2024年3月に自宅で一人暮らしをしていた父が
脳梗塞で病院に運ばれてから約8ヶ月、10月15日
深夜1時に他界しました。
93歳という人生、大往生という言われる年齢では
ありますが、息子として何歳であっても大往生
という感情にはなれず、もっと長生きして欲しか
ったです。
入院してからは大変な日々が続きました。
3月 脳梗塞で実家のある和歌山の病院に入院
たまたま姉親子が帰省していて、対応が早く
大きな後遺症は残らなかったことが不幸中の幸い
4月 リハビリの効果もあり順調に回復してはいるものの
これまで通り一人暮らしは無理とケアマネさんかも
言われる
本人も厳しいと言っていることもあり、姉と私で手分け
をして介護施設探しを始める
5月 やはり施設はどこも空きがなく、すぐの入居は無理
ケアマネや相談員からは一旦自宅に戻ってもらうこと
になると無茶な提案
※姉も私も遠距離でそれぞれの生活がある
5月 病院としては、治療が終わったこともあり
病院から退院を促される
退院というよりは、突然の退去命令のような状況
※病院とのやりとりはここでは割愛させてもらいます。
5月 5月中には出ていってもらわないとの一点張りの病院
姉が住んでいる奈良でなんとか受け入れてくれそうな
住宅型老人ホームが見つかり、6月1日入居で急いで
段取りを済ませる
わずか2週間で施設決定から契約まで済ませる
入院していた病院の相談員は退院を迫るばかりで結局
何もしてくれなかった。
施設の方からも病院の対応に同情される
6月 退院と同日に施設への移動
自家用車で約4時間かけて和歌山から奈良に移動
父親も施設を気に入ってくれていて姉と二人でひと安心
6月 入所したときは、気に入ってくれていたが、
入所後は不満が爆発!!
寒い、こんなところにいたら殺される、ボケてる老人ばかり
食事は最低... 姉への恨み節もひどくなる
7月 ネガティブな発言を繰り返し、何をする気力もないようで、
体調もあまりよくない。熱が上がったり下がったり。
テレビも要らないというし、やる気が出ない様子
早く死にたいと口癖のように言うようになるし、
やはり和歌山に帰りたいと言う
7月 体調がよくないこともあり病院に診てもらったところ
即入院となった。脳梗塞が再発したとのこと。
7月 ひどい後遺症もなく、支えてもらえれば歩けるまでに
回復してきたので、退院したあとの行き先を探す必要
がある。
住宅型老人ホームに戻すとメンタルがもたないと思う
ので戻す訳にはいかないので解約
病院の地域連携室の方と相談しながら次の施設探しを
進める。
私が責任を持って探します!と言ってもらえて、
和歌山の病院との対応の違いに姉と二人で衝撃
を受ける。
8月 私がコロナに感染したり、姉自身が手術で入院したり
その間に施設を探して見学に行ったりバタバタ
9月 同室でコロナ患者が出たとの連絡
父はとりあえず陰性だが、隔離が必要とのこと
9月 父も陽性となる
隔離して治療にあたり、重症化にはならず、なんとか
一般病棟に帰還
9月 隔離解除にはなったものの、コロナの影響は大きく
熱も上がったり下がったりで食事も2割程度しか取れない
点滴では限界があり「中心静脈カテーテル」を入れること
になる
10月 姉が定期的に面会に行ってくれるが、やはり元気がない
10月5日 貧血がひどく輸血が必要
腎臓・肝臓の数値もよくなく多臓器不全の状態
10月7日 輸血の効果があり、回復傾向ではあるが注意は必要
10月10日 熱が上がって肺炎を起こしていると連絡あり
会話ができないが意識はある
10月12-14日 3連休を利用して実家に父の冬服を取りに帰宅
10月14日 和歌山からの帰りに奈良の病院によって父と面会
38度の熱があり悪寒のためしんどそう
この日は熱が40度まであがったとのこと
会話はできる状態ではないのでそのまま帰宅
10月15日 深夜1時 姉から「今息を引き取った」と連絡あり
もう少ししてやれることはなかったのか?
長男としての責務は果たせたのか?





