丸利から百両の金子を手に入れ、その内十両を丑松に与え、残りをそっくり懐に収めた河内山であったが、悪銭身に付かずの喩えに違わず、翌年の春には、全くのオケラ同然となり、
またしても登城はせずに月代を五分に伸ばして、練塀小路の自宅に燻っているのでした。流石に此れを見兼ねた妻・お重が、宗俊にこんな言葉を掛けます。
お重「御膳、日がな一日家に篭って居ては、体に毒で御座います。陽気も良く、花も満開になっている事と存じます。
たまには外の空気をお吸いになって、向島か?飛鳥山にて、春を愛でて参られては?と、存じます。如何がでしょうか?御膳。」
宗俊「重!其方にまで気を使わせた事、宗俊、すまなく思うぞ。よし、久しぶりに、外へ出てみようかぁ?!そして銭の算段でもして来よう。」
そう言うと宗俊、黄八丈の小袖に、同じ黄八丈の袷羽織を着て、短刀を差し駒下駄を履いて出掛けるのでした。
すると愛犬の尨犬が、ご主人様の久しぶりのお出掛けだと、はしゃぎ回り宗俊の足元に絡み付きます。
宗俊「オイ!尨、お前にそうして付いて来られては、困ったなぁ〜。すまんが、離れてくれぬか?おいおい、足に纏わり付くのは勘弁してくれぇ!!」
言葉の通じぬ犬畜生ですが、ご主人様の困惑を察したか?足に絡み付くのは、遠慮して、少し離れて付いて参ります。
しかし、河内山が素っ気なくしていると、聞こえる様に鼻を鳴らす様な声を発してご主人様に構ってくれろと合図を送ります。
宗俊「春のこの陽気に、貴様も些か興奮しておるのか?!此れから銭の算段に参るので、尨やぁ!、お前さんがお供では、ちと具合が悪いぞ!?。。。。。否!!
そうかぁ?!、その手が有った。ヨシヨシ、尨。伴を許す!!付いて参れぇ〜。此れより上州屋へ参ろう。」
どんな悪巧みを思い付いたか河内山。尨犬をお供に従えて、下谷黒門町の質屋『上州屋彦右衛門』へとやって来ました。
宗俊「御免!許せよ。」
此処は、懇意の店ですから、宗俊が表格子から入りますと、小僧が直ぐに『河内山の旦那が、店に来ました!!』と、番頭へ注進致します。
先程は、懇意と申しましたが、此れは河内山の側だけで、上州屋の方では、亭主から小僧に至るまで、あの厄病神が又来やがった!てなもんである。
と、言うのも河内山、毎度毎度、妙な理屈を捏ねては、広く世間に価値の無い物を質種に大枚の金子を借りに参ります。
根負けして貸すと、其れでもまだ、もう忘れた頃ではありますが、何処からか?金子を儲けた折に、質種を出してくれるから、その関係は続いておりますが、出来れば来ないで欲しい客の一人で御座います。
番頭「此れは、此れは河内山の御膳。本日は、何の御用で御座いましょうや?」
宗俊「『何の御用か?』だぁ?!おい、番頭。貴様の店には、銭の算段以外で客が来る事があるのか?野菜を下さいとか、良いお魚は有りますか?とか言って客が来るのか?!
面白い質屋だなぁ?今度、何か買ってやるから、その小僧をご用聞きに寄越しやがれ!!番頭、やさ、源兵衛さんよぉ。」
番頭「申し訳御座いません。奥が取り入っておりまして、あいすみません。お金がご入用ですね?如何ほどで御座いましょうか?」
宗俊「そうだなぁ、取り敢えず、五十両ばかり都合して貰いたい。」
番頭「五十両ですね、御膳。では、其の質種は?!」
宗俊「そんな物は特に用意してねぇが、拙者河内山と上州屋との付き合いじゃねぇかぁ?!信用で五十両、都合してくれ。」
番頭「私どもは、質屋でして金貸では有りません。ですから、質種無しでは、流石に河内山の御膳のお願いでも、金子を用立て出来かねます。」
宗俊「どうあっても、質種が必要かい?!」
番頭「ハイ、要り用です。お家にお戻りになり、其れ相応の先祖代々の刀とか、骨董の類を質種として、持参願います。」
『そんな質種が有れば、苦労しねぇーやぁ!!』と、出掛かった啖呵を飲み込んで、河内山が番頭に向かって言った。
宗俊「其れならば、家の門口に出して在る『河内山宗俊』という檜の表札、アレは京都の高僧宝顕和尚の直筆だ!アレを五十両のカタにどうだ?」
番頭「表札を質種には、頂きかねます。貴方様に、其れ程必要な物とは思えませんし。。。」
宗俊「アレだ!其れならば、番頭、大坂の有名な義太夫語りの師匠の逸話を知っておるか?」
番頭「何んですか?其れは。」
宗俊「その義太夫の先生は、『お染久松』を呼び物にしている太夫で、寄席でその先生が『お染久松』を掛けるとネタ出ししたら、必ず、満員御礼、札止め間違い無しなんだ。
その太夫がだ。ある日、どうしても纏った金が要り用で、その演目『お染久松』をカタに、質屋から金子を借りたって話があるんだ。
その太夫は、質種にした『お染久松』を、受け出すまでは、寄席では掛けませんと誓い、其れに対して質屋も金子を都合してやったって話だ。
洒落てるだろう!?其れに、この表札の件とそっくりじゃねぇーかぁ、なぁ?!番頭、河内山宗俊の表札で、五十両貸せ!!」
番頭「似てますか?確かに、義太夫の先生にとっては、十八番の演目は宝ですが、御膳は表札が無くとも、全く困らないでしょう?」
宗俊「そんな事はないぞ、表札を受け出すまでは、河内山、登城を控える。表札を受け出すまでは、江戸城への出仕致さぬと言うのでは、どうだ?!番頭。」
番頭「出仕致さぬと言われても、御膳は、出仕しなくても、全く困らないじゃないですかぁ?!現に今も、その頭のご様子じゃぁ、絶対に、出仕などしてませんよね?だから、駄目です。表札では貸せません、五十両。」
宗俊「そうかぁ、番頭。つまりだ、たとえ、第三者には無価値でも、河内山が命と引き換えに出来るくらいに、愛していて、大切にしている物でないと、五十両のカタにはならん!!と、そう申すのだなぁ?!」
番頭「御意に御座います。」
宗俊「ならば、此れで、五十両貸せ。此れは、拙者が我が命と同等に大切にし、愛して止まない存在だ!!」
と、河内山は連れて来た尨犬を五十両のカタだと差し出すのでした。
番頭「お戯れを!!生き物じゃないですか?」
宗俊「命の次に大切にしている尨だ!!貴様には何の価値も無かろうが、拙者には大切な愛すべき相手だ!!妻や子よりも大切にしておる。
尨やぁ、因業な質屋故に、ろくな餌は与えて貰えないだろうが、五十両の為に、我慢してくれるか?そうかぁ、有難う!!尨。」
番頭「たとえ妻子より可愛い犬だと言われても、その尨犬に五十両は出せません、御膳。其れに、先程も申しましたが、今、奥では取込み事が御座いまして、主人の親戚一堂が集まり、昨夜から寝ずの相談の最中です。
かく言う私も、いや奉公人は小僧に至るまで、寝ずにお勤めをしておるのです。ですから御膳様のこの様な座興に付き合っておる場面では、ないのです。あいすいませんが、本日の所は、お引き取り願えますでしょうか?」
宗俊「通りで、先程より何やらゴタゴタ、ピリピリしているのは感じておった。何だ?無盡(むじん)か?分かった!!素人浄瑠璃だろう?
一旦は、奉公人たちはカッケとか、眼病とか理由を付けて断ったが、主人がヘソを曲げて、『暇を出す!』と怒り狂ったか?!」
番頭「そんな気楽な事では御座いません。」
宗俊「まさか?!博打?」
番頭「御膳ではあるまいし、帰って下さい!!」
宗俊「怒るな番頭、何んなんだ?相談とは。」
番頭「主人より口止めされておりますから申し上げられませんし、申しても仕様の無い話に御座います。」
宗俊「母体付けるなよ、源兵衛さん。そこまで聞いて帰れねぇーよ。河内山の性分は分かっておるだろう?
他人の家に、災難や憂いがあると聞いて、黙って放って置けねぇー性分だからよ、膝とも談合って事もあるし、源兵衛さん!教えてくれよ。」
番頭「二番番頭の利兵衛さん、御膳がこう仰っているが、思い切って、相談してみるか?」
利兵衛「主人も口止めはされていますが、其れは世間様に対してで、お城勤めの河内山様なら、話をしても宜しいんじゃないですか?お知恵を拝借できるかも、知れませんし。」
番頭「じゃぁ、御膳。お話し申し上げますが、他言無用に願います。実は、当家の主人には、お浪と言う一人娘が御座います。」
宗俊「おうおう、知っておる。年頃の美い娘だ。そう言えば、昨年秋頃に見たきり、近頃は見かけぬなぁ、その娘がどうした?」
番頭「そのお浪お嬢様を、さる大名へ、行儀見習いの為に御殿奉公に出したのです。」
宗俊「成る程!行儀作法は武家で習うに限るが、何処へ出した?」
番頭「赤坂の雲州候へ」
宗俊「其れは良い奉公先ではないかぁ、越前松平家なら申し分ない。犬でも、大どこの犬に成れと申すが、雲州様なら同じ奉公でも良い先だ、其れがどうかしたのか?」
番頭「ヘェ、そのお殿様がお浪お嬢様を見染められまして、側室にとご主人に申し出られたのです。
本来なら、徳川家に繋がる血筋で、二十萬石のお大名の側室ですから、玉の輿もいいところで、大喜びする話なんですが、お浪様には許嫁が在るんです。
ここ上州屋に入婿となり、次の主人として迎える本所石原町の材木問屋、和泉屋の次男坊がそれなんです。」
宗俊「そいつは、厄介だなぁ?」
番頭「へぇ、三月にも暇を頂戴してお浪様を宿下りさせて、夏には祝言を挙げるつもりで、主人も和泉屋さんも予定を描いておりましたが、雲州候が首を縦に振りません。
そうこうしているうちに、赤坂をお得意先にしている背負い小間物屋で龍三と言う者があり、この龍三が手前どもの手代虎二の舎弟に御座います。
その龍三が申すには、お浪お嬢様から手紙を預かり兄貴の奉公先でもある上州屋さんの大事だから、届けに来たが、
万一、雲州候江戸屋敷に知れたら出入り止めでは済まず、赤坂界隈では仕事ができなくなるから、呉々も内密にと申して持参した手紙によりますと、
お嬢は座敷牢に監禁されていて、毎夜毎夜、雲州候の酒の相手をさせられて口説かれている。其れでも拒み続けているが、拒むと雲州候より折檻を受けるそうなんです。
もう、我慢の限界なので、桜が終わる頃には、自ら命を絶って、許嫁の定次郎さんに操を立てたいと考えていると言うのです。」
宗俊「其れは面白い噺よのぉー」
番頭「面白い?何が面白いんですか?御膳。」
宗俊「いやぁ、そうではない。面白いとは興味が惹かれたと言いたいだけだ。最近の大名は天下太平にあぐらをかいて、追々酒色に耽り、奢り増長しておる。
故に、全ては自らの思うがままに、願いは叶うと思うており、弱者に対して嫌がる者を、捕まえて妾にせんとする様な行いを平気で行う、悪鬼の如しだ。
其れはそうと、大勢親類が集まり話し合いをした結果、何か妙案は出たのか?源兵衛さん。」
番頭「其れが、大勢集まりは致したものの、上と下では住む世界が違うので、お嬢様を取り戻す工夫など、なかなか出て参りません。
先方は、徳川家に近い二十萬石のお大名ですから、此方が町奉行所に訴え出ても、握り潰されるか、下手をすると上州屋自身がお取り潰しと成りかねません。
喧嘩する事すらできぬ程、相手が雲の上に居りますから、いよいよの時は、お嬢様はご自害なさるのかと思うと切なくなります。」
宗俊「そうだろなぁ、町人がいくら大勢集まって相談しても駄目だろうなぁ。」
番頭「御膳には、何か良い工夫が御座いますか?」
宗俊「そうさなぁ、無い訳でもないが。まずなぁ、源兵衛さん。人は交際(つきあう)ならば、三者と交れ、と、言われるのをご存知か?
三者、つまり、智者医者福者の三者と付き合って損はないと言う格言だ。
人は、病になった時、治してくれるのは、医者だ。医者の友が居れば、病に掛かったとしても、憂いは少ない。
また、金に困ったら福者に借りに行く。正に拙者がそうだ。金が無いから、こんな因業な質屋に頭を下げてお願いに来るしかない。つまり、身内や友人に福者があれば、此処へなど来なくて済むと言う訳だ。
最後に、智者だ。拙者、自ら申すのも変だが、拙者はこの福者だ。一ツ工夫をすれば、娘を雲州候からでも、拙者ならば助け出せるが、
部外者の拙者が、横からとやかく申す筋合いの噺では無さそうだし、せいぜい大勢集まって知恵を絞ってみるがいいさぁ。
そのうち、時は満ちて、娘は舌を噛んで死ぬのか?鴨居に帯を掛けて首を吊るか?勇しく短剣で喉を突くのか?拙者も坊主なれば、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。。。南無阿弥陀仏」
番頭「河内山さん!そんな憎まれ口をきくもんじゃありません。どうか、良い知恵があるのなら、当家は藁をも掴む思いですから、教えてやって下さい。お願い致します。」
宗俊「イヤぁ、止めよう。取込みの在る家に、長居をして悪かったなぁ、源兵衛さん、また、良い質種が出来た時に相談に参ります。左様なら。お暇をするよ。」
番頭「河内山様!!お待ちを!!」
帰ろうとする河内山の着物の袖を引っ張って番頭の源兵衛が必死にすがります。店先が、急にざわつくので、主人の彦右衛門が奥から声を掛けます。
主人「番頭さん。源さん!店が騒がしいようですが?何ぞしましたか?」
番頭「直ぐに、参ります。河内山の御膳様、こちらでお待ち下さい。利兵衛さん!御膳様が帰らない様に、お願いしますよ、ちょっと奥に行きますから。」
源兵衛は、河内山が娘を助ける工夫を知っていると、主人の元へご注進に奥へと消えた。
主人「何の騒ぎだね?」
番頭「河内山様が、お浪お嬢様を助け出す工夫を知っていると仰っております。」
主人「あの悪坊主がぁ?。。。眉唾じゃないかい?源さん。」
番頭「町人では、交渉の場すら持てないが、奥坊主の河内山様ならば、交渉から入り、お嬢様を取り戻す自信があると、仰ってますが。。。此方には、全く工夫や知恵が無い以上、河内山の御膳にお頼みするしか、無いかと。」
主人「あの悪坊主に、頭を下げて頼むのか?!頭を下げたくらいでは、頼みは聞いてくれんぞ。金子を要求して来るだろう?悪坊主。」
番頭「旦那様、お嬢様の命には替えがたいかと存じます。」
主人「確かにそうだが、悪坊主に銭を取られるのもなぁー。」
番頭「河内山様は、中野の御隠居、石翁様から愛されて其れが故に、あの様な我儘に振る舞っても咎めを受けないと聞いております。
ですから、河内山様ならば、雲州松平家からお嬢様を連れ戻して下さるかもしれません。」
主人「源さんが、そこまで言うなら、河内山を奥に連れて来て下さい。親戚一同の前で、河内山に工夫とやらを披露して貰いましょう。」
番頭「分かりました。お連れします。」
番頭「河内山様、奥で主人と親戚一同がお待ちです。是非、貴方様のお知恵を拝借させて下さい。どうかぁ、私に付いて奥へお願い致します。」
宗俊「弱ったなぁ。拙者がポロッと、自ら口に出したから、仕方ねぇ〜が。。。義を見てせざるは、勇無きなりと言うからなぁ。
分かったよ、源兵衛さん、漢、河内山!一肌脱ごうじゃねぇかぁー。それじゃぁ、すまねぇが、尨犬の面倒を利兵衛さんお願いします。
尨やぁ!ご主人様は、奥でひと働きして参るから、お前は利兵衛さんから美味しい餌でも貰って待って居るのだよ。どうかぁお願いだから、良い子にして待つのだぞ、尨!!」
そう言って河内山宗俊、番頭の源兵衛に連れられて、奥の広間へと案内されます。其処には、上州屋彦右衛門と、二十名ばかりの親類が集まって居ります。
その束ねとして、親類を代表し上州屋彦右衛門が、河内山に向かって挨拶を致します。
主人「ささっ河内山殿、源兵衛よりお知恵の件お伺い致しました。おーい!皆さん、此方が河内山宗俊殿だ、ささぁ、河内山殿、其方、床間の前にお座り下さい。」
宗俊「此れは此れは、上州屋のご主人、そしてご親類一同。拙者、河内山宗俊と申す。城坊主をしております。源兵衛殿より承りますれば、当家の娘、お浪殿が雲州屋敷に囚われておるとか、
それは大そうご心配な事と存じます。心配と申さば心配ではありますが、出来た事なので、絡まった糸を解く様に、丁寧に始末を付ければ娘さんは必ず連れ戻せます。
何故ならこの河内山、江戸城にて奥坊主をしておりますので、それが叶う工夫が御座ると、源兵衛殿にお話し申した所、是非、一同様に其れをお聞か願いたいと言われました。
拙者に、娘さんを雲州屋敷より、救い出して欲しいと言う事で、一同様、宜しいですかな?」
主人「左様に御座います。どうか一ツ宜しくお願い申します。」
宗俊「宜しい。しかし、此れより支度に掛かり、脇で手伝う手下なども雇わねば、拙者、一人だけでは、娘さんは救出できない。
ご主人、この件は請負い仕事と言う事で、宜しいか?そうであるならば、幾らなら金子を用意できますかな?」
主人「ひぃえぇ〜!!金が要るのですか?!」
宗俊「それだからいけない!!金と拙者が口にした瞬間、貴様の顔色が変わる!!そんな因業な料簡だから、娘に災難が降って来るんだ!!
だいたい、娘と金と、お前さんはどちらが大切なんだ!!娘が自害しても構わぬのなら、拙者は、帰らせて貰う、御免!!」
河内山が立ち上がり、席を経とうと致しますから、主人彦右衛門、慌てて此れを止めようと謝罪致します。
主人「河内山様!申し訳ない、私の料簡違いでした。金は出しますから、娘をお助け下さいまし。ところで、金子は如何ほど用意すれば、宜しいのですか?此方では見当も付きません。お教え願います。」
宗俊「まぁ、取り敢えず、ざっと三百両。」
主人「さ、さ、さん、三百両?!そんなに必要ですか?半分に負かりませんか?」
宗俊「嫌なら良い、貴様の娘子が自害するだけだ。人の命を値切るとは、いい商人根性をしておるなぁ、上州屋!!さらばだ。」
又、河内山が立ち上がり帰ろうとしますから、今度は親戚一同も止めに掛かります。そんな中、一同の中に居たお浪の許嫁、和泉屋の次男定次郎が口を開きます。
定次郎「義父さん!半分の百五十両は、和泉屋が面倒みますから、河内山様に請負って頂きましょう!お浪さんの命には変えられませんよ!!」
主人「おお、婿殿ありがたい!和泉屋さんが半金を負担下さるならば、異存は無い。河内山様では、三百両で、どうか娘お浪を雲州松江候の御殿より助け出して下さい。」
宗俊「分かりました。取り敢えず、支度に掛かる手付金として、本日は百両頂戴します。そして、残り二百両は、娘さんを無事に連れ帰った時で結構です。」
そう言って河内山、上州屋彦右衛門が差し出した百両の金子を懐に入れて、尨犬を連れて上州屋を跡にします。
さて、河内山宗俊、何方へ向かうのかと見てやれば、行き先は、根岸御行の松、宮様師櫻井幸之進方。此処で支度を整えて、いよいよ、次回は雲州松江候の屋敷へ乗り込み、
とんだ所へ、北村大膳!!
この科白で有名な、芝居の方では吉右衛門丈の当たり役としても有名な演目『天衣紛上野初花』、このクライマックスで御座います。
つづく