伊豆屋の若夫婦を泣く泣く断念した二人は、玄冶店のお富の家で、お富が芸者に出て稼ぐお足で、慎ましく暮らす日々が続いた。

與三郎は、そんな紐の様な生活に、漢として我慢が出来ず自身の働き先を見付け様と、口入屋の千束屋へと足を運びます。

その応対に出たのが、千束屋のベテラン番頭の卯兵衛で御座います。

卯兵衛「いらっしゃいませ!エッ、どの様な奉公人をお探しですか?!」

與三郎「手習いや、素読指南の先生の口が有れば働きたいのだが。。。」

卯兵衛「手習いも素読指南も働き口は有りますが。。。旦那のその風態では。。。誠に申し上げ難いのですが。。。子供達が、びっくりして手習い素読どころでは無いと思われます。

旦那のその風態を生かした仕事は、いかがでしょうか?」

與三郎「風態を生かした仕事?!」

卯兵衛「ハイ!用心棒などは?!殆どの小悪党は、旦那のそのお顔を見ると、ブルって逃げて行くに違いうりません。」

與三郎「でもこう見えて、私は力はカラっきし駄目なんですよぉ〜」

卯兵衛「大丈夫ですよ、旦那!力を使う前に、相手をビビらせて、追い返しゃぁ〜宜いだけの事ですから。」

與三郎「そんな、上手く行くのかい?!」

卯兵衛「まぁ、通じない時は、黒田三十六計!逃げるに如かずです。」

與三郎「おいおい、逃げ遅れたらどうするんだい?!」

卯兵衛「そん時は、二、三発殴られるのと、用心棒はクビになる覚悟をして下さい。」

與三郎「。。。」


流石に、斬られ與三の傷だらけの顔では、子供相手の寺子屋勤めは、習う相手・子供達が怖がって生徒が集まりません。

仕方なく、與三郎は日に百文の用心棒の口に、飯盛女、宿場女郎を置く旅籠で働き始めます。日に百文、喧嘩や揉め事が無い日は、仕入台帳や宿泊台帳など、帳面の計算をして日銭を稼ぎ、

一方、喧嘩や揉め事を上手く片付けると、一件につき一分の手当が貰えると言う歩合の仕事ですが、一月働いて一両になるか?って仕事。

其れでも、我慢をして、與三郎とお富は、用心棒と芸者の夫婦で、両国・日本橋界隈では、だんだんと有名人に成って行きます。

そして、二人が知り合って一年が過ぎる頃、蝙蝠安と目玉ノ富八の二人が、玄冶店の二人の家を訪れます。


安五郎「御免なさい!誰か?おいでになりますか?!御免下さい!」

お富「ハイ!今、玄関を開けますから、少し待って下さいなぁ。」

安五郎「ご無沙汰しております。與三郎の兄貴も、御在宅でぇ?!」

お富「ハイ、ウチのも居ります。貴方!與三さん!蝙蝠の親分さんと、富八さんがお見えです。」


長火鉢の奥に浴衣姿の與三郎が、イワシの塩焼とアサリの佃煮を肴に一杯やっております。其れを見た蝙蝠安が、與三郎に笑いながら話し掛けます。

安「旦那!どうしたんですぅ〜、江戸っ子が、田舎者の職人風情が喰らう様な、イワシと佃煮とは。

斬られ與三と呼ばれるお兄ぃさんなら、鯛の塩焼かぁ、マグロの刺身にして欲しいなぁ〜、江戸っ子の無宿者なんですから。」

與三郎「無い袖は触れないよぉ〜。お富が座敷が掛からない日は、俺が稼ぐ百文の暮らしだ。まだ、玄冶店の此の家が在るから、家賃の心配がないから、どうにかぁ、食ってられるけど、大店の若旦那をしくじった私なんて、なかなか、金儲けの口が無いよ。」

安「そんな事だろうと思って、アッシが宜い金儲けの口を世話しに来たんですよ。」

與三郎「金儲けたって、私しゃぁ、力も度胸も半端だから、強請や強盗の片棒は担げないよぉ?!」

安「そんな事は、百も承知で、儲け話を持って来たんですよ。」

與三郎「本当かい?強請、たかり、かっぱらい、強盗の類(たぐい)じゃない、金儲けの話なんて。。。本当にお前さん方が、持っているのかい?!」

安「見くびって貰っちゃ〜困るなぁ〜旦那!!アッシ等だって頭を使って商売を捻り出すくらいの事はするんです。」

與三郎「でぇ〜、どんな商売なのさぁ?!旨い金儲けの噺と言うのは?!」

安「早い噺が、此の家の奥の座敷をお借りして、博打場を開こうって相談でぇさぁ〜。」

與三郎「博打場?!」

安「そうです。博打場。ただ、博打場ったって、無職渡世が集まってガラッポンやったり、職人や侍、浪人を相手にする博打場じゃない。

客層は、大店の主人か番頭などの商人だけを相手にします。しかも、今流行りの博打『花合わせ』をやるんでぇさぁ〜。

いやねぇ、アッシ等が、他所の博打場に出入りしていると、『商人同士、金に綺麗な者だけで博打はやりたい!』『今流行りの花合わせがしてみたい!!』って声をよく聞くんです。」

與三郎「其れで、客は大店の商人だけにするのか?」

安「そうです、それに既に目星は付いていて、色んな賭場で声掛けて二十人ばかり素性の宜い主人、番頭を仲間に引き入れておりやす。

最初(ハナ)は、月に二度、五日と二十日に、此処の奥を借りて、始めさして頂きたく、寺銭として一割、一晩に百両動けば十両、二百両なら二十両を、旦那とお富さんにお支払い致しますから、どうかぁ?!奥の座敷を貸しておくんなせぇ〜。」

與三郎「奉行所や町役から、取締りを受ける事はないのかい?」

安「博打は、現行犯しか捕まえられねぇ〜し、見張をちゃんと外と、玄関、それに手前の部屋にも置きます。其れでも万一踏み込まれたら、アッシと富の野郎が身体を張って盾に成りますから、どうかぁ!お願いします。

毎月、二十両から三十両は、何もしないで、座敷を貸すだけで、旦那とお富さんは左団扇で儲けられる噺ですぜぇ!!

それに、客が飯や酒肴を仕出や店屋物で、出前を取ったら、其れに割りを掛けての上がりも、バカにならない銭になる。

一つアッシに奥の座敷を、貸しては貰えませんか?決して、旦那やお富さんに、悪いようにはしませんから!?」

そう言われても與三郎は、まだ、躊躇していましたが、長脇差の女房を五年以上務めて、赤馬源左衛門の博打の上がり、寺銭の儲け方を熟知しているお富が口を挟みます。

お富「與三さん!私(アタイ)は、あんたもご存知なように木更津で長脇差の女房だったから言わせて貰うけど、

上総のあんな田舎でも、一つ賭場の上がりで子分が三十人から養えてたんだよ。日に百文稼いで、このまんま、毎日毎日イワシ食ってさぁ〜、

アタイに御座敷が掛かって、玉代が宜い時ばかり、初鰹やマグロの赤身にありつく様な、そんな暮らしで一生終わるつもりかい?!

それより、安五郎さん達に、此の家を貸すだけで、毎月毎月さぁ〜、大枚二十両、三十両なんて銭が頂けて、

毎日鯛や鰻を食って、綺麗で粋な流行りの着物(べべ)が着られてさぁ〜、芝居見物や遊山旅して、毎日面白可笑しく生きられるなら、そうしようよぉ〜與三さん!!」

與三郎「分かったよ、お富。では、安五郎さん、万事お前さんに任せるから、奥の座敷を賭場にする件は、上手い事進めて下さいなぁ。」

安「ヘイ!有難う御座んす。任せて下さい。決して悪い様にはしませんから。そして、是は手付って銭じゃ無ぇ〜がぁ、今月五日っから借りてぇ〜んでぇ、三両在ります。受取っておくんなせぇ〜!!」


こうして與三郎とお富は、月に二度の約束で、蝙蝠安と目玉ノ富八に、奥の座敷を貸して、寺の上がりを生業とする。いわば無職渡世の仲間入りをした事になる。

そして取り敢えず貰った三両で、その日は、久しぶりに葺屋町河岸で鰻を食べて、翌日には、與三郎は何年振りか?浅草猿若町で芝居見物をしました。

やがて、玄冶店の賭場は当たりに当たる事になります。太い客が次から次へと口コミで集まり、一割五分の寺銭は取られるが、

所謂、渡世人、博徒の客が中には全く居ないので、斬った張ったの揉め事は無く、いかさまで毟り取られもし無い安心して遊べる賭場なのである。

最初(ハナ)月二回で始まった賭場も、一日、五日、十日、十五日、二十日、二十五日、そして三十日と月七回ものご開帳で、大賑わいとなります。

一晩に、二百両が平均で勝負が在るから、一回に二十両は、與三郎とお富の元に銭が入り、月で見ると百両四十両。

更には、客の飲み食いのカスりからの収入が五十から六十両は有りますから、なんやかやで二人は二百両からの銭を毎月稼ぎます。

もう、二人はコツコツ働こうと言うような料簡は全く無く、完全に悪に染まり『如何に楽して、銭を手にするか?』、濡れ手に粟が座右の銘の腐った料簡と相成ります。



更に


銭が入れば、暮らしは派手になるし、また、全く博打のバの字も知らなかった與三郎は、玄冶店の寺の上がりを持って、他所の賭場で勝負する様になりますから、二百両の銭は泡の如く消えて流れて行きます。

そんな玄冶店の賭場の太い客の一人に、大門通りで金物問屋を営んでいる奥州屋藤八と言う男が居ります。

この男、最初(ハナ)は花合わせが目当てで、玄冶店へと通って来ておりましたが、お富を見て、花合わせ半分、お富が半分に。

やがて今では、お富が八で花合わせは二に成っておりまして、是を又、お富が上手く手練手管で絡め取るようにして、メロメロにしてしまいます。


さて、玄冶店の賭場が流行ると、次に起きるのは、妬み嫉み厄っかみの、他の博徒からの嫉妬で御座います。

この蝙蝠安の賭場が、『五』が付く日と、『一日、十日、二十日、三十日』にご開帳なのは、有名なんで、是を奉行所へ密告(チンコロ)する奴が現れます。

取締りの取方に踏み込まれますが、安五郎の子分の誘導が宜く、客の旦那衆は無事に逃げて、事なきを得ますが、

是を機に、奉行所の取締り見廻りが頻繁になり、蝙蝠安も目玉ノ富八も、この玄冶店の家では、花合わせをやる事が出来なくなります。


こうなると、お富と與三郎は、大いに困り、頼みの綱、楽して銭が貰える先は、お富に入れ上げている奥州屋藤八だけに成ります。

こうなると、最初(ハナ)は悋気を見せていた與三郎も、『一端の極道が、女房を出汁に、銭の一つも引っ張れ無いようじゃぁ〜悪党とは言えない!!』

『第一、男の悋気は野暮の権現!俺は粋な江戸っ子だから、女房を人に貸すくらいの度量は在る!!』

たった一年半で、変われば変わるもので、又、藤八も、まさかあの化け物が、お富の色とは思わないから、

お富が言う、『田舎で鎌鼬(かまいたち)に合った遠い親戚の者』と言う言葉を、丸々信じてしまい、


「お富!俺がお前を囲いたい。」


と、井筒屋の番頭の太左衛門の次は、自分が、お富の旦那になるんだ!!と、藤八は益々、お富に入れ上げて仕舞い、この跡!!有名な『稲荷堀』のあの事件へと発展し、與三郎とお富は、悪の深みへと嵌って参ります。



つづく