地震が起きた時、伯母と電話をしていた。
いつもの地震だよね。って言っている間に揺れが強くなっていった。
もう、だめかもと思いながら揺れる食器棚を必死で押さえていた。
もう家中の冷蔵庫以外の家電がすべて倒れ、棚からすべての荷物が雪崩のように落ちてきた。
食器は割れて足の踏み場もなくなった部屋の中で、最後に伯母の声が聞けて、本当によかったと思った。
地震が止まった間に必死に携帯で旦那さんに電話をかけようとするけど、指が震えて電話がかけられない。旦那さんは無事なんだろうか?どうか無事でありますように・・・。ただそれだけだった。こんな時こそ慌てずに冷静になろう!と思い直し、バックに必要最低限の物を詰めた。台所の割れた食器を見ていたら、旦那さんのご飯茶わんだけが割れずにあった。その時、旦那さんは無事だと思った。避難しようと思って荷物を用意したけど、旦那さんは必ず帰ってくると思ったから、待っていようと決めた。無事に旦那さんも帰って来た。余震が続く中、すごく恐くて、もうだめかもしれないと思ったけど、無事に家族、友人が誰ひとり欠ける事なくいられた事に感謝。まだ水道が断水状態で不便だけれど、生きていられただけでありがたい。東北に住む親戚の安否確認ができないので、早く連絡が取れますように。無事でいてほしい!
私が生まれた家は
海のすぐそばだった。
それから弟が生まれて
海からは少し離れてしまったけれど
ベランダから一面の水平線を見るコトが出来た。
学校に行く時や
社会人になって
会社に行く時、毎日きれいな水平線を見渡しながら
歩くのが、大好きだった。
それから引っ越しをして
水平線を見るコトもなく
何年たっただろう・・・
もう一度、水平線が毎日
見える家に住みたかった。
結婚をして住み始めた家からは
毎日、水平線が見える。
近くのスーパーからも
建物の間から僅かに見える。
住んでいる所は
田舎でスーパーくらいしかないけれど
とても気に入っている。
毎日、きれいな
水平線だけは見れるから・・・。
こっちゃんと会えなくなってしまいました。
今までは、いつでも会えたのだけれど・・・
この間、会った時に見えなくなるまで、
ばいばぁ~いって、
何度も何度も手を振ってくれてたなぁ・・・
こっちゃんは気づいてたのかな・・・
なんか、すごく淋しい
今度はいつ会えるんだろう・・・。