三月二十一日、七ツ。まだ、夜が明け切らぬ頃、岡っ引の三次が子分の熊五郎と二人で、浅草三間町の虎松の家を訪ねます。
既に虎松、慣れた旅支度を済ませておりまして、替えの草鞋と振り分けの荷物を手にしておりました。それを連れまして浅草の自身番屋へと参りますれば、既に、脇坂左門が待って居ります。
熊五郎を一人番屋の留守番に残して、三人は杉戸宿へと向かいます。丸二日掛けて、杉戸宿に着いた三人は、杉戸町役人の六兵衛の手配で、林蔵の家を訪ねます。
六兵衛「御免なさい!?」
女房「ハイ、此れは此れは、名主様、今日はどの様な御用で?!」
六兵衛「林蔵は、居るか?」
女房「ハイ、奥に。」
六兵衛「江戸の町奉行所から、お役人様と配下の親分さんが、御用の筋で、林蔵にお尋ねしたい儀が有ると仰っている。林蔵を呼んでくれるか?」
女房「お前さん!名主様と、江戸からお役人様が見えていて、お前さんに聞きたい事が在るそうです。」
林蔵「何ですか?こんな朝っぱらから、まだ、起きたばかりで、頭が回らないやぁ!!」
六兵衛「林蔵!神妙にしろ。此方は、江戸町奉行所より御公儀の御用の筋で、見えられたお役人様だ!お訊きなさりたい事があるそうだ、正直にお応えしなさい。」
脇坂「南町奉行所同心、脇坂左門と申す。早速だが、この虎松にお主が売った、この脇差に付いて聞きたい。何処で手に入れた?!」
林蔵「あぁ、何だ。その脇差なら、栗橋の隠亡小屋の博打で、そん時のカタに、焼場の管理人の彌十から貰ったモンです。
野郎が買い戻す銭が無いって言うから、そのハタ師の旦那にバッタに売り払ったんです。元は彌十の野郎が持っていました。」
脇坂「その彌十とやらに、会わせてくれぬか?」
林蔵「分かりました。少し待って下さい。出掛けるナリを拵えますから。」
杉戸宿から、北にニ、三里行くと其処は栗橋で、やや東に幸手宿が御座います。三人は六兵衛の紹介で、まずは栗橋の名主代右衛門宅を訪ねます。
其処から林蔵に命じて、無常院なる隠亡の彌十を代右衛門の家へと呼び出します。
脇坂「彌十とやら、その脇差を覚えておるか?それなる林蔵が、貴様から博打のカタに手に入れたと申す品だ!」
彌十「。。。(此れはまずい!と、顔色が変わり口籠もりながら)その脇差は、先祖重代の品に御座います。」
脇坂「ほう?重代品となぁ〜。貴様の祖先は渡世人か?しかも、この様な今風の飾りを鍔や目貫に施すのか?嘘を付くなら、もっと上手な嘘を言え!彌十!!」
彌十「申し訳ありません。葬儀の折の頂き物で、本来は寺に寄進すべき脇差を、私が盗みまして御座います。」
脇坂「ほーう。今度は、屍人の物を盗んだと申すかぁー。この脇差の持ち主は、練馬藤兵衛と言うヤクザ者だ。
お前も存じておる、鴻の巣の鎌倉屋金兵衛の子分だ。しかも、親分の仇討ちの最中に姿が消えている。一緒に兄弟分の八田掃部、三加尻茂助も姿を消しているんだぞ!!
つまりだ、此れが屍人からの盗品ならば、貴様が、八田掃部、練馬藤兵衛、三加尻茂助の三人を焼いた事になるんだぞ!!」
彌十「知りません。その様な三人は、断じて知りません。焼いた屍人が持っていました。もう、三年から前の事なんで、よく覚えておりませんが、屍人から取りました。嘘では御座いません。」
脇坂「そうか、三年も前で、思い出せぬか?!ならば、拙者が思い出させてやる。都合よく、この庭には、松の大木がある。直ぐに思い出させてやろう。」
脇坂左門は三次と二人して、彌十を下帯一枚の裸にします。高手小手に縛り上げて、逆さ吊りにしたまんま、松の枝にぶら下げます。
それを、鞭の様にしなる柳の粗朶で叩き、全身がミミズ腫れ、やがて出血致します。その間、彌十が失神すると、水を溜めた桶に頭を突っ込んで意識を回復させるのです。
所謂、水責めを一刻続けましたが、彌十もなかなかしぶとく白状しません。ならばと、次は塩を用意させて、全身の傷口に擦り込みます。
彌十の悲鳴が轟くなか、塩では吐かぬか?!と、言う脇坂。唐辛子を用意させて、切り傷に此れを擦り込みます。半狂乱の彌十、其れでも耐えていると、
全身に水を掛けて、今度は砂糖を擦り込み始めます。痛くない彌十が不思議に思った次の瞬間、吊るした縄を、彌十の体が地びたに付くまで低くして、
庭の隅に出来ていた、蟻塚を、脇坂が足で蹴って破壊します。うじゃうじゃと蟻塚から湧き出る蟻、蟻、蟻。此れが砂糖塗れの彌十に向かって襲い掛かります。
脇坂「吐かぬなら、そのまま、蟻の餌になって死ね。隠亡の彌十の最後に相応しいワ!!」
見る見るうちに黒い塊と化す彌十。『喋ります!畔倉重四郎の旦那と、杉田三五郎に頼まれました!三両貰って、私が焼きました。』
脇坂「手間、掛けさせやがって。三次、水ぶっ掛けて蟻ん子、取ってやれぇ。」
虎松「南町の拷問って、こんな何ですか?悪事を働く方も、命掛けだ!!」
脇坂「三次、彌十を連れて来い。彌十、重四郎と三五郎が、八田掃部、練馬藤兵衛、三加尻茂助の三人を殺したのか?」
彌十「もう、喧嘩が始まった時は、真っ暗で、二人が殺した現場は、見ちゃいませんが、八田の旦那は腕を斬り落とされて殺されてましたから、あんな剣の技は畔倉の旦那にしかできないと思いました。」
脇坂「自分たちが殺ったと、畔倉重四郎と杉田三五郎は申したのか?」
彌十「そうは言いませんよ。喧嘩の同士討ちだと言って、三両渡すから焼いて欲しいと言われました。そして三人の骨は砕いて川に撒きました。」
脇坂「よし、なら其れを江戸のお白洲で、証言してくれ。」
彌十「えぇー、江戸で?」
脇坂「嫌やか?嫌なら、蟻の餌に逆戻りだ。」
彌十「いいぇ!!行きます。行かせて下さい!全部喋ります、お白洲で。」
こうして、栗橋の隠亡小屋の管理人、彌十を連れて脇坂左門は、江戸へと戻り、いよいよ次回はお白洲で、彌十と重四郎が対面致します。
つづく