脇坂左門が、彌十を連れて江戸へと戻り、直八が道具やで見付けた脇差が、この彌十が畔倉重四郎と杉田三五郎に頼まれて焼いた、練馬藤兵衛の死骸から盗んだ物だと分かります。
更に、彌十は、二人に頼まれて八田掃部、三加尻茂の両名の死骸も焼き、この金兵衛の子分三人を骨にして、砕き、その灰を利根川へと捨てた事を白状するのでした。
此の報告を受けた越前守は、早速、彌十をお白洲に呼んで、二代大津屋段右衛門こと畔倉重四郎と付き合わせるのでした。時は、享保十ニ年四月五日の事でした。
越前「一同、面を上げい。この度は、鴻の巣鎌倉屋金兵衛、並びにその配下、水戸浪人八田掃部、練馬藤兵衛、三加尻茂助の計四人の殺害の儀、吟味致す。
元栗橋の焼場にて、屍人の火葬を生業と致しておる彌十!!その方に、尋ねる。此れなる大津屋段右衛門こと、畔倉重四郎を存じおるか?」
彌十「知りおります。畔倉様が、まだ、幸手の先生と呼ばれていた、三年前までは、私の隠亡小屋で開帳します賭場へ、兄弟分の三五郎さんとよく見えておりました。」
越前「彌十!この段右衛門、いや、重四郎は、その方にいつ、何を頼んだ?有り体に申してみよ!!」
彌十「三年前の七月末です。八田の旦那、練馬藤兵衛、そして三加尻茂助の三人の死骸を、隠亡小屋へ持ち込んで、
外の喧嘩で、今、死んだ渡世人の死骸だ。三両出すから、灰にしてくれと頼まれました。三人を直ぐに焼いて骨にして、
その骨を砕いて灰にすると、畔倉様と三五郎さんは、その灰を川に撒いて、天の川みたいだと、笑っていらしゃいました。」
越前「その三人で、殺し合った様な死骸だったのか?彌十。」
彌十「畔倉様は、その様に申されましたが、八田の先生は、腕を斬り落とされて、喉を突き殺されてました。あんな凄技は、藤兵衛や茂助には無理です。
それに、隠亡小屋の外が騒がしく喧嘩が始まって、三人が死骸になるまで、アッと言う間でした。三人を油断させて、突然襲ったに違い有りません。」
越前「段右衛門!彌十が、こう申しておるが、反論は有るか?」
重四郎「杉戸屋富右衛門が生きていて、あまりの衝撃で、穀屋平兵衛殺しと、三五郎殺しは認めましたが、金兵衛一家の殺害は、全く身に覚えが有りません。
それに、何ですか?こいつは。焼場の乞食野郎ですよ。非人仲間の鼻摘まみ。誰も相手しない様なクソ乞食なんか、お白洲に上げちゃいけませんって、お奉行様!!」
越前「金兵衛、並びに子分の三人を殺していないと申すのだなぁ?彌十、畔倉重四郎はあの様に申しておるが、反論が有れば、畔倉に対して申してみよ。奉行、許す。」
彌十「有難う御座います。では、腹の内を、思い切り申し上げます。やい!畔倉重四郎、貴様こそ、幸手界隈では、何て陰口言われていたか?教えてやろうか?この人非人。
まず、お浪さんの件だ。人の女房になる人に横恋慕しやがって、お前には、恥とか外聞は無ぇーのか?畔倉の野郎は獣以下だからと、娘が居る家は、お前に近づくな!と、教えてたんだぞ!?知らねぇーだろ?この色気狂!!
その上、あんなに親子で世話になった穀平の旦那は殺す。博打場では可愛いがって下さり、先生!先生!と立ててくれた金兵衛さんも殺す。
お前が、そんなだから、幸手の人は、質屋の大坂屋に入った押込みも、鷹匠の文蔵の家が火事になったのも、皆んなお前の仕業じゃないか?って噂してんだぞ!!」
彌十の毒舌に、重四郎は赤面し震えて黙ってしまった。すると、越前守が、意外な話を重四郎に始めるのであった。
越前「今、彌十が申す啖呵を聞いて、奉行も、下手人は貴様では?と思っている事件がある。
段右衛門、貴様が大津屋に婿入りする直前に、鈴ヶ森で十七屋と言う常飛脚が殺されて四百五十両が奪われる事件があった。
一緒に居た馬士(まご)も斬られて、瀕死の重傷だったのだが、漸く、斬られて三年以上経った今、体が起こせて歩ける様に成ってなぁ。
その馬士(まご)は、下手人の顔をしっかり見ておるそうなので、この場に、呼んであるんだ、段右衛門!いやぁ、畔倉重四郎、貴様の顔を馬士(まご)に見せてやってくれ!!」
重四郎の前に、見覚えのある十七屋の半纏を着た、足を引き摺る様にして歩く馬士(まご)が現れて、
『こいつです!彌兵衛さんを殺した奴は!!』
と、叫び、重四郎を指差しました。差された重四郎は、冷や汗を流して狼狽し、思わず口にします。
重四郎「鞍上から斬った手応えは十分だったから、確かに死んだのを確かめなんだ。画竜点睛を欠いた。」
越前「畔倉重四郎!どうだ。全ての罪を白状せい。金兵衛殺し、水戸浪人八田掃部、練馬藤兵衛、三加尻茂助の三名の殺害。更には鈴ヶ森の飛脚彌兵衛殺しも、全て認めるか?」
重四郎「分かりました。お奉行様の申される通り、金兵衛、八田掃部、練馬藤兵衛、三加尻茂助、そして飛脚彌兵衛の五人を殺した事を認めまする。」
越前「もう一人、馬士も殺したろう?重四郎。」
重四郎「馬士は、先程、命を取り留めたと?!」
越前「座興である。貴様に馬上から、十分な手応えで袈裟懸けに斬られて助かる奴はおらん。
此れにて一件落着!!一同大儀、立ちませぇ〜。」
大岡越前守忠相は、畔倉重四郎の全ての罪を白状させて、獄門台へと送り、騙された重四郎も、涼しい顔で裸馬に乗せられて、鈴ヶ森で斬首されます。
「お若けぇ〜のお待ちなせぇ〜」でお馴染み白井権八もそうですが、鈴ヶ森で人を斬ると、明日は我が身へ返って来る様です。
完