とあるところに、齢七十程の老医師がいた。
生涯現役でありたいと切に願いながらも体の衰えは著しく、最近は関節の動きも悪い。このところ診療所に訪れる患者の数も減る一方。現役でいたい気持ちとは裏腹な現状に一抹の寂しさを感じる。
そんな老医師の下に久方ぶりの往診の依頼が来た。患者は自分と同年代というところ。
電話をかけてきたのはその老人の奥方だろうか。話を聞きはしたがどうにもその御婦人の言うことは要領を得ず、よくわからないことを述べるばかり。
曰く「主人のヘソから何かが生えてきた」とのこと。
何のことやら。何が生えてきたかは知らんが大方できもの程度のことであろう。まさかカイワレ大根が生えてきたということはあるまい。安倍公房でもあるまいし。
「とにかく診てみないと何とも言えない」と、往診に出かける老医師。
着いた先は古く大きな屋敷で、チャイムを鳴らすと奥方と思われる女性が対応してくれた。
「わざわざ御足労いただきまして…」
それは構わないのでご主人の症状を診させてくれというと、屋敷の奥の仰々しい扉の前まで案内される。「主人の書斎です。」と言うとガチャリと鍵を開ける。
何故に寝かせておかないのか、更になぜ鍵を閉めてあったのかと疑問には思ったが、そこは一旦飲み込み扉を開ける。ギイと大きな金属音を轟かせながら扉が開く。
中に入ると室内は異様に暗く、そして大きな屋敷とはいえ一体どこにこんなスペースがあったのかと思うような広さだった。二、三歩進と一箇所だけうっすらと明るい場所があり、そこに患者であろうと思われる老人が一人、座り込んでいた。
「ああ、来て下さったのか」
老人は照準の狂った銃のように真っ暗な虚空に向けて言葉を放つ。
「なにやらヘソに何かが生えてきたとのことで?」
老医師は訊ねる。早速患部を診せてくれと言うと、老人はおもむろに着ていたシャツをまくり上げ、自分のヘソを見せた。
暗がりの中でも明らかにわかる形でヒョロリと「何か」が出ている。見たところ象の鼻かはたまたバンドネオンか。蛇腹状の「何か」はヘソからひょろりと飛び出ている。更にはその先端からバヒュウという音と共に何か熱い気体のようなものを吐き出している。
「これなのですが」
老人は見るとも見ないとも言えない目で老医師を眺めながら、虚空へ声を放った。
「こんな症状は見たこともない」
老医師は自らの記憶を掘り返し、似たような症状があるかと探したが、そんなものはあるはずもなく、ただ目の前には熱い気体を吹き出す蛇腹が現実に存在していた。
「これナノデスガ」
またも老人は虚空への声を放った。先ほどよりもいがらっぽい声。
「一旦診療所に戻り、資料を探してまいります」
老医師は老人の様子に少し恐怖しながらも、医師として目の前の患者を助けなければという気持ちに突き動かされ、入ってきた扉に向かおうと立ち上る。
その老医師の足首をガッと老人の手が掴む。
「コれナのデスガ」
老人の手が異様に冷たい。さながら金属のように。
「コレナノデスガ」
足首を掴む手を見ると、それは老人の手ではなく、錆びた熊手のような金属の手。
「コレナnoufiugiaurgiaioern083u4tq7uhg」
ヘソの蛇腹から、またしても熱い気体がブシュウと噴出される。
「コレujsdfiuhrgpoiergiqneprughpqu」
もはや、声とは言えない雑音の多い音を口から発している。はたしてあれは本当に口だろうか。暗がりをの一部をうっすら照らすライトの直光が老人の目に反射する。目は砂嵐のようになっている。足首をつかむ錆びた熊手はギシギシと耳障りな音をたてている。
「コレコレコレコrケオケオkロエコrケオrコエコレオrコエコ」
ガガガガガガと酷いノイズを出すや否や、その老人だったモノは活動を止めた。ヘソの蛇腹からは一際熱い気体をブシュウと噴出していたが、やがてシュウシュウと音をたて、もはや何も出さなくなった。恐らくあれは排気ダクトだったのだろう。
この老人は一体何だったのか。老医師は頭が混乱した。こんな何故ロボットが。
状況を先ほどの奥方に説明せねばと扉に向かい、取っ手に手をかけた。
ガチっと音がした。扉は開かない。開けてくれ。状況を説明しなければ。このご老人は人間ではなくロボットなんだ。奥方、あなたの夫は最初からいないんだ。
なぜ鍵が。背後でダンと大きな音と共に照明がついた。大きな広間に山のように積まれた死体。いや、あれは死体ではない。先ほどの「老人だったモノ」と同じモノだ。
混乱してきた。状況を先ほどの奥方に説明せねばと扉に向かい、取っ手に手をかけた。
ガチっと音がした。扉は開かない。開けてくれ。状況を説明しなければ。このご老人は人間ではなくロボットなんだ。奥方、あなたの夫は最初からいないんだ。
混乱してきた。状況を先ほどの奥方に説明せねバと扉に向かい、取っ手ニ手をかけた。
ガチっと音がした。扉は開かない。開けてくれ。状況を説明しなければ。このご老人は人間ではなくロボットなんだ。奥方、あなたの夫は最初からいないんだ。
混乱してきた。状況を先ほどの奥方に説明せねばと扉に向かい、取っ手に手をかけた。
ガチっと音がした。扉は開かない。開けてくれ。状況を説明しなければ。このご老人は人間ではなくロボットなんだ。奥方、あなたの夫は最初からいないんだ。
コンランシテキタ。ジョウキョウを先ほどの奥方に説明せねばと扉に向かい、取っ手に手をかけた。
ガチっと音がした。扉は開かない。開けてくれ。状況を説明しなければ。このご老人は人間ではなくロボットなんだ。奥方、あなたの夫は最初からイナインダ。
コンランシテキタ。ジョウキョウヲsakjnkuskfunugrniuernigunsldfjgnu
頭に響く雑音。ザーザーザー。扉の奥からうっすらTVの声が聞こえる。
「人間同化認識能力の落ちた旧式個体は徐々に処分が進んでおり…」
老医師のヘソの蛇腹から熱い気体が噴出された。
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えー、突然なんだ?と、お思いでしょう。俺もそう思ってます。
簡単に言うと、こんな内容の夢を見まして、それを奥さんに話したところ「頭の中に星新一でも住んでんの?」という大変ありがたいお言葉を頂きましたので、せっかくだからショートショートにしようと思ったら全然ショートになりませんでした、というやつです。何だったらショートなのは俺の思考回路かな、と思います。