直ぐに丑松は曙を飛び出して行き、屑やの支度に係ります。宗俊はと見てやれば、酒は飲み干したので、そろそろ飯をと茶漬けをサラッと腹に入れて、四ツ半に曙を出て行きます。

そのまま何処へ参るのかと思いますと、同じく本町の浮世小路、あの有名な料理屋「百川」も御座いました所に、名代の袋物屋で「丸利」と言う大そう流行った店が御座います。この「丸利」へと、河内山は入って行きます。


アさて、袋物屋。何を売る店かと申しますと、印籠、紙入れ、巾着、そして莨入(タバコいれ)などを、既製品からオーダーメイドまでを扱う店で御座います。

この当時、丸利で拵えたオーダーメイドの品を持っている事は、武士階級、大店の商人の間では、なかなかのステータスで、本当に流行っていた様です。

河内山、周囲の噂で袋物は丸利だ、丸利だ、と、評判は聞いておりましたが、丸利の店に入るのは初めてで、顔は知られておりません。

この日は、八丈の縞笠を被っておりますから、此れを深く被りまして、店内へと入り、番頭に声を掛けます。


宗俊「へぇ、御免よ!」

番頭「ハイ、いらしゃいまし。」


番頭が河内山の態を見ます。八丈の縞笠に、上布の帷子、黒い無地の羽織を着て、浅黄博多の帯に漆塗りの赤茶色の短刀をオシャレに差しており、履物はと見てやれば、城勤めだけが履く日勤履きの雪駄です。

番頭が、直ぐにピーン!と来ます。此れは寺坊主や医者ではなく、城坊主だと。しかも、無地の羽織に日勤の雪駄ならば、奥坊主に違いないと!上客の匂いを感じます。


番頭「いらっしゃいませ、ささぁ、昇あがり下さい。」

ゆっくり、縞笠をとり店に上がる河内山。

番頭「このお暑い運気に、よくぞ、当店丸利にお越し頂き、御礼を申し上げます。お供様は?」

宗俊「伴は先に帰した。一人である。その方は当家の番頭であるかぇ?」

番頭「へぇー、左様で。」

宗俊「一つ、莨入を求めたい。」

番頭「出来合ですか?拵えでしょうか?」

宗俊「拵えで。」

番頭「畏まりました。造りは、袂落とし、一ツ提げ、筒提げと在りますが、如何いたしましょう。」

宗俊「印籠仕立にできるか?」

番頭「印籠仕立、結構です、やらせて頂きます。生地の材料を、次はお選び下さい。革で拵えるか?布になさるか?」

宗俊「革は下品だ、布で。出来るだけ手触りの良い生地を見せて貰いたい。」

番頭「畏まりました。定吉!亀蔵!二人で、布生地の一番と二番の箱をお持ちしろ!急ぎなさい。」

小僧二人が、二、三寸角に切られた生地の見本箱を持って来て、宗俊の前に広げて見せます。

宗俊「目移りするが、此れだなぁ。此の人形更紗はいい!!気に入った、此れに致す。そうだ、鳩目は純金(むく)で頼む。」

番頭「流石!旦那様はお目が高い、この生地はわざわざ大坂から取り寄せの品にて、江戸では私どもだけが扱っております。

金物など、飾り付けは如何いたしましょう。金、銀など、御座いますが。」

宗俊「下品で無い物が好みだ。派手過ぎず、地味に見えぬ、粋な飾りを所望したい。」

番頭「此処らが、旦那様好みではと?」

宗俊「此の龍かぁ、分かっておるなぁー番頭。雲井に上がると言うて、煙草に縁のある細工だ、気に入った!此れに致す。で、これまでで莨入は、幾らの値になった。」

番頭「袋が一両三分で、鳩目が一分で、龍が三分、合計が二両三分に御座います。」

宗俊「袋が高いなぁ!人形更紗とはいえ。。。まぁ、仕方ないかぁ。」

番頭「最後に、緒〆の玉に成ります。どの様な物が、お望みですか?」

宗俊「あまり大きくない、四分か三分の珠を見たい。」

番頭「承知致しました。」


と、言って番頭、まずは、珊瑚珠からと、小僧に持って来させます。


番頭「此れなどは如何です?珍しい棗形です。」

宗俊「棗形は美しいが、キズが多いなぁ、明らかに売れ残りだろう?」

番頭「ならば、此方の赤珠は如何です?派手からず、地味からず、粋でしょう?」

宗俊「この赤を好きになる料簡に拙者は無い。他人を喜ばせる色ではなく、自分が喜びたいぞ、番頭。」

番頭「ならば、此れは如何です。古渡りの四分五厘の緑珠です。深い緑が絵も言えぬ鮮やかさ!どうです、旦那様!!」

宗俊「初に申したぞ、拙者は。大きい珠は好まん。此れはややデカい。」

番頭「いいえ、印籠仕立の一ツ提げならば、この大きさぐらいがぴったりです。」

宗俊「左様かぁー、ならば値は幾らだ?」

番頭「十三両二分で願いとう存じます。」

宗俊「珠もいいが、値もいいなぁ。」


色々と見ていた河内山宗俊、更に複雑な組合せを注文し、番頭を錯乱に掛かります。


宗俊「番頭!その西行の根付に、此方の銀細工を付けて、飾り紐にあの錦糸の捻糸を施すと幾らになる?総額で教えてくれ!?」

番頭「直ぐには、無理です。少々お待ち下さい。」


番頭は、河内山が興味を示さない飾りを流石に、仕舞う様に手代、小僧に命じておりますと、若い手代の一人が珊瑚珠の一つが紛失している事に気付きます。


番頭「旦那様、申し訳有りませんが、先程、値踏みさせて頂きました、十三両二分の古渡りの四分五厘珠、あれれが見当りません。旦那様の着物の袂などに、掛かっておりませんか?」

宗俊「その箱に仕舞われてないのか?拙者は知らぬぞ!!」

番頭「旦那様、御戯れを。珠を返して下さいまし。」

宗俊「なぁーにぃー!」(クールポコ風)

番頭「ご冗談を仰っしられては困ります。珠を返して下さい。」

宗俊「その方に、確かに値を聞いた。十三両二分と言われ、『珠も良いが値も良いなぁ!』と、確かに拙者申した。だが、その後直ぐに珠は箱に返したぞ。立ってみようかぁ?!」

河内山が立ち上がると、番頭の善助は座布団の下を確認しますが、在りません。

番頭「立ってみても有りません。」

宗俊「ならば、何処ぞの隙間に挟まっておるに違いない!よく探せ?!」

番頭「お探ししましたが、有りません。」

宗俊「無ぇーったって、拙者は知らぬぞ!!たった今有った物が。。。」

番頭「たった今有った物が無いから、旦那様の袂に御座いませんか?と、伺っておるのです。」

宗俊「何を、此奴!!無礼千万、拙者が袂に珠を入れ盗んだと申すのか?!お主は其れを見たと言うのか?!」

番頭「どうも旦那様が手に持っていらしゃる様に、私からは見えましたので、申し上げました。

御身分の高かからんお方とお見受けし、まさか盗みはしないと存じておりましたが、我慢も限界に御座います。」

宗俊「貴様ぁー、けしからん!!世間にも評判の名代の袋物屋、丸利なれば、安心して買い物が出来ると思い、参じてみれば、人を盗っ人扱いしよる。

正札から百と負けぬが、確かな仕事の品を売ると、同役の者より、此処、丸利の評判を聞き付けて参ったのだぞ!!

城の明番の日に、わざわざ、伴を先に帰して、来店してみれば、珊瑚の珠が一つ無いと、客に言い掛かりを付けて来おる!!

袂に入ってなどおらん!!甚だ不愉快である。無礼千万ではあるが、珠が無いのも事実であろう。ならば、もっとちゃんと探して欲しい。」

番頭「そうでは、御座いますが、珠が無いのです。えぇー誠に恐れ入りますが、旦那様、暫くはお帰りに成らず、其処へお座り下さい。」

宗俊「なぁーにぃー!」(クールポコ風)

番頭「ですから、お帰りに成らず、お待ち下さいまし。」

宗俊「あい分かった。貴様が帰るなと申すならば、三日でも、四日でも、白黒、はっきりするまで、此処に居てやろう!!ただなぁ、先人はこう申しておるぞ!七度探して、其れから人を疑え!、と。」

番頭「其れが何度考えても、同じ事に御座います。」


番頭の不審がどうしても晴れず、確かに、珠は、河内山が盗み取りました。しかし、河内山は巧みです。

四分五厘の小さな珠を、右手の親指で掌に押し隠して、左手で懐から半紙を取り出し、鼻を噛むフリをして、この珠を半紙に包み店外へ投げ捨てます。

それを、待ち受けていた、紙屑やに化けた丑松が拾い既に立ち去っているのです。もう、番頭にこの勝負、勝つ見込みは御座いません。

流石に、この店先の騒動を聞き付けて、丸利の主人が奥から出て参ります。


主人「只今、承りますれば、貴方様はお城勤めの御坊主衆でいらっしゃるとか。毎度、御用向きを仰せ付かりまして、誠に御礼申し上げます。

何でも、御用を仰せ付かりまして、莨入れの仕様決めの最中に、十三両二分の珊瑚珠が紛失致したとか。実に不思議な訳でして、恐れ入りますが、旦那様、その場で席を立ち上がって見ては貰えませんでしょうか?」

宗俊「又、立つのかぁ?!まぁ、良い立とう。」

宗俊、その場に立ち上がり、敷物を振って見せるが、当然、珊瑚珠は在りません。

宗俊「どうだぁ、ご主人。立って見たが珠は出んが、不審はまだ晴れぬか?」

主人「甚だ恐れ入まして御座いますが、此処店先では、あれですから、奥で、旦那様の懐中の品物を検めさせて、頂けますか?」

宗俊「拙者の懐中の物を検めると申すか?!こうなったら、とことん調べて貰おう!何処へでも行くぞ。」


河内山の両脇に丸利の主人と番頭の善助がぴったり張り付いて、奥の六畳間へと連れて参ります。

アさて、この奥の一間に河内山を連れて参りました、此の丸利の主人、なかなか大した度胸の有る商人でして、全く動じる事無く河内山に対峙致します。


主人「エぇ、幾ら弱い商人とは言え、客人に風の悪い事をされて、まぁまぁと流されておりますと、奉公人への示しが付きません。

此処は一つ、旦那様の懐中の品物を、全て晒して頂いて、もし、『知らぬ』と申されるのなら、証を立てて頂きたい。」

宗俊「大方、そんな科白が聞けるとは、思っちゃいたがぁ、ヤイ!ご主人さんよぉ、俺様の潔白が証明された、そん時にゃぁ、今吐いた唾。二度と飲み込めねぇーから、覚悟しゃがれ!!」


そう啖呵を切った河内山、懐から紙入れ、莨入れを取り出して、帯を解き着物と襦袢の裾、袖、袂、全てを返して見せましたが、何も有りません。

最後に、下帯も脱ぎ、口の中、鼻と耳の穴まで見せて、こう申します。


宗俊「ご主人さんよぉ!!ついでだ、ケツの穴も調べてくれぇ〜」

主人「どうも、恐れ入ります。旦那様が珊瑚珠をお持ちではないのは、分かりました。しかし、変ですねぇ〜、裸に成っても無いなんて、此れは珠に羽が生えて飛んで行ったのでしょうか?」

宗俊「白こい冗談は抜きにして貰おうかぁ?!ご主人、此れで俺が盗んでいない事は、分かって貰えたかい?潔白だと、分かったかと聞いてるんだよぉ!!」

主人「ハイ、左様です。お疑いして誠に申し訳在りません。」

宗俊「それから、夏とは言え、俺はいつまで裸で居ないと駄目なんだ?着物を、もう、来ても構わないか?ご主人。」

主人「勿論です!早くお召しに成って下さい。」

宗俊が、ゆっくり襦袢、着物、羽織と着て、最後に羽織の紐をゆっくり締めてから、強い調子で、丸利の主人と番頭を恫喝致します。


宗俊「先に言った通り、吐いた唾は二度と飲み込めねぇーよ。ご主人!番頭さん!この落とし前、どう付けてくれんでぇー。

俺様は、お城坊主の河内山宗俊てんだぁ。名前ぐらいは聞いた事があるだろう、その河内山のケツの穴まで調べて、無かったんだ!!

貴様等二人で、値を決めて、立派な詫び証文を書いて貰おうかぁ?!其れから、印籠仕立の一ツ提げの、龍の飾りをした莨入れも欲しいなぁ。」

主人「申し訳御座いません、全て仰せの通りにさせて頂きます。」

宗俊「こっちから欲しがってるんじゃねぇ!!貴様等の誠意を見せるんだ!!でないと、俺が脅したみたいじゃねぇーかぁ。」


結局、百両の金子と詫び証文、並びに印籠仕立の莨入れを手に入れた河内山、丑松に手間だと十両の銭を渡し、残りは、パーッと散財してしまいます。

此れが、かの有名な『丸利の強請』と言うお話で御座います。



つづく