部屋に飛び込んで来た森田屋清蔵を見て、狐に摘まれた様な直次郎と三千歳でしたが、清蔵の『間男見付けた!』の科白で、事態を理解致します。

其処へ、二階の物音で目を覚ましたお清が、一人では二階の様子を見に行くのが怖くて、近所に住む通いで力仕事を頼んでいる飯炊の彌助を連れて二階へと上がって来ます。

お清「アレ?旦那様、お戻りでぇ?!」

清蔵「お清かぁ、すまん起こしてしまったか?

宜ければ、その行燈に火を点けてくれぇ。

そうだ!それからなぁ彌助ドン!こんな夜中に悪いがなぁ、遣いを頼まれてくれ。

下谷練塀小路の河内山さんの家へ行って、急用があり主人森田屋清蔵がお越し願いたいと申しておりますと、そう言って河内山さんを、此処へ連れて来てくれぇ、頼む」

彌助「何んて言うだかぁ?『主人森田屋が、お腰に付けた黍団子?一つ私に下さいなぁ?』って呼んで来るだぁか?」

清蔵「悪かった、お清、彌助ドンに分かるように通訳して、河内山さんを此処へ呼びに出してくれ。」

お清「畏まりました、ご主人様。」

二人が、ハシゴを下りて彌助は河内山を呼びに下谷練塀小路へと向かい、お清は自分の部屋へ戻り再び床に着いた。

森田屋清蔵は、畳に刀を突き刺して、ドッかとあぐらをかき、キセルを取り出し、プカリ!プカリ!と、煙草を吸い始めた。


清蔵「明るくなって気が付いた、料理がお膳に、こんなに残っているじゃねぇーかぁ。よし、食おう!!三千歳、すまんが、酌をしてくれぇ。」

ガタガタと震えながら、三千歳が布団を出て、清蔵に酌を致します。其れを見ていた直侍も、もうジタバタしても始まらないと、腹を括りました。

三千歳「旦那、いつ帰ったんですか?」

清蔵「昨日の夕方だ。」

三千歳「二ヶ月は掛かると、仰っていたのに?」

清蔵「仙台に着く手前の大洗の港で、仕事の段取りが全て片付いてしまった。それで、大洗から帰りは陸路、二ヶ月は掛かると思った仕事が、五日で済んじまった。

其れで、昨日は店に荷物だけ置いて、馬喰町の旅籠、木野屋に泊まって昼過ぎまで寝て、湯屋へ行ったり、飯屋で腹拵えしたりして、此処へ来たら、玄関は締まりがしてある。

其れで、裏木戸を開けて、庭から雨戸を剥がして、中へと来て見たら、このザマだ。八百両の間男だから、七両二分では我慢できねぇーよ、片岡さん。」

直侍「森田屋さん、面目ねぇ。全て、拙者の責任だ。貴殿に八百両の銭を出させて、河内山の兄貴を間に立てての決め式を破った、拙者が悪い!煮るなと焼くなと好きにしてくれ!!

女は受け身だ。三千歳は堪忍してやってくれ!頼む、この片岡直次郎の命で。。。」

三千歳「いいぇ、旦那様。アチキが直さんに手紙を書いて呼び出したざます。悪いのはアチキで、直さんじゃありんせん。どうか、アチキの命で、直さんを許してくんなまし。」

清蔵「芝居の様に、涙ぐましい庇い合いだなぁこりゃ。そんな言い訳を私が聞き入れると思いますか?お二人さん。

間もなく、河内山さんが見えます。河内山さんに、私は全ての裁定を任せるつもりです。あの方が決めた事に、お二人は従って致します。

取り敢えず、この膳部を肴に酒でも飲んで、河内山さんが来るのを、三人で、大人しく待ちましょう。来るのは一刻は先ですから。」


清蔵がそう言うと、奇妙な宴が始まります。旦那と女房と間男の宴です。清蔵が、ぽつりぽつりと旅の溢れ話をして、三千歳はそれに、中で聞いた旅話を被せます。

殆ど旅なんて無縁の直次郎は、聞き手に回り、時折、旅の彼是に質問を投げ返す。こんなやり取りで半刻もすると話は盛り上がり、今度は三人で何処かへ旅したい!何て盛り上がり成った頃、河内山宗俊がやって来ます。


宗俊「寝てたもんで、こんな格好で失礼します。」と、寝衣に羽織を引っ掛けた河内山が現れます。そして続けて。

宗俊「直次郎の馬鹿が間男したって、彌助さんから聞いたもんで、さぞ、お通夜の様な重々しい空間を想像して参ったら、

思わぬ楽しげな笑いの漏れる部屋で、仲良く三人で酒を飲んで居る光景に戸惑っておりますが、彌助さんの言った事は本当ですよね?」

清蔵「本当です。お通夜の様に成りそうだったので、私が空気を変えました。さて、河内山さん、あれだけ念を押して半年はと固い掟を作ったつもりでしたが、この二人には響かなかった様です。」

宗俊「森田屋さん、真に、漢河内山面目次第も有りません。全て、私の監督不行届、此の通り!謝られて頂きます。

オイ、直次郎!貴様、この河内山の顔に、泥を塗りやがって、何か申し開きが出来るなら、言ってみろ!!」

直侍「河内山の兄貴、実に面目ねぇ、いけない事とは、知りながらつい欲望に負けて。。。返す事も御座んせん。

この上はどんな罰も受ける所存ですから、好きにして下さい。その代わり三千歳は、許して貰えないだろうか?」

三千歳「河内山の兄さん!悪いのはアチキです。直さんに手紙を出して、呼び出したのは、私ざます。罰はアチキ、三千歳一人にくんなまし。」

清蔵「さっきも、この調子で三流芝居を見ている様な罪の庇い合いなんですよ。」

宗俊「直次郎!貴様には、この身請けの話を三人でした折に、俺は、きつく言ったつもりなんだが、お前は兎に角自分勝手な奴だ!!

自己中心的で、自分の欲望のままに生きてい過ぎる。其れを少しは直さないと、お前は漢として、周りから認めては貰えないぞと、口を酸っぱくして説いたつもりだったが、全く響かず俺は残念だ。

お前が間男したら、森田屋さんはどう思う、河内山はどう思う、もしバレたら三千歳はどうなると、貴様と言う奴は、其れ等『先の事』を一寸も考えずに行動するだろう?俺はそれが悲しい。」

直侍「すまない、兄貴。こんな不詳の舎弟ですが、兄貴!見捨てないで下さい。」

宗俊「殺されてやむなしって奴がなぁ、見捨てないではないだろう!?」

清蔵「そんな訳で、此処は一つ。我々三人の腹は固まって居ますんで、河内山さんに、裁定を頂ければ、三人共に異存無く、其れに従います。」

宗俊「俺が決めるのかい?其れより森田屋、貴方の気の済む様にしたらどうだい?三千歳の八百両の銭を出したのも、お前さんだし。」

清蔵「私は、間男見付けるまでは、考えたんですが、間男を捕まえた後の算段をしておりませんでした。此処は、河内山さんのお知恵で一つ、けじめを取って頂きたいです。」


そう言われた河内山宗俊が困った。約束を誓ってまだ、十日やそこらで、舎弟直次郎と三千歳が掟を破るとは。そんなに無理な誓いを立てさせたつもりはなく、

八百両とこの家の散財をさせた、森田屋清蔵の気が晴れる様な落とし所が難しい。そう、河内山が考えておりますと、意外にも三千歳が口を開きます。

三千歳「河内山の兄さん、私は、再び苦界に落ちて反省しとう御座います。そうなれば、まだ、お婆ちゃん成った訳ではありんせんから、

まだこんな私でも、八百両は無理かもしれませんが、幾らかの金子に代わります。其れを森田屋の旦那への償いにしとう御座います。

また、廓へ戻れば、銭さえ有れば、直さんにも逢う事はできんすに、どうか、河内山の兄さん、その様にしてくんなまし。」

宗俊「ヨシ!分かった。三千歳は、再び大口楼に戻す事で、俺が亭主に相談する。金蔵の一件も有る、俺が頼めば、八百両で引き取るに違いない。其れを森田屋さんに返しましょう。

一方、片岡直次郎!貴様は、今日限り俺の舎弟でも仲間でもない、練塀小路の敷居を二度と跨ぐなぁ!!縁切りだ。森田屋さん、此れで如何ですか?」

清蔵「河内山さんが、そうと決めなすった事なら、私は一切異存は御座いません。」


こうして、翌朝、三千歳を連れて河内山宗俊と森田屋清蔵が、吉原江戸町二丁目の大口楼を訪ねて、再び、三千歳を買い戻してはくれないか?と、持ち掛けると、

大口楼の方でも、大歓迎の提案で、あの足抜け以来、大看板の三千歳が抜けて、事件の風評もあり、客足がメッキリ減り、店を売る話まで出ていたのです。

そこへ三千歳を買い戻せるのなら、その再勤祝いの会を大々的に宣伝して、贔屓を取り戻す作戦で、河内山と森田屋もその再勤祝いの発起人になります。


さて、いよいよ次回は新展開、再勤した三千歳に絡んで、六番目の『天保六花撰』の主要人物、金子市之丞が登場します。お楽しみに。



つづく