えぇ〜毎度、馬鹿々々しいお噺をお喋り申し上げます。お噺なんてぇ〜モンは、何んでもない様な事が、返ってお客様には笑いを誘う様で御座いまして、毎度申します通り、
春浮気、夏は陽気で、秋鬱ぎ(ふさぎ)
冬は陰気で、歳暮(くれ)はまごつき
大晦日、箱提灯は怖くなし
という川柳がありますが、箱提灯とは武士が夜間外出時に携帯している提灯のこと。大晦日ばかりはこれを持っている怖い武士も怖くないよ、という川柳です。
何故なら借金を抱える人にとって、刀を持った武士よりも『掛け取り』のほうがよっぽど怖い存在だったことがよくわかります。
私等咄家は、弓張提灯の方が怖い晩が、もうソロソロするとやって参りますが、寄席に参られるお客様には、そんな心配ご無用でしょうが、
私ども同様の、昔の貧乏長屋の連中は、暮れの掛け取りには苦労した様で御座います。さて、お崎・甚兵衛の夫婦もその様で御座いまして、
お崎「お前さん!何処をのたくり回っていたんだい?」
甚兵衛「何んだ!亭主を捕まえて、のたくり回るッて、俺は蛇じゃねぇ〜ぞぉ。ちゃんと、胸に一物在るんだから。。。」
お崎「ならぁ、直ぐ吐いてしまいなぁ!」
甚兵衛「フン、溜飲じゃねぇ〜バカ。腹に在るんだよ、腹に。」
お崎「もう下がったかい。」
甚兵衛「混ぜ返すなぁ!ちゃんと、心に在るから、安心しろぉ。」
お崎「心に在るなら、見せお呉れよ!本当に困ってんだからねぇ。世間を見てご覧よ。
景気が宜くて、此の長屋でも、他所は餅なんか搗いて、新玉の春を祝う機運だって言うのに、
ウチはどうだい?御餅(おかちん)でさえ、搗けやしないじゃぁないかぁ?!どうするつもりだい?」
甚兵衛「遠慮は要らねぇ、好きなだけ搗きねぇ〜なぁ。」
お崎「好きなだけ搗けっだって、お足が無いのに、どうやって御餅を搗くんだい?!」
甚兵衛「宜いッて事よ、俺に任せなさい。人間というモンは、七転び八起き!、悪い事ばかりは続かない。必ず、悪い跡には善い事が有る。
だから、餅を搗こうじゃないかぁ!宜いって事よ。俺に考えが在る。餅搗き屋何んぞに頼んだらお足が掛かるばかりだ、家で以って搗いて仕舞おうじゃないかぁ。」
お崎「家でぇ?!どうやって搗くんだい?」
甚兵衛「桶に水を一杯汲んで来て。。。」
お崎「どうするんだい?!」
甚兵衛「つべこべ言うなぁ!早く汲んで来い。」
お崎「サァ、汲んで来たよ。」
甚兵衛「ヨシ、裸に成れ! だから、襦袢だけじゃなく、腰巻も脱げ!」
お崎「厭だよ、この糞寒いのに、裸になって何をしょってんだい!」
甚兵衛「夫婦で協力して、尻餅をペッタンペッタンやるに決まってんだろう、鈍い女だなぁ、察しろッ!」
お崎「馬鹿!いい加減にしてお呉れ、ッたく、馬鹿々々しい、落語じゃないんだから。。。」
甚兵衛「落語じゃないのかぁ?!」
お崎「落語だよ!本当に、お前はどうかしてるよ、この暮れの推し迫った時期に。。。」
甚兵衛「分かった!之で、餅を搗いて来ねぇ!」
お崎「何んだい?金子が在るのかい、って、たった三百文じゃないかぁ?!之じゃぁ、三切ばかりしか買えないよ、三ヶ日どうすんだい?」
甚兵衛「三ヶ日食うに持たない量なんだから、食わないで、醤油付けちゃ、舐めるんだ!舐めるだけなら、持つぞ!三ヶ日。」
お崎「馬鹿な事、お言いでないよ!このタコ。」
甚兵衛「何にしても、三切でも宜いから餅を買って来ねぇ〜。まぁ、三百文の三切の餅とは、外聞、世間体が悪かろうから言えないので、
『三百餅』を仕入れて来たワぁ!と、言い触らしねぇ〜、何んとなく三百切も餅を買った風に聴こえるだろう?
更に、お供餅、鏡餅は二尺ばかりで、ナマコを二十六匹、かずのこ三十六個、熨斗餅が四十枚、角樽二升、くわいのキントンなんぞも言い触らせ!!」
お崎「お前さん!何を太平楽、云ってんだい。」
甚兵衛「エッ?!」
お崎「エッ、じゃなちよ、ッたく。買って来たけどさぁ。ホレ、餅はたったの三切だよ。何を見栄張って大きな事を。。。」
甚兵衛「外聞、世間体が悪いからさぁ〜」
お崎「馬鹿云ってんじゃないよ、之から、家主にでも来られたら、何んて云う積もりだい?
お前さんが、外聞を気にして、嘘八百を長屋中吹いて廻ってご覧ん?家主が聞き付けたなら、七つも貯めてる家賃を取りに来るよ!!」
甚兵衛「アッ!そうだった。家賃が七つ溜まっていた。」
お崎「そうだよ!之が質屋なら八月で流れる所だよ、家賃だから流れやしないけど、アンタ!どうするのさぁ、家主・大家が取りに来たら?」
甚兵衛「どうする積もりって言われても、忘れていたから、仕方ねぇ〜、諦めろ!」
お崎「お前さんが忘れてましたって云っても、大家は許しちゃ呉れないよ!だから、大家が押し掛けて取りに来る前に、コッチから乗り込んで行って、言い訳して来なさい。」
甚兵衛「馬鹿な事を言うなぁ。家賃が七つ溜まっていて、二つ、三つ持って行って言い訳するんなら、喜んで行くが、『葬式の提灯』で、どうやって言い訳するんだよ?!」
お崎「何んだい?その『葬式の提灯』ってのは?」
甚兵衛「ウン、紋が無いから文無し」
お崎「下らない洒落を云ってる暇があったら、大家が来る前に早く行って、先手を打って、言い訳して来なさい。
あの大家は、趣味がお前さんと同じ、狂歌だから。狂歌家主って評判だから、芯を喰った歌を捻り出して、言い訳して来な。
必ず、三十日には大家の方から取りに来るんだから、そこで言い訳するよりも、先手必死だよ!お前さん、酔狂な道楽の役立つ時が、来たと思って行って来なぁ!」
と、尻に敷かれている女房のお崎に、強く促され大晦日の掛け取りに、我家へ大家が来る前に、自ら言い訳に行けと尻を叩かれた甚兵衛さん。
甚兵衛「もしかすると、女房(カカァ)は、賢い奴なのかも知れねぇなぁ。家主が狂歌気狂いだからと、其処に付け込んで言い訳をさせる何んて!
素人の女房には、真似出来ない考えだ。オイラ、宜い上さんを持ったもんだぁ。
其れにしても、態々家主ん家まで行って言い訳垂れるのも、カッたるいなぁ〜、でも、女房(カカァ)が言うには、行かないと来るッてんだから、しゃぁ〜あんめぇ〜。
さぁ、ここだ!家主ん家。もう、障子戸が綺麗に全部張り替えられて、真っ白で糊の匂いがしてやがる!
どーせ、之だって身銭を切って汗水垂らして貼っちゃ〜ないんだぁ。八公かぁ、熊さんが、店賃待って下さいと、ご奉仕してくれた戦利品なんだ!太てぇ〜大家だ!禿げ頭!
さて、ここに、穴空けて覗くとしよう。ほーらやっぱり、禿げ頭を光らせて、火鉢の前に、ドッカと座ってやがるぜぇ。」
家主「誰だ?張り替えたばっかりの障子戸に穴空けて覗いているのは?!」
甚兵衛「仕舞った!!目と目が合った。」
家主「其の声は?!甚兵衛さんだなぁ? 開けて入ぇって来なさいよ、甚兵衛さん。」
甚兵衛「そりゃぁ〜開けて入りますよ。煙やハガキじゃねぇ〜から、この隙間から入ぇ〜れない。 ヤイ!勝負。」
家主「他人(ひと)ん家の戸を『勝負!』と、云って開けてどうします。ちゃんと閉めて、入って下さいよ、甚兵衛さん。」
甚兵衛「ヘイ、御免下さい。甚兵衛で御座います。大家さん。」
家主「ささぁ、ずっーと奥へ来なさい。」
甚兵衛「ヘイヘイ、失礼さんです。」
家主「甚兵衛さん!そんなに奥に行ったらダメですよ、裏へ抜けます。火鉢の前に、座って!座布団を当てて下さい。」
甚兵衛「ずっーと奥へッて大家さんが言うから。。。誠にご無沙汰を。」
家主「無沙汰じゃないよ甚兵衛さん、一昨日、湯屋で会ったじゃないかぁ。まぁ、お崎さんに言われて来たんだろうが、感心!感心!
大晦日の二日も前に、ちゃんと持って来るとは、流石!甚兵衛さんだ。」
甚兵衛「へえ、どーも、恐縮です。」
家主「恐縮です、じゃないよ!雨露をしのぐ大切な家賃を七ヶ月分も溜めているんだ!困るなぁ〜、甚兵衛さん、質屋なら八月で流れてしまうぞ!」
甚兵衛「女房(カカァ)とも色々相談しましたが。。。あと、一ヶ月待って下さい、大家さん、八月(八つ)溜めたら流そうねって決めました!」
家主「馬鹿にするなぁ!冗談も、休み休みにして呉れよ!家賃を流されてたまるかぁ!相変わらず甚兵衛さんは、呑気で困るなぁ〜。」
甚兵衛「実は、大家さん!之には深い理由(ワケ)が御座いまして。」
家主「理由(ワケ)?!何んだね、甚兵衛さん?」
甚兵衛「実は、アッシも大家さんと同じ道の深みに嵌まって仕舞い。道楽に次ぐ道楽で、散財したもんで。。。家賃が滞っておる次第に御座います。」
家主「私と同じ道?私は散財する様な趣味は持っておらんぞ!甚兵衛さん。」
甚兵衛「何を仰る兎さん、スズキですよ!スズキ!どっぷり、スズキに凝りましてねぇ〜。」
家主「スズキ?鱸って、魚の!?秋に連れてアライにして酢味噌で食うと美味い鱸か?甚兵衛さん、アンタ、釣りを始めたのか?」
甚兵衛「済いません、大家さん、鈴木ではなく、狂歌(京香)でした!狂歌。狂歌に嵌まってしまって。。。寝ても覚めても京香じゃなく、狂歌です。」
家主「其れは、感心感心。狂歌の良さが分かるとは、流石、甚兵衛さんだ!此の長屋三十六軒、狂歌の良さが分かる奴は、甚兵衛さん、お前さんだけだ。
漸く、此の長屋にも、私と狂歌について話し合える人物が現れたかぁ。嬉しいよ甚兵衛さん、もう、お前さんを隅には置けないなぁ。」
甚兵衛「じゃぁ、中へ入りましょう。」
家主「イヤ、そう言う意味じゃない。面白いなぁ〜甚兵衛さんは。さて、甚兵衛さん、狂歌に凝ったら、付き合う仲間も、
狂歌が好きな面々に変わっているんだろう?狂歌好きに、悪い奴は居ないから、心の澄んだ宜い衆方と交際(つきあい)しているんだろう?」
甚兵衛「ヘイ、まぁ〜」
家主「どんな先生に、甚兵衛さんは師事しておられるのかなぁ?!」
甚兵衛「ヘイ、大概この近所の先生方とは、交際して御座います。」
家主「それじゃぁ、三陀羅法師をご存知かなぁ?!」
甚兵衛「あぁ、米俵の頭に付いている?!家に三つ、四つ、有ったんですが、全部藁にほぐして穴空銭のサシにして仕舞いました。」
家主「其れは、『鼠穴』で有名な三陀羅ボッチだろう。儂が云っているのは、三陀羅法師じゃぁ!
どうも、お前さん、知らないようだから、それでは、錆田の御隠居は知っているかい?」
甚兵衛「さぁ〜、アッシが存じている隠居は、錆びてねぇ〜隠居ばかりですね、全員達者です。錆びた野郎とは交際(つきあい)はありません。」
家主「何んだかぁ、なぁ〜、其れでも、偶には、吐いているんだろう?甚兵衛さん。」
甚兵衛「そりゃぁ有りますよ。」
家主「何処で吐きなすった?!」
甚兵衛「二月ばかり前に、親戚の婚礼に呼ばれて、鱈腹喰ったり呑んだりしたもんだから、帰りに川に吐きました。スッキリした。」
家主「汚いなぁ〜甚兵衛さん。狂歌をやりましたか?と、聴いてるんだよ。」
甚兵衛「そりゃぁ〜やっていますが。。。吐いたとか、大家さんが符丁を使うから、先に、大家さんのお手本が欲しいです。」
家主「手本だなんて、烏滸がましい。甚兵衛さん、お先にどうぞ!私が返しますから。」
甚兵衛「大家!俺が、大人しく云っているうちに、貴様からやれ!!」
家主「どうしたんだい甚兵衛さん、貴様だなんて! まぁ、いい。では、私から、女郎衆の心意気で宜しくのがあるんで、吐きましょう。」
甚兵衛「いいでゲスねぇ〜。女郎衆の狂歌。もう半年以上、吉原には上がってなくて、冷やかし!冷やかし!で。。。早く聴かせて下さい。」
家主「甚兵衛さん!目を血走らせないで下らない。」
甚兵衛「鼻血は出しませんから、早くどおぞ!」
嘘ばかり 遊女の常に 思いしが
夜具の無心は 誠也りけり
甚兵衛「成る程、中々の都々逸でゲスね。」
家主「都々逸じゃない!狂歌です、甚兵衛さん。」
甚兵衛「まだ、他に有りますか?!」
家主「まだ、宜いのが幾つか在るよ。」
甚兵衛「是非、聴かせて下さい。」
家主「放蕩息子を『柿』に例えたのがあるがぁ。」
甚兵衛「ホー、どんなヤツです?」
悪いとて 唯だ一ト筋に 棄てるなよ
渋柿を見よ 甘干しになる
甚兵衛「上手い事言いますね、大家さん。アッシも、一つ浮かびましたよ。大家さんに触発されて。」
家主「そうかい!甚兵衛さん、嬉しいねぇ〜、聴かせてお呉れ!」
寒いとて 唯だ一ト筋に 思うなよ
炬燵をすれば 温かくなる
家主「其れはそうだが、何んの捻りも無いのか?甚兵衛さん。捻りが無いとただの退屈だぞ。」
甚兵衛「そうですか?では、捻りの利いたヤツを、大家さん、もう一つお願いします。」
家主「この間、卵屋小町が粗相をして、武士(サムライ)に斬られたって事件が有っただろう? アレを狂歌にしたのがある。」
甚兵衛「どんなヤツですか?」
卵屋の 娘斬られて 奇妙(黄身)悪く
魂飛んで 宙をふらつく
甚兵衛「成る程、卵の黄身と奇妙悪いのキミが掛かって捻られた訳ですね?ヨシ、私も出来ました、大家さん。」
家主「どんな光景が、狂歌に成りましたか?」
甚兵衛「豆腐屋の女房(カカァ)が、井戸端で一枚しかない腰巻を洗濯していて、スッテンコロリン!と、転んだ光景を吐きました。」
家主「どんな狂歌に成りましたか?」
豆腐屋の 女房転んで 豆を出し
鳩が狙って 女房(カカァ)ポーポー
家主「よしなさい!何んて下品で馬鹿々々しい。『末摘花』じゃないんだから。。。」
甚兵衛「お口直しに、まだ、宜いのが有りますかねぇ〜」
家主「有るよまだ、宜いのが。」
甚兵衛「どういうヤツですか?」
人でさえ 一斗の餅も 搗きかねる
棚で鼠は 餅をゴト(五斗)つく
甚兵衛「いいですね、人間の上を行く鼠。鼠小僧次郎吉ですかねぇ〜。では、アッシも数で遊ぶ狂歌を捻りたいですね。」
家主「ハイ、甚兵衛さん、自信を持ってやりなさい、早く聴かせてお呉れ!」
九は病 五七は雨に 四ツ旱(ひで)り
六八ならば 風と知るべし。
解釈:地震の起こった時刻によって、それが何の前兆かを占う、そんな迷信が昔は御座いました。
家主「そりゃぁ、地震の兆候の歌じゃないかぁ。」
甚兵衛「大家さんが、ジシンをって言うから、他にも面白い歌が有りますか?」
家主「田舎から米を二斗、餅米も二斗送って来たから、今月の初めに計四斗を、出入りの搗き米屋へ出したんだが、
待てど暮らせど、今日に成っても出来上がって来ないから、頭に来たんで、剣突してやろうかぁ!?とも、思ったが、
錆田の隠居や、三陀羅法師に『狂歌詠みは、狂歌で粋に返してやれ!』と、忠告されて、拵えた取って於きのが有るよ、甚兵衛さん。」
甚兵衛「ホー、其れを聴かせて下さい。」
二と三と 四と(四斗)をやるのに 何故こぬか?(糠)
嘘をつき(搗き)やで 腹が立ち臼
甚兵衛「そいつは、上手く催促しやしたね、この泥棒野郎!」
家主「泥棒野郎はないだろう?!」
甚兵衛「実は、アッシは表通りの酒屋に借金が有りまして。。。」
家主「酒屋だけじゃないだろう?」
甚兵衛「まぁ、方々に借金は確かに有ります。そして、どの店も同じ様な事を言う。
ただ殊に酒屋の番頭が、生意気に狂歌で皮肉を言うんです。」
家主「そうかい、是非、聴かせて下さい。」
掛け売りは 払えませんに 困ります
現金なれば 安く売ります
家主「流石、酒屋の番頭だ、痛烈に皮肉を言うね。甚兵衛さん、返歌はしたのかい?」
甚兵衛「しましたよ、アッシも、趣味は狂歌ですから。」
家主「どんな風に?!」
借金は 貰った様に 思います
現金在るなら 他所で買います
家主「甚兵衛さん!洒落がきつ過ぎるよ、不人情に聞こえます。」
甚兵衛「掛け売りと現金で、二割近くボッてやがるから。。。つい、売り言葉に買い言葉で。さて、大家さん!まだ有りますか?」
家主「そうだなぁ、去年の一月の二日、だったなぁ。」
甚兵衛「ヘイ、何が有りました?」
家主「傍(ワキ)で運座が有って行きました。」
甚兵衛「ホー」
家主「夜が遅くなり、泊まって行け!気心の知れた仲間だからと言われて、泊まる事にしたんだが、皆んなで雑魚寝だ。
すると、その家の女中が、独り何やらブツブツ、文句を言いよる。」
甚兵衛「誰だ!夜這いを仕掛けて来たのは?ッてですか?」
家主「違う!違う!その女中が、儂らが寝ている部屋で、デカい放屁をしたんだ!」
甚兵衛「何んだ、ホウヒかぁ。ッてか、ホウヒって何です?」
家主「転失気をやったんだ?」
甚兵衛「テンシキ?」
家主「分からん奴だなぁ〜、屁だ!屁。オナラをしたんだ。」
甚兵衛「オナラならオナラと云って下さい。ホウヒとかテンシキとか、オランダ語で言うから、解らなかった。で、その屁コキ女中は、どうなりました?」
家主「鉄砲か?大筒並みの爆音で、雑魚寝の我々が皆んな目醒める位の威力でした。」
甚兵衛「本当ですか?凄いなぁ。では、当然、その屁コキ女中に、狂歌を吐いたんでしょうなぁ〜。」
家主「勿論。ただし、相手は女性だから、泣かす様な、皮肉混じりではなく、あくまでも、尊びながら、婉曲的にだなぁ、吐く事にした。」
甚兵衛「何んですか?箸と茶碗で、朝飯を食った噺は、どうでも宜くありませんか?」
家主「其れは、掻っ込むだ!私が云っているのは、尊ぶ。尊敬の念を持って、やんわりとした狂歌にしたのさぁ。」
甚兵衛「手加減したんですね?嫌われると、夜這いが掛けられなくなるから、分かります。」
家主「甚兵衛さん!馬鹿を言わない。儂を幾つだと思ってるんだ!」
甚兵衛「まぁ、大家さん、怒らずに、その屁コキ女中に浴びせた、狂歌を教えて下さい。」
長き屁の 音に眠りの 皆目醒め
なみの屁よりも 音の宜きかな
甚兵衛「大家さん、かなり女中に忖度しましたね。」
家主「まぁ、甚兵衛さんにそう云われても仕方ないね。そうだ!福茶がある、甚兵衛さん、飲んで行きなさい。」
甚兵衛「有難う御座います。ゴチになります。」
家主「そうだ!次は、即興で、私が上の発句を読むから、甚兵衛さんが続けて、下の脇句を付けて呉れ。」
甚兵衛「所謂、連歌ってヤツですね、面白そうでゲスなぁ〜、是非、やりましょう。」
右の手に 巻き納めたる 古暦(ふるこよみ)
家主「右の手で、古暦を処分に掛かる光景を、儂が詠んだから、甚兵衛さんは、何か師走の光景で、後に繋げて下さい。」
甚兵衛「では、大家さん!こんな脇句は、どうでしょうか?」
餅は三百 買って食うなり
家主「甚兵衛さん!其れでは発句に付かないよ!意味が通らんだろう?」
甚兵衛「付け(搗け)ねぇ〜から、三百文で買いました。」
完
【あとがき】
いやはや、私が知っている『狂歌家主』とは、狂歌が全く違う展開で、下げだけ同じでした。
私が知っているのは、『貧乏の四歌』
貧乏の 棒もしだいに 長くなり
振り回されぬ 年の暮れかな
貧乏を すればくやしき 裾綿の
下から出ても 人に踏まれる
貧乏を すれどこの家に 風情あり
質の流れに 借金の山
貧乏を しても下谷の 長者町
上野の鐘の うなるのを聞く
『掛け取り』『掛取万歳』も同じく、この『貧乏を』の歌で演じられますが、この左楽のは、ちょいと違いました。
また、連歌の発句は同じですが、脇句には、『餅の使いは 女房(カカァ)をやるなり』で、下げは『付く、搗かない』になります。