「ご両人!あぁ〜、ちと、お待ちなせぇ〜」


苫船から現れたのは、誰あろう二人も宜く知った『蝙蝠安』こと安五郎が、例によって女物の着物を着て、左の頬に黒い蝙蝠を連れて現れました。

安「與三郎さん!お富さん!、暫く見ないうちに、随分と腕が上がりましたねぇ〜」

傘ん中の二人は、恐る恐るゆっくり振り返ります。

與三郎「お前は?!蝙蝠安。お富!蝙蝠安だ!?」

お富「安五郎さん!!何んでお前がぁ、こんな所に居るんだい?!」

安「目玉ノ富八を、此処、稲荷堀に在る『雅楽頭様の賭場』へ誘ったのは、此の俺なんだ。野郎が、兄貴!金策は任せて呉れ!!何て珍しく言うモンだから、

俺の方は、待合わせの稲荷堀の船着場に昼から来て、空き船ん中で夜に備えて、苫を布団に舵枕で、ついついタンマリ寝込んで居ると、

『人殺し』『兄貴、助けて!』の声がする。夢か現か幻か?恐る恐る目を開けて、飛び込んで来たのが、目玉ノ富!!

二本の包丁を身体に喰らい、虫の息で這ってやがる。コッチは無視して狸寝入り!すると、野郎、是も踵を返すと言うのかぁ?!船着場とは反対側へと這い這い仕出す。

又、其処へ来たのが相合傘のご両人。哀れ虫の息の野郎を捕まえて、金玉潰して喉を突く!流石、『天下の横櫛お富!』是にゃぁ〜、アッシも驚いた。

そして、名代登場『斬られ與三!』殺した富の懐中から、金子を奪うその手際、仲蔵の定九郎かと思う鮮やかさ!!ヨッ、榮屋!ご趣向!日本一!!」

與三郎「茶化さないで下さい!安ッさん。」

安「茶化して何んかねぇ〜よ。最後に、富の野郎の懐中から三両抜く所なんざぁ〜、本気(マジ)で、玄人も真っ青!、殺し屋(商売人)の手口だぜぇ〜。

遂、此の前迄はズブの素人だった與三さんが、本に腕を上げたと驚いた。だから、アンタ達が、包丁を大川へ処分した後でないと、おいらなかなか顔を出せなかった!怖くて怖くてぇ。」

お富「とかなんとか言って、舎弟分の仇!と、寝首を搔こうってんじゃぁ、ないだろうねぇ〜?!」

安「流石、伊達に長脇差の女房をしてませんねぇ〜お富さん。しかし、長脇差ならそんな料簡かも知れませんが、アッシは単なる博徒の小悪党。

富八と盃事が在る訳じゃなし、野郎は目上の俺を兄貴とは呼ぶが、言わば奴は朋友です。そんな野郎の為に仇討ちなど、今時流行りません。」

お富「さて、腹ん中はどうだかぁ?!まぁ、安五郎さん、取り敢えずアンタは、私達の味方って事にしておきましょう。」

安「取り敢えずですか?!いやぁ、死んだ野郎に義理を立てても、アッシには何の得も無ぇ〜訳だから、あの野郎は大川の流れに乗って、房総沖から唐天竺へと旅立った訳だし、

昔の嘉(よしみ)で、手ぐらいは合わせても、仇討ちなどしませんよ!其れよりか、アッシはお二人と仲良くして、

偶に、ご馳走を頂いたり、酒を呑ませて貰ったり、そして極々偶に、お小遣いなどを恵んで頂ければ、アッシは満足です。」

與三郎「勿論、玄冶店の家に顔を出してくれれば、酒は呑ませますし、料理もご馳走致します。其れに、二分くらいの金なら、『極々偶に』差し上げます。」

安「アッシも、できれば言いたくない!稲荷堀での事を見た口止め料だとは。ただし、アッシは、ご両人の出方次第で、善にも悪にも変わりますからねぇ?!呉々もお忘れ無く。」

お富「分かったワぁ、安五郎さん。與三さん!目玉の野郎から抜いた三両は、蝙蝠安の親分に全部差し上げて。」

與三郎「エッ!全部?!三両丸々?!」

お富「何、シミっ垂れた事、抜かしてるんだい!?三両、安五郎さんに呉れてやりなぁ!!」

安「こりゃぁどーも。お富さんには分かって頂けて、非常に助かります。」


二人は玄冶店の家に帰ると、直ぐに、蝙蝠安との付き合い方について、話し合う事になります。

與三郎「どうして、あんな奴に三両丸々渡したんだ!お富。」

お富「お前さんは、たった今、本格派の悪党への道を歩み出したばかりだから、そんな剣呑な事が言えるんだよ。

あの蝙蝠安は、是から、五日か三日おきに、三両、五両って、私達から銭を毟りに来るに違いないんだよぉ?!」

與三郎「極々偶に、二分で宜いって噺じゃ、ないのかぁ?!」

お富「其れは符丁みたいなモンで、腹ん中じゃぁ〜、口止め料の銭を毎日でも毟り取る気、満々さぁ!あの野郎。どうする?與三さん?!」

與三郎「口止め料を渡し続けるぐらいなら、殺すかい?!お富。」

お富「そりゃぁ〜、殺(や)れるもんなら、そいつが一番だが、あの野郎は用心深いし、今の與三さんじゃ、貫目が足らないよ。」

與三郎「じゃぁ〜どうするんだい?!」

お富「幸いな事に、蝙蝠安の野郎は、まだ藤八と目玉の関係には気付いてないから、今の内に、出来るだけ高く此の家を叩き売って、暫く、二人で旅に出ないかい?!」

與三郎「そうだ!お富、伊豆屋、俺の実家に頼るのは、どうだろう?いつでも相談にって言ってたじゃないかぁ?!」

お富「馬鹿だねぇ〜この人は。剣呑の極み!!其れは、アタイが芸者で、お前さんが、用心棒をしながら宿場の帳面の検算を生業にしていた時の噺だろう!?

『斬られ與三』と『横櫛お富』と、二つ名で呼ばれる無頼なんだよ今の私達は。既に、親戚筋や番頭・奉公人など関係者には、アタイ達とは付き合うなぁって、きつい御達しが出てますよ!!

それが、人を殺した所を見られたから助けて下さい、何んて申し出て、誰が助けて呉る道理が有ると思うのかい?!お前さんって人は、つくづくめでたく出来て居るワぁ。」


お富が言う通りで、二日後に五両。また、三日後には三両と、蝙蝠安は『目玉ノ富八殺し』をネタに銭をせびりにやって参ります。

当初、最低でも五十両でと思っていた玄冶店の家は、お富の深川時代のツテを頼りに、三十五両でバッタに叩き売り、富八を殺して十日後に、二人は旅姿に変身して、取り敢えず、川崎大師様へと逃げてしまいます。

一方、二人が逃げて三日目に、蝙蝠安は是に気付きますが、二人が旅立ったのは、とっくの昔だし、上総の方へ逃げたか?西か?北か?手掛かりが全く御座いませんから、探しようが無い。

そこで、蝙蝠安は、金を使い果たして、二人が江戸へ戻って来るのを待つ事に致します。


一方、斬られ與三と横櫛お富の二人は、川崎大師、鎌倉から江ノ島、そして箱根へと湯治にと、逃げてはおりますが、追手の気配が有りませんから、割とのんびり過ごしています。

やがて秋には、紅葉狩に『鴻の䑓』へと足を伸ばして、四季折々の贅沢と遊びを堪能した二人ではありましたが、

一つ所に身を置く事が出来ぬ根無し草、安らぐ事の出来ない此の生活には、いよいよ二人は耐えかねて参りまして、

又、そうそう、三度三度のおマンマを旅籠でばかり頂く訳にも行かなく成って、一年が過ぎ、又、梅雨から夏の、節句が過ぎた五月末、二人は江戸へと舞い戻ります。


與三郎「お富!江戸へと帰っては来たが、住む所も無い。先ずは、何処に住むか?蝙蝠安の事も在るし。。。其れが問題だ?!」

お富「其れが問題だけど、まずは場所を決めないと、始まらないワねぇ〜。互いに全く土地勘のない街に住むのは、流石に無理よねぇ〜、其れならば。。。


灯台下暗し

傍目八目

秘事は睫(まつげ)


両国に住むのはどう?!意外と、そんな土地勘の在る街に居るとは、蝙蝠安も思わないし、それに、金持ちや風流人が数多く住む街じゃないと、アタイと與三さんは生きて行けないワぁ。」


半ば強引にお富が決めた両国に、お富と與三郎は、早速、両国界隈の貸家巡りをする事になります。

先ずは柳橋。同朋町の芸者新道を物色する二人の目に、斜(ハス)掛けに二枚貼られた『貸家札』。是が飛び込んで参ります。

当時は此の貸家札を、縁起を担いで『入』の文字に擬えて、斜に二枚貼ったそうです。その家は二階建ての、六畳二間で、お勝手と造作付きで御座います。


お富「與三さん!この家、一寸手頃な広さで、洒落た造りだワぁ。まだ、中を見ないと決められないけど、此処はどう?與三さん。」

與三郎「そうさぁなぁ、同朋町かぁ〜悪くないんじゃねぇ〜かぁ。其れにしても、中の様子が見たいもんだなぁ。此の家の大家を訪ねてみよう。お富、隣家を訪ねて聞いてくれ『大家の家』を。」


與三郎の顔で隣家を刺激したくない!と、思いますから、お富が、隣家を訪ねます。

お富「御免下さい!どなたか、いらっしゃいますか?御免下さい!」

訪ねると、女の声で返事があります。

女「ハイ、どなた?!。。。あら?何の御用で?!」

お富「こんにちは?!私は、お隣の貸家札の、あの家を借りたくて、ご差配人、大家さんの家が分かれば、教えて頂きたいのですが?!」

女「あぁ、お隣の空き店ですか?その大家さんなら、同じ並びの四、五軒先の、ホレ?!格子の立った家が見えるでしょう?あそこです。萬兵衛さんと言う方です。」

お富「ご親切に、有難う存じます。」


お富が聞いて来た、萬兵衛と言う大家の家へ、今度は睨みの利く與三郎が、表に立って空き店を借り受ける交渉を致します。

そして、教えられた格子の立った家に来てみると、達筆で書かれた『萬兵衛』の表札が出ていて、與三郎は達筆過ぎて読めない表札に苦笑致します。

また、中では、主人の萬兵衛が、北町奉行所に呼出を受けて、礼を言われ褒美まで貰った自慢話を、女房を相手にしている最中で御座いました。

與三郎「御免下さいまし!御免なすって!」

萬兵衛「誰か来た様だぞ、出てみなさい。」

と、萬兵衛に言われて、女房が重い腰を上げて玄関へと向かいます。

女房「ハイ!どなた? エッ!(化け物?!)な、な、な何んの、ご、ご、ご御用でしょうか?!」

與三郎「こう見えて、怪しい者じゃ御座んせん。大家の萬兵衛さんは、ご在宅でしょうか?」

女房「ハイ!萬兵衛は、居ります!!直ぐに、直ぐに呼んで参りますので、少し少しお待ちになって下さい。」

與三郎「へい!重ねてになりますが、決して!決して!怪しい者じゃ御座んせん。この先の貸家の事で伺ったまでで、家ん中を見せて貰いたくて、この段を伺いたく、宜しく頼み申します。」


取次に出た大家の女房は、與三郎を見るなり驚きに震えた。三十四の傷を持つ與三郎、目玉ノ富を殺してから、又、お富と一年旅をしてから、その眼光は鋭く、

人目に顔を晒す生活にも慣れて、化け物と言う表情だった顔が、近頃では、無職渡世の悪漢としての迫力を感じさせる顔へと変貌しているのだった。

女房「あんた!奉行所の人じゃないとは思うんだけど、傷だらけの変な男の人が、例の!曰く付きの貸家を借りに来たワよぉ〜!!早く出て、玄関に待たせているから!」

萬兵衛「あの空き家を、借り手がねぇ〜。分かったよ、行って来るよ!」

萬兵衛は、女房に促されて玄関へとやって来る。

萬兵衛「お待たせしました、立話もなんです。中へ来て、取り敢えず、一服、莨に火でも付けて下さい。」

與三郎「こいつはどうも!失礼致します。お富!お前さんも、入りねぇ〜。」

萬兵衛「どうぞどうぞ、ご新造も。狭い所ですが、一服点けて。さて、お前さん、此の先の空き家を、借りたくて中を見に参られたとか。

一服したら、すぐ中はお見せしますが、あの家は、実は色々と因縁が御座いまして。。。そいつも、追々順序立ててお噺しますんで!、兎に角、まずは中を見て貰いましょう。」


そう言って萬兵衛は、奥から鍵を取って来て、二人を連れて件の借家へと参ります。その時、萬兵衛が與三郎の顔を間近に覗き込んで、ビックリ致しますと、其れに気付いた與三郎が申します。

與三郎「大家さん!そんなに驚かないで下さい。アッチは化け物じゃ御座んせん。こう見えても人間で御座います。」

萬兵衛「旦那!冗談、言っちゃぁ〜いけない。飛んだ事を仰る。そんな卑下した物言いは、ご新造さんにも失礼ですぜ!」

お富「ハイ、そう言って頂けて、有難う御座います。不思議な縁で、今日はご厄介になります。」

そんな言葉のやり取りを経て、萬兵衛を先頭に、空き店の前に三人はやって参ります。鍵を開けて中を見せながら、家の様子を萬兵衛が語ります。

萬兵衛「どうです?器用に出来ている家でしょう?他の長屋と違って、貸家にするんで造る安普請の家とは違って、実はさる御隠居が自分の為に拵えた家なんです。だから、木口は宜いし、畳は備後の五分縁ですよ。」

與三郎「そう言われると、天井は薩摩の鶉木目ですよねぇ?!そして、佐兵衛のカカぁ〜は引き摺りだ!?」

萬兵衛「其れを言うなら、左右の壁は砂ずりで、唐紙だってこの造りですから!?そして、造作も申し分ないでしょう?二階だって、この障子ですし、格子の仕事も丁寧の極み!どれも一流です。」

與三郎「確かに、素晴らしい!!でぇ、この家は幾らで借りられるんですか?萬兵衛さん。」

萬兵衛「造作は買取になりますから、十両。ただし、一度に十両が無理なら、最初(ハナ)三両も入れて頂ければ、残りは二回分割で、払うって事でも構いません。勿論、金利手数料はジャパネットが全て負担致します。

そして、礼金・敷金の類は一切無し。家賃は先払いで二分になります。此れも、月割、十日割、日割のどの条件でも、借り手様の希望で結構です。」

與三郎「借り手にとって、実に有り難い条件です。あと、向こう三軒両隣、どの様な皆さんがお住まいですか?」

萬兵衛「ご存知ないですか?此処、同朋町は江戸随一の粋が集まる街で、理屈張った輩は居ないし、万一乱暴者が来たら、私が乱暴の道では負けておりませんから、即座に退治致します。」

與三郎「其れは頼もしい。アッチは、若旦那と呼ばれて育った時期も御座いましたが、不斗した事からこの怪我を負い、今では生業と呼べる稼業も無く暮らしておりますが、どうか宜しく頼み申します。」

萬兵衛「いゃぁ〜及ばずながら、又ご相談も致しましょう。私の方もこう言う性格(タチ)ですから、堅気よりは、お前さん方の様な風態を好みます。どうぞ、此方へ家移りして来て下さい。」

與三郎「ハイ!誠に有難う存じます。」


さて、この町役で家主の萬兵衛と言う漢。恐ろしく度胸のある迫力満点の強者で、町内が静か過ぎると困るってんで、毎朝神様に柏手を打つ際に、『騒動の素』、そんな玉をお恵下さい!と拝むと言う位、大胆な漢で御座います。

そんな萬兵衛、毎朝の朝食を我が家では取らず、何故か?!町奉行所へ出向き、そこで握り飯を方張りながら、揉め事が降って来るのを待っている。

更に!町内での喧嘩は勿論、遠方からの仲裁事の尻を向けられる事を、何よりの生甲斐としておりまして、益々、尻を向けられます様にと、尻が三つ巴に成った家紋の羽織を着ているぐらいの世話焼きで御座います。

萬兵衛、歳は四十を少し過ぎておりまして、與三郎が悪党で、お富はただの鼠じゃぁないぐらいの事は百も承知で長屋へ受け入れて仕舞うのであります。


二人は、なけなしの十両で造作を買取、又家賃の三ヶ月分と萬兵衛への礼金を添えて、二両の都合十二両を萬兵衛へと渡します。

そして、向こう三軒両隣へは蕎麦を配って、柳橋同朋町へと越して参ります。直ぐに、飯炊の婆さんを雇い入れて、お富與三郎の両国での暮らしが始まるのです。


アさて、引っ越してから早二月。両国の花火も済んで川開き。両国界隈が一層賑わい出したその頃、七月のある日、お富が與三郎に、こんな噺を持ち掛けます。

お富「與三さん、宜い家が見付かったと住み始めたのが、昨日今日と思っている内に、早いねぇ〜もう七月だよ。

まだ、蓄えであと二ヶ月くらいは遊んでても暮らせるだろが、このまんま、與三さんの稼ぎが一文も無い状態だと、大晦日には干物が二つ出来上がるよ。

其処でねぇ〜、アタイは考えたんだけど、大家はあの調子の人だから、アタイ達が少々、人様に言い訳の利かない様なお痛を働いても、大抵の事は誤魔化して貰えそうだからさぁ〜

此処は一つ、他人様が滅多にやらない様な、ド偉い新手の商売を、二人でやろうじゃないか?!どうだい與三さん!?」

與三郎「人のしない事?ド偉い新手の商売?そりゃぁ〜何んだい?お富。」

お富「相対間男を押初めて、金を取るって言うのはどうだい?!」

與三郎「其れは、ただの『美人局』だろう!?何処がド偉いんだ!?何処が新しいんだよ!?卑弥呼様以前、縄文時代、

いやいや、もしかすると、ネアンデルタール人もやっていたかも?!そんな人類最古の商売で、売春と並び称される商売じゃないのか?!」

お富「厭なのかい?!與三さん。」

與三郎「厭とは言ってない。ド偉い新手の商売じゃないダケだ。提案自身は素晴らしい!面白いよ。お富、お前さんの容姿で手練手管なら、どんな男もイチコロよぉ!?

で、具体的に、その相対間男をどんな具合にやるつもりなんだ、お前さんは?!」

お富「お前さん!決して甚助を起こしちゃいけないよ。設定は、お前が外出している間に、この家の二階に鼻の下を伸ばしたカモを連れ込んで、

蚊が五月蝿いとか、雷が怖いとか、適当に理由を付けて蚊帳を吊って二人で中に入って居るから、頃合いを見て、お前さんが突然踏み込んで来て、


間男見付けた!!重ねて四つにしてやる。


って凄んで見せるんだ。此の刻、アジ切り包丁を逆手に持って、畳に刺して脅す様な演出と、万に一つも、カモを逃がさない様に、蚊帳の吊り紐を切って絡め取る様にする。

あぁ、其れから刀が居るからねぇ、刀が。四つにしてやるって、アジ切り包丁だけだと、お前は勝五郎かぁ!!って魚屋扱いされるから、刀を落とし差しにして下さい。

そうして、脅す文句は、『さぁ〜!其処に二人重ねて四つにする、八つにする、十六にする、三十二、六十四、百二十八!そして、二百五十六での桜の舞い!!』

與三郎「なんだか、ガマの油の口上みたいになるんだなぁ?!脅かす前に、拍手されそうだぜ。」

お富「其処は、兎に角、脅し文句。相手を恐怖のどん底へ落としてやるんのさぁ、いいかい?!」

與三郎「『恐怖のどん底』で、思い出したけど、昔、CXの「三時のあなた」で、藤純子、現・寺島純子さんが、『恐怖のズンドコ』って言うのを生で聞きました。」

お富「混ぜ返さないで!!」

與三郎「こりゃぁ、失敬!!」

お富「そして、ここが一番大切なんだけど、お前さんの脅し文句で、恐怖のどん底のカモ野郎に、アタイが『悪いのは私なんだから、貴方は逃げて!!』と、その場から逃げる様に仕向けるからさぁ、

そこで逃げようとするカモを、再び捕まえて、こんな風に口上を浴びせてやるの、『罪を認めて謝ったなら、間男の相場七両二分で許してやったものを、逃げ出すとは、ふてぇ〜料簡だ!!』と言って置いて、

『この場で女と四つにされるか、二十両の証文に印形着くかぁ?!二つに一つを選びやがれぇ!!こん畜生。』ってな段取りで、まぁ、一回、二、三十両が手に入るって商売はどう?!與三さん。」

與三郎「やる!やる!面白いじゃねぇ〜かぁ。芝居掛かってて、アッチは大好きです。」

お富「乗り乗りで凄むのは宜いけど、アンタは素面で十分怖いんだから、五街道雲助みたいに、本息で臭い芝居調の科白はご法度だよ、相手がどん引きして、怖くなくなるからねぇ。過ぎたるは及ばざるが如し!!」

與三郎「それでぇ、誰を最初(ハナ)連れ込むんだ!お富?!」

お富「まだ、目星までは付けてないよ。でも、兎に角、たっぷり銭を貯め込んでいる助平爺を探しておくよ。」

與三郎「頼んだぜ、お富。また、久しぶりに鰻が食いたいから、なるべく早くなぁ?!」


小人閑居して、不善をなす。


馬鹿に暇を与えると、ロクな事を仕ないと言う意味ですが、正に現代のコロナ禍にも通じる四書五経のうちの四書の一つである『大学』にある諺です。



つづく