外し、おまかせ、あるがまま、無心、他力の心情で、 すってんころりん、裏も見せていけば、なんとか生きて生きていけるものです。