超久しぶりに
ブログを書こうと思ったのは
やっぱり貴重な体験を
どこかに残しておきたかったから。
先日の3月10日から13日までの
たった3泊4日間でしたが
宮城県の石巻市へ
ボランティアへ行かせて
いただきました。
あれから1年。
歴史にも残るほどの大惨事を
将来教師になったときには
話さなければならない日が
絶対くると思う。
その時に、
児童たちに
「先生はなにをしたの?」って
聞かれた時に、
ちゃんと答えられる人になりたくて
今回は関わらせてもらえる
機会をいただきました。
林先生や他の先生方に
ほんと感謝です。
やっぱりテレビで見るような
映像なんかとは
全く桁外れな印象を
うけました。
なにもない石巻の港、
みた瞬間言葉を失ったし、
涙があふれてきた。
真っ黒こげになった小学校、
窓ガラスも溶けて無くなった
焼けただれた車、
泥の中に埋まってる
ラー油の入れ物やお皿、
後輪がぐしゃっとつぶれた
ピンク色の三輪車、
泥水が入ったへこんだ鍋、
日常的なものが
非日常的なかたちに変えて
そこらじゅうに
転がってた。
1年経った今でも
色んなものが当時のまま
生々しく残ってた。
当時のようすが
ダイレクトに伝わってきました。
今回は震災から1年ってことで
式典のお手伝いをしたりもしたけど
一番のメインの仕事は
傾聴ボランティアでした。
仮説住宅にいって
足りない物資を聞いて届けたり
お話をしたり。
やっぱり「そんなのいらないから」って
閉められるのもあったけど
みんな絶対最後には
来てくれてありがとう
って言ってくれる。
それだけでも十分でした。
当時の話を
涙を浮かべながら
話してくれたおばあちゃんもいたりして
聞いていて一緒に
涙することもありました。
自分の昔の話を
自慢げにニコニコと
話してくれる
おじいちゃんにも会いました。
色んな人と出会えた
今回のボランティア。
先生によると、
大事なのはこれから。
1年経って、2年経って、3年経った頃らしい。
みんな3年までは頑張れる。
3年はどうにか堪えられる。
でもそれを越えた頃、
どんなに頑張ってももう無理だった、
って気力を失って
最悪の場合、
自殺を選んでしまうケースが多いって、
阪神大震災の経験を
先生が語ってくれた。
それを防ぐには
頑張っても年に数回しか行けない
私たちボランティアの力だけじゃ
どうにもならないし、
やっぱり現地の人同士を繋げることが
大切なんだな、ということも
改めて考えさせられました。
あとは風評の問題。
がれきを受け入れてくれないのは
がれきにお化けが
取り憑いてくるからって
言ってたよ、って
仮設住宅の人が
教えてくれたらしい。
津波で何もない港のほうには
お化けが出るから
今じゃ誰も行かないよ。
とも言ってる人も
いたんやって。
避難所にいるとき
8時以降は変な奴が
うろついてるから
外に出ないでって言われて
完全に避難所に鍵をかけたんやって。
初めて聞く現地じゃないと
分からない事実も知って、
なんか複雑な気持ちに
なりますよね。
これも私たちには
何ともできない問題やけど
考えなあかんなって思った。
家で思い出されるのは
あっちで出会った人たちの
笑顔ばっかり。
また会いにくるよって約束した人達が
東北にいてくれる限り
私はまた行くと思う。
今回のボランティアをきっかけに
色々自分の中で
変わったものもあって、
林先生には
「今まで自分を
認められないって
悩んでたみさきも
今回の経験で
少しは認められるように
なったんじゃない??
素直に認めてあげてもいいんだよ」
って言ってもらえた。
この言葉はほんと嬉しくて
思わず泣いちゃった。
こんな感じの
4日間でした!!!
あぁ~
書きたいことが山ほどあるのに
書ききれない自分の文章力に
脱帽だね(~_~)←




!





(笑)
