安兵衛が、久次宅に駆け付けると、既に家ん中はも抜けのら空!!安兵衛、慌てて、長屋のご近所に、お富の行方を聞いて廻ります。
安兵衛「おーい!糊屋の婆さん!!生きていたら返事しろ?!」
糊婆「安さん!相変わらず口が悪いねぇ。其れが人に物事を尋ねる人の言い草かい?!」
安兵衛「婆さん!そんな事はどーでもいいから、久次ん家の上さん!女房のお富は、いつ頃、どっちへ出掛けた?!」
糊婆「お富さんだったら、四半刻くらい前に、大きな風呂敷包を持って、御高祖頭巾(おこそずきん)を被って、海の方に歩いて行ったよぉ。」
安兵衛「有難うよ!婆さん。」
安兵衛は、直ぐに是を青木三平太と松五郎に知らせる。行くとしたら、東海道から西か?土地勘の在る木更津って事は目星が付くので、
ここは、青木と久次が東海道を、そして、松五郎と安兵衛は木更津へは船を使うと踏んで、日の出桟橋から出て行く船を追い掛けた。
すると、安兵衛が糊屋の婆さんから仕入れた通り、御高祖頭巾のお富が、船に乗っていて、間一髪!正に船頭が竿を漕ぎ出そうとしていた船を止めて、中に居たお富を安兵衛が丘へと引っ張り上げるのでいた。
安兵衛「やい!横櫛お富、神妙にしやがれ。御用の筋だ。俺たちと一緒に番屋まで付いて来い!!」
お富「何んですか?親分。藪から棒に。番屋まで来いだなんて?!」
松五郎「白ばっくれるなぁ?!ネタは上がってんだ。頭巾なんぞ被って逃げてやがって、神妙にしろ!!」
お富「暮れの寒い最中だから、頭巾くらい被りますよ、寒さ避けです。それに、逃げるって何んの事ですか?!船で日の出から浅草へ行って、叔母に会いに行く所だったんですから!」
松五郎「縄だけは勘弁してやる。大人しく番屋まで来い!青木の旦那がお待ちかねだ!着いたら旦那の口から罪状は聞きやがれぇ!!」
そう言うと、二人して嫌がるお富の袖口を握って、品川の番屋へと連れて行った。
松五郎「旦那!居ましたぜ、やっぱり、日の出桟橋から上総方面へ逃げる途中でした。間一髪!船が出た後だと、逃げられる所でした。」
青木「そうかぁ!ご苦労。では、お富を連れて来い!早速、拙者が吟味いたそう?!」
連れて来られた、お富は、番屋に久次が居たら、久次に助けて貰おうと、淡い期待を持って来たが、久次の姿は其処には無く、挨拶程度の面識しかない、青木三平太が、実に怖い表情で取り調べを、やる気満々に見えるもんで、
此処は、逆らうと折檻されるに違いないと思いますから、下を俯き加減に、しおらしく神妙な態度で、青木とは目を合わせない様にして、前に正座する。
青木「芝品川、立花町の海産物問屋、久次が妻、お富!貴様には、島抜けの罪人ながら、元横山町三丁目、鼈甲問屋『伊豆屋』の元総領、與三郎を、其処に在る刀で殺害した嫌疑が掛かっておる。
その刀は、貴様と久次が住む家の押し入れより発見されたモンで、屋根裏からは、貴様の返り血を浴びた着物と帯も発見されておる。
公儀(おかみ)にも、ご慈悲はある。罪一等を減じてやるから、包み隠さず、全て白状いたせ!!どうだ!お富、與三郎を殺したのは、貴様で、間違いないなぁ?!」
お富「與三さんは、確かに殺されましたし、その場に私も居合わせましたし、死体を万年溜めに捨てた、その死体遺棄は認めます。
しかし、與三郎を殺したのは私じゃありません。久次の野郎です。私が裁かれるのなら、久次も、久次の野郎も一緒に裁いて下さい!お役人様!!」
捕まっえられたお富は、飛んでも無い事を語り始めた。久次が、與三郎に自分、お富を返してやるのが惜しく、しかも、與三郎が七十五両からの銭を持って居たから、
是に目が眩んだ久次が、與三郎を殺した張本人で、お富は、嫌がるのを無理矢理脅されて、死体の処分を、熊十と二人でやらされただけだと主張致します。
青木三平太は、是はお富の大嘘で、久次を巻き込んで罪を逃れようとしている茶番だと、直ぐ、見抜きますが、お富がその一点張りなので、最終吟味のお白洲へは、お富と久次の二人を引き出し、対決させざるをえなくなります。
そして、お白洲の当日。月番の奉行、北町奉行、依田豊前守様の吟味を受ける事と相なるので御座います。
お白洲へと引き摺り出されたお富ですが、全く悪びれる様子も無く、隣に、無実の久次が座って居ても気にする様子は微塵もありません。
やがで、正面の唐紙が開くと、北町奉行・依田豊前守が、裃を付けた『遠山の金さん』や『大岡越前』でお馴染みの袴姿で登場致します。
依田「両名の者、面を上げぇ〜。与力近藤主水丞からの訴状によると、是なる久次の内儀・富、その方は、八年来の情夫である與三郎が、
島抜けの大罪者と知りながら、是が酒に酔い酩酊したまま眠りに着きたる所を、
與三郎が所持して居た刀剣を用いて殺害致し、あまつさえ、その死体を妙圓寺の裏山の裾のにある通称・万年溜めなる沼地に遺棄したとあるが、其れに相違ないか?!」
お富「確かに、與三さんが島抜けの大罪人だと知りながら、自訴すると言うから、娑婆の見納め食べ納め呑み納めと、匿って接待はしましたが、與三さんを殺したのは、アタイではありません!私の隣に居る久次、観音小僧の久次がやった事です。」
依田「お富は、かように申しておるが、久次!如何である?!有体に申してみよ。」
久次「お奉行様、この女(あま)、おそらく銭に目が眩んで、與三郎さんを突き殺しやがったんです。其れが証拠に、七十五両もの大金を手に逃げようとしてましたから、間違いありません!」
お富「お奉行様!騙されたらいけませんよ。この観音小僧の野郎が、予めアタイに命じてあって、『もし、岡っ引きが家に来たら、與三郎から奪った七十五両を持って逃げろ!』って。
だから、アタイは船で浅草の叔母さんの所へ、一時、身を潜めて置こうと、そう思っただけなんです。其れまで全部、アタイに罪を押し付けるつもりなんです。この野郎は!!」
依田「なら、お富!貴様は、與三郎の死骸をどうやって万年溜めまで運んだんだ?!有体にもうしてみよ。」
お富「お奉行様!聞いて下さい。アタイ独りじゃ與三さんの死骸は運べないから、久次の野郎が熊十って子分を家に寄越したんです。だから、運べたんですよ、與三さんを。」
依田「ならば、その熊十なる者は今、何処に居る?!」
お富「さぁ?!久次が手間だって、アタイに熊十へは十両払ってやれと言われてましたから、熊十は十両持って、何処かへ消えてしまいましたから、私は存じておりません!」
久次「嘘だ!熊十に俺が渡した十両は、與三郎さんに、牢名主に渡すツルだったんだ。だから、わざわざ小粒にしたんだ。それを、貴様が偽って猫糞したんじゃねぇ〜かぁ。
だから、貴様が帯の下に胴巻に入れて隠していた七十五両ん中に、十両だけ小粒が混ざってるんだ!!其れが貴様が下手人だって証拠じゃねぇ〜かぁ?!」
お富「残念だったねぇ〜、久さん!小粒にはお前さんの名前も書いて無きゃ、印形も押されちゃいないから、こんな事は証拠にならないよ。」
依田「分かった。ならば、お富。貴様に、会わせたい証人が居る。是でも、お主は、知らぬと申すかぁ?!」
証人を引き出せぇ〜!!
其処に引き出されて来たのは、誰あろう!?そう、井戸で殺したハズの熊十だった。「なぜ!お前が、此処に。。。」と、言ったっきり、二の句が継げぬお富であった。
熊十は、親から貰った身体が丈夫で、石や石の詰まった桶を真面に喰らったが、打撲程度で気を失ったが、現場で検死していた松五郎に見付けて貰い命は助かっていたのだ。
こうして、熊十の証言もあり、観音小僧久次はお咎め無し!更に、今回の働きを依田豊前守に買われて、松五郎と同格の十手を頂戴する事になります。
一方、お富は、流石に熊十が生きて現れた事で観念して、與三郎殺しを認め、この強盗殺人で鈴ヶ森にて『斬首』の刑が言い渡されます。
そんなお白洲から十日〜十五日が過ぎ、いよいよ大晦日も近いある日の事です。観音小僧久次の元を、柳橋の大家、萬兵衛が訪ねて参ります。
萬兵衛「久さん!居るかい?!」
久次「居るよ!閉まりはしてない。入って来て下さい。」
萬兵衛「久さん!その十手差した姿が、なかなか様になって来たね。もう、久さんなんて呼べないなぁ、久次親分って呼ばねぇ〜と。」
久次「そんな、世事は辞めてくれ、背中がこそば痒くなるぜ!で、何んの用たい?!」
萬兵衛「やだなぁ〜、北町の近藤様に、お前さんから頼まれていた、お富の首を跳ねる、刀の件じゃねぇ〜かぁ!!」
久次「そうだ!どうなった?!」
萬兵衛「山田朝右衛門様が、使って下さる!とよぉ。赤馬源左衛門の例の刀。無名だけど、物は宜いんで、山田様が興味を示されて、
其れに、粋だよ。江戸っ子は、こういうの大好きだかんなぁ〜、世間を騒がした大罪人の『斬られ與三』と『横櫛お富』が同じ刀であの世送りになる。
其れにしても、久さんは、本当にお人好しだぜ。あんな女(あま)の為に、間夫と同じ刀で死なせてやるなんて!義に厚いわぁ、久次親分。」
久次「そして、萬さん!二人を同じ墓に入れてやるつもりだ。木更津の藍染屋の養子って言うのが、元は江戸の髪結で『金兵衛』とか言う奴でよ。
話をしたら、喜んで叔父夫婦と同じ墓に入れてくれるってんでぇ、あの世では、迷わず宜い夫婦になって貰いてぇ〜から。」
萬兵衛「そりゃぁ〜、愛でてぇ〜。蝙蝠安と、田所町の叔父さんも誘って、骨を入れる時は、皆んなで木更津へ行こうじゃねぇ〜かぁ?!そうだ!川越の関先生!あのご夫婦も声を掛けてやんねぇ〜と。」
久次の十手を磨く手に力が入り、そして一筋泪が垂れるのを、萬兵衛は見逃しませんで、貰い泣きの泪を垂らします。
完