與三さん逃げて!!
お富は、赤馬源左衛門と海松杭ノ松を見て、咄嗟にそう叫びましたが、当の與三郎はと見てやれば、腰が抜けて足がブルブル震えて、噛み合わない歯をカタカタ音(い)わせており、
お布団から自力で出る事すらできません。この様子を見たお富、意を決し覚悟を決めて、赤馬源左衛門に向かって誓願します。
お富「親分!アタイが全部悪いんだ!!若い與三さんを誘って、無理矢理こうなったんだ!アタイはもうどうなっても構わないから、與三郎さんは許しちゃ貰えないだろうか?全部アタイが責めを負います。與三郎さんを逃してやって下さい。」
赤馬「木更津の貸元と呼ばれる俺様の顔に泥を塗ったんだ!勿論、お富!貴様を許しはしないし、其処の布団に包まっている色男も容赦はしねぇ〜。
其れになぁ〜、お前に乞われてその色男だけを助けたんじゃぁ、たとえ此の俺は許しても、先に冥土へ行ったお熊婆さんが許すめぇ〜。だから、野郎には、きっちり落とし前、付けさせて貰うぜぇ!!」
お富「あんた!お熊さんを殺したのかい?!あの婆さんは、ただアタイに頼まれて。。。手紙を届けたダケなのに。。。この鬼!妖怪!悪魔!」
赤馬「何んとでも言え!!この売女(ばいた)。無職渡世をコケにすると、どんな目に合うか、俺が貴様達に教えてやる!!覚悟しやがれぇ!!二人とも。
松蔵!お富を、其処にある帯紐で縛って動けねぇ〜様にしろ!!色男は、こっちの縄で縛り上げたら、鴨居に吊るして着物をひん剥いて裸にしろ!!」
言われた海松杭ノ松が、まず、お富の手足を縛り、柱に括り付けてしまいます。既に、観念した様子のお富は抵抗もせず、されるがままに従います。
一方、布団に潜ずり込んでいる與三郎を、松蔵が引き摺り出して縄で縛り上げ様と致しますと、「御免なさい!」「許して下さい!」と、命乞いを始める始末!
しかし、一切無視して無言のまま、松蔵は與三郎を縛り上げようと致します。是に駄々っ子みたいに泣いて抵抗する與三郎でしたが、
松蔵が、頬をニ、三発ビンタしてやると抵抗も無くなり、縄を打たれてその縄を鴨居に通し、両手を高く上げた状態に吊し上げられるのでした。
松蔵「手こずらせやがって!親分、準備が整いました。」
赤馬「ヨシ!始めるかぁ。與三郎さんとやら、此処は浜辺の一軒屋だ。隣家は無く人も夜中はまず近付かない。どんなに大声を上げ様と、助けが来る事は無いから、無駄な抵抗は止めて、折檻されて下さいなぁ!
其れからお富、貴様は斬り刻みはしない代わりに、斬り刻まれる色男が、悶え苦しむ様子をよーく其の目に刻み付けて、たっぷり後悔しなぁ!!」
そう言うと、ギラッと長刀(ながドス)を抜いた赤馬源左衛門。先ずは、下から上へ斬り上げる太刀筋で、與三郎の両頬を斬りつけた!!
パックリ頬肉が裂け、皮一枚で口ん中が透けて見えるぐらいの切り口です。2
ギャッと叫び痛がる與三郎ですが、源左衛門が「顔を動かすと、思わぬ所を斬っちまうぜぇ〜?目とか鼻とか落とされたくなかったら、ジッと動くんじゃねぇ〜」と申しますから、正面を真っ直ぐ見て耐えております。
すると、すかさず返す刀で、先の切り口が、×印に成る様に、同じく頬を斬りつける!!又、與三郎はギャッと呻き声は上げますが、顔は正面のままで御座います。4
又、額にも、斬り付けて、此処へは×印ではなく、所謂、西洋式の「正」の字。この時代は、正ではなく『玉』だったようですが、
五つを区切りに数える方法で、西洋で用いられる『tally』と呼ばれる模様を、額に深く刻み付けます。9
この辺りで、與三郎が痛いのを通り越して気絶してしまいますから、海松杭ノ松が桶に水を汲みまして、勢いよく與三郎に掛けて目を覚まさせます。
更に、顎へ二つ、そして、耳へは片方に二つずつ、鋭い裂目を入れて、マイクタイソンか?タコ八郎の様な耳に致します。13
ここで、再度水を掛けられた與三郎ですが、もう顔面は真っ赤で誰の顔だか分からない様になっております。
すると今度は、身体へと刃が向けられまして、両胸に×印、腹にはtally、両の二の腕と肩にも×印が入れられます。25
「もう、殺して下さい!」と、蚊の鳴く声で懇願する與三郎に対し、聞く耳を持たない赤馬源左衛門は、容赦無く更に責め続けます。
この様子を見ていたお富は、流石に辛かったと見えて啜り泣く様な声を漏らしますから、此のお富に燃えた源左衛門が、握る方に力が入ります。
更に更に、背中へ回ってtallyを入れると、腰の辺りにも大きな×印を付けます。そして、トドメだ!!と叫び、再度、顔面全体に大きく×印を付けて、漸く赤馬源左衛門の責めが終わります。34
その時でした。お富を縛っていた帯紐が緩み、お富が障子戸を身体で突き破り逃げ出します。
赤馬「松!逃すな、追え!!」
松蔵「ガッテンだ!!」
裸足で風の様に、無我夢中で飛び出したお富は、庭先を抜けて浜の松林の方へ駆けて行きます。直ぐに後ろから海松杭ノ松が其れを追う。
お富は心の中で『與三さん!お前だけを死なせはしないよ?!アタイも、今から海へ飛び込みます。
でも、お前さんが、その傷だらけであの世へ行くと閻魔様がビックリするだろうねぇ〜。でも、アタイはそんなあんたとあの世で夫婦に成るつもりだからね!アタイを女房にしておくれ!!與三郎さん。』
そう心で呟いたお富は、南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!と、念仏を唱えながら、浜から満潮の海の岩場へと進み、其処から荒狂う師走の木更津の海へと飛び込みました。
しまった!!
追いつく事が出来ず、お富の飛び込む音だけを闇に聞いた海松杭ノ松は、お富を宿場女郎に売り飛ばす算段が、正に水の泡と消えて。。。肩を落として別宅へと戻ります。
松蔵「親分!申し訳ありません。姐御の野郎、岩場から海へ飛び込みました!!」
赤馬「おい!あれを宿場女郎に売り飛ばした、その銭を持って、俺達二人は逃げる算段だったのに。。。どうやら算段の練り直しだ!!」
松蔵「練り直しと言うと?!親分、どうしますか?」
赤馬「其れを今、考えている最中だ!!」
腕組みして必死に考えている赤馬源左衛門、傍に吊した虫の息の與三郎を見て閃きます。
赤馬「松!江戸金の野郎を、直ぐに来いと此処へ呼んで来い。」
松蔵「江戸金?!江戸金なんて呼んで、どうするんです?!」
赤馬「いいから、早く呼んで来い!!」
直ぐに、與三郎の友人の髪結の江戸金が、別宅へと連れて来られます。
江戸金「どうしたんですか?!親分。是は!與三郎さん。。。何て姿に。今さっき、藍屋からも番頭さんが来て、私に與三郎は何処ですか?って言うから、
私は今日、與三郎さんとは会ってないし知らないと返事すると、いたく驚いて、與三郎さんは私と遊ぶと藍屋を出たと仰る。
何が何だか、サッパリ分からずに居たら、今度は松蔵親分が来て、赤馬の貸元が呼んでいると言うんで、此処へ飛んで来たら。。。與三郎さんはあの様だ!!いったい!何が有ったんですか?」
吾妻権現祭の、お富と與三郎の出逢いから知る江戸金ですから、赤馬源左衛門が、二人が姦通している事を噺、その落とし前で、與三郎はこの有り様で、お富は海へ入水したと説明する。
赤馬「其処でだ!與三郎はまだ息はある。姦通したんだから、女房のお富と重ねて四つにしても宜いんだが、ものは相談だ。この野郎の命を百両で買いませんか?と、藍屋へ掛け合っちゃ貰えないだろうか?!」
江戸金「事情は分かりました。與三郎は一刻も早い方が宜い。直ぐに藍屋へ、掛け合って来ます。」
直ぐに、江戸金は藍屋へ行き、與三郎が赤馬源左衛門の女房・お富に姦通して、その仕返しに赤馬に酷く斬られている様子である事を伝えて、
もし、命が惜しいならば、姦通の落とし前として百両よこせと言っている事を話すと、二つ返事で藍屋源右衛門は百両を番頭に持たせて、江戸金に付いて赤馬源左衛門の別宅へとやって来た。
一方、赤馬源左衛門と海松杭ノ松は、吊していた與三郎を鴨居から下ろして、俵に古い桐油を染み込ませて、その中へ與三郎を無理矢理詰め込んで台八俥に乗せて待っていた。
江戸金「赤馬の貸元!百両です。」
赤馬「間違いなく。じゃ、色男を連れて帰っておくんなせぇ〜!」
赤馬源左衛門と海松杭ノ松の二人は、木更津を離れて、この百両を懐中に、暫く旅に出て仕舞います。
一方、瀕死の與三郎!さてこの後、どうなりますか?其れは次回のお楽しみです。
つづく