久々の“しゃべり鮨場”企画。今回は日本の精神医療の現状をイタリアのそれと比較して考察する会でした。
思っていた以上に身近な人に精神病で苦しむ人がいて、関わっている人は沢山いるんだな、という印象。
日本では精神病患者は増加傾向にあるらしく、それは、精神病というものの認識が変わってきていたり、認定の基準が変わったりなどの見た目上の増加もあるが、現場レベルの感覚では確かな増加を感じているらしい。
それも、園児のレベルとかでも増加していると感じられるとのこと。
食べることに苦しまないし、生活する上で守られている園児の中ですら増加している精神病の根本は何だろう??
そもそも、普通って何?正常な精神とは??という問いに正解すらないのだろうし、“普通の人”なんて1人もいないし、皆んな変わっている。当たり前だ。多様な人がいて認め合える社会が望ましい。
ただ、社会規範の中で生きていく上で不都合が生じる人は精神病として認知され、サポートを受けながら生きていかなければならないということで、そのための精神医療のあり方を現場の方々は試行錯誤しながらがんばって下さっているらしい。
そもそも、ここでいう社会規範というやつが絶対的に正しい基準ではないし、その社会規範で生きている人たちの中に精神病患者が増加しているのなら、社会規範自体に問題があると考えられる。
食べるものが充分になく、生き抜くことに必死だった時代には、精神病に苦しめられるゆとりもなかったのだろう。
ここまで思考を進めると、もはや何が幸せかわからない。
野生動物のようにその日その日に食べるものを探し必死で生き抜いている生き方がよいのか、動物園で飼育され、食べるものは充分に与えられながらも限られた世界の中で死んでいく生き方。(←実はこの話は第1回のしゃべり鮨場でも出ていた話題だったのですが、、、)どちらが幸せな生き方なんだろう?
討論が進んでいく中で精神病患者を隔離するのでなく、相手の個性として認めた上で関わっていくことが大切で、それは地域コミュニティ全体で行なっていくことが大切なんだという話に。
もう一点、面白いなと思ったのは、精神医療の方法の1つとして、元気回復プログラムというものがあり、そこでは、自分の取り扱い説明書を作成し、それを周囲の人に認識してもらった上で関わってもらうという作業があるらしい。












