幸手の旧友・杉田三五郎を殺し、此れで憂がなくなったとほくそ笑みながら、何喰わぬ顔で大津屋へと帰宅する二代大津屋段右衛門こと畔倉重四郎。

其れから五日後の事、脇坂左門とその岡っ引の三次が幸手から戻り、殺害された杉田三五郎の女房・お文を連れて江戸表へ入ります。

南町奉行大岡越前守、直々の吟味に、お文が『三五郎が、金子を借りに藤沢の大津屋段右衛門こと、畔倉重四郎を訪ねて行った事』

『畔倉重四郎が幸手時代に、三五郎と連んで、穀屋平兵衛殺し、鎌倉屋金兵衛一家殺しをしでかしている事』

『その二件の殺害をネタに、三五郎が大津屋段右衛門から、五、六十両の銭は、間違いなく借りられると言っていた事』

此れらを、詳らかに語りますれば、大岡越前守忠相、脇坂と三次に、明日早朝、大津屋段右衛門を召し捕れ!!と、下知を下さります。


明けた翌日。脇坂を先頭に三次並びに、その子分十五名が取方として集められて、明け前の七ツには、藤沢宿の問屋場に待機していました。


そして、


明け六ツの鐘を合図に、表口から十人と脇坂左門。裏口からは三次が五人の子分を連れて中へと討ち入り、二代大津屋段右衛門を召し捕りに掛かる段取りです。

その六ツの鐘が鳴ると、大津屋の小僧が、雨戸を開けて、掃き掃除にと表へ眠い目を擦り擦り出て参ります。すると、其れを待ち構えて。


上意!上意!上意!



と、叫びながら脇坂左門と十人の取方が、大津屋へと雪崩れ込みます。其れを聞いた裏口の三次と五人の取方も、

同じく『上意!』と叫びながら、裏木戸を壊して中へと押し入り、主人である大津屋段右衛門の寝込みを襲います。

物音に反応して、床の間の刀を抜く二代段右衛門ですが、直ぐに取方が梯子でその自由を奪ってしまい、段右衛門を捕まえて高手小手に縛り上げてしまいます。

この二代大津屋段右衛門を、一旦、問屋場に留め置いて二日後、町役五人組同道の上、段右衛門は藤沢から江戸表へと移送されます。

そして、早速南町奉行所にてお白洲が開かれ、藤沢旅籠屋主人、二代大津屋段右衛門こと畔倉重四郎の吟味が、大岡越前守、直々の手によって始められます。


二代大津屋段右衛門こと畔倉重四郎。お白洲に縄付のまま、引き摺り出されまして、額に地びたの砂利が当たる位に伏せさせられて居ります。

やがて蹲の同心・脇坂左門が現れて『警蹕』の声を発します。すると、背後の唐紙が静かに開き、麻裃に仙台平の立派な袴姿の大岡越前守が現れます。


越前「一同の者、面を上げぇー。此れより幸手無宿、元上州浪人、杉田三五郎殺害の件について吟味を致す。

アさて、大津屋段右衛門、前名、畔倉重四郎!その方、杉田三五郎なる浪人者を、知りおるか?」

重四郎「ハイ、拙者が幸手に居りました頃の知人に御座います。」

越前「その方、その三五郎を鈴ヶ森にて殺害せし事明白である。この件、相違無いか?」

重四郎「私は、三五郎を殺してなどおりません。なぜ、私が三五郎を殺すのですか?拙者が、三五郎を殺した所を見た者でも御座いますか?」

越前「その通り!!見た者が居る。」

重四郎「誰ですか?此処に連れて来て下さい、お奉行様!!」

越前「鈴ヶ森の晒し首を、管理しておる、非人だ。」

重四郎「非人?!元武士の拙者が、非人の目撃証言で打首ですか?!三五郎が殺されたのは、いつの事ですか?」

越前「当月二日。六日前である。」

重四郎「その日は、拙者、品川の相模屋さんへ船荷の代金を受け取りに六ツ頃に参って、その受け取りが済んだので、七ツ過ぎに金子を持ったまんま夜道は物騒だと思いまして、大森の紀州屋さんに泊まっております。」

越前「その紀州屋に、三五郎も宿泊しているのは、どう言う理由からなのか?!更に、三五郎は此処紀州屋に一ヶ月近くも滞在しておると聞く。

その当たりの事情も知りながら、貴様は、紀州屋に宿泊したに相違ない!!大津屋、正直に有り体に申せ!!」

重四郎「三五が、紀州屋に泊まりし事、拙者は知り申さず!なぜ、拙者が三五を殺すのですか?」

越前「貴様の数々の悪事を種に、三五郎は貴様を脅しに参ったりせぬかぁ?!金子の無心に参りはせんかぁ?!有り体に申せ!!」

重四郎「拙者の悪事とは、何の事でしょうか?確かに、三五郎が三年ぶりに、大津屋へ拙者を訪ねて参りました。一ヶ月程前の事です。

懐かしい話をして、女房のお勇に三五郎を紹介し、互いに酒を飲んだりも致しました。

確かにその折、三五郎がご内儀のお文殿に、幸手にて料理屋を出させたいから、と、資金援助を頼まれたので、五十両を貸しましたが三五が私を脅したりは致しません。」

越前「その三五郎の妻、お文の話ではなぁ、三五郎は幸手宿を立つ際に、『穀屋平兵衛殺し』と『鎌倉屋金兵衛、並びに子分の水戸浪人八田掃部、練馬藤兵衛、三加尻茂助の計四名の殺害』これを種に、貴様を脅迫して、五、六十両の金子を貰い受けて来ると申して居たそうだぞ。この儀、如何に!!」

重四郎「お奉行様、大岡越前守ともあろう高名なお奉行様に、こんな事を申すのは、釈迦に説法かもしれませんが、

『穀平殺し』は、既に杉戸屋富右衛門が下手人として裁かれて、斬首され晒し首になったと聞いております。それを、今更、拙者が真の下手人だと言われても、明らかに『裁許破り』に御座います。」

越前「黙れ!大津屋。貴様あくまでも、知らぬと申すのだなぁ?」

重四郎「御意に御座います。」

越前「証人、お文を此れへ!!」


越前守の下知で、お白洲へ三五郎の妻、お文が引き出されて、二代大津屋段右衛門こと畔倉重四郎と、この場で突き合わせされた。


越前「重ねて、お文に尋ねる。幸手宿の穀屋平兵衛なる商人を、権現堂村の小藪堤の竹藪に置いて殺害し、その所持金百両を奪った下手人が、この場に居るか?!」

お文「ハイ、お奉行様、其処に縄付に成っている、畔倉重四郎様が下手人に御座います。」

重四郎「何を言う!この嘘付阿魔(あま)が!!」

越前「黙れ!大津屋。勝手に喋るでない。続けて、お文に尋ねる。慈恩寺村にて、鴻巣の博打の元締・鎌倉屋金兵衛を鷲宮峠付近で殺害し、その所持金五百両を奪った下手人は誰だ?!」

お文「それも、其処に居る畔倉様です。私の亭主の三五郎の鉄扇を殺害現場に残して、金兵衛の子分には、三五郎がやったと見せ掛けて、

三五郎と示し合わせて、その三人の子分も、元栗橋の隠亡小屋で殺しております。其れが証拠にその時、三五郎は畔倉様から、百両の報酬を得ております。」

越前「大津屋段右衛門!いや、畔倉重四郎!!証人がこの様に証言しておるが、どうだ?白状する気になったか?」

重四郎「白状するも何も、身に覚えの無い事に御座います。穀屋平兵衛殿とは、父の代からの恩人で、私は平兵衛さんとは碁を一緒に囲み、息子の平吉さんには剣術指南をしておりました。

大変に恩義のある穀屋平兵衛さんを、なぜ、私が殺すのですか?こんな博徒の女房が言う嘘八百に騙されては成りません!お奉行様。」

越前「鎌倉屋金兵衛の儀はどうじゃ?同じく知らぬと申すか?!」

重四郎「御意に。全く身に覚えが御座いません。」

越前「では、お文に聞く。先ずは、穀屋殺しだが、三五郎が庚申堂脇で拾った杉戸屋富右衛門の煙草入れを、此れなる大津屋段右衛門、畔倉重四郎に売り渡したとあるが、真か?」

お文「真に御座います。そんなに良い物では無いのに、二分も払って畔倉様は買取って行きました。」

越前「此れでも、まだ、知らぬと申すか?段右衛門!!」

重四郎「お奉行様、この女は、博打打ちの女房で、口から出任せを申して、私を罪に落とし入れようとしております。

だいたい、親同然だった恩義のある穀屋平兵衛殿を、なぜ、私が殺すんですか?其れに、この件は既に、杉戸屋富右衛門が罰を受けて決しております。

幸手に私が居た時には、この女や三五郎には、何度も金子を恵み、助けてやったものを、この様な嘘で、恩を仇で返されるとは、私は悔しゅう御座います。」

お文「お奉行様!夫の三五郎は、穀平さんが殺されて百両が盗まれて、近くに杉戸屋の旦那の煙草入れが落ちて居たと聞いて狼狽して、幸手から出て行こうとしたんです。

其れを此の畔倉様が、止めて『毒を喰らわば皿までだ、三五!!』とか言って、三十両の口止め料を渡して、幸手に留まる様に説得したんですから!!」

重四郎「お奉行様!こんな阿魔(あま)の申す嘘に耳を貸しては成りません。三五が殺されて頭がおかしくなったに違いありません。

しかも、三五を殺したのが、私であると誤解して、恨みから、嘘八百で私を罪に落とし入れようとしているのです。」

お文「ならば、畔倉様!夫三五郎から借りた鉄扇の件は、どう説明するんですか?貴方は三五郎と、鴻巣の金兵衛の賭場に通っていた。

二人ですっかり負けての帰り、三五郎に自分の扇子をなくしたから、お前の鉄扇を貸してくれとせがんで借り、此れをわざと、待ち伏せして鷲宮で殺した金兵衛の死体の脇に残したんです。

そうして置いて、三五郎には奪った五百両の内、百両を渡して、金兵衛の子分たちの始末を手伝わせましたよね!!

貴方から百両貰えたから、私たち夫婦は、二年半もの間、仕事もしないで温泉巡りの旅ができたんですよ!!此れをどう説明するんですか?!」

重四郎「拙者は、金兵衛とその子分を殺したりはしないし、大方、三五が誰か他の悪い仲間と連んで殺ったに相違ない。三五はそんな奴だ。それを、拙者が殺った事にされては、大いに迷惑だ!!」

越前「此れ!二人伴。勝手に罵り合うのは控えなさい。此処を何処だと心得る、公儀(おかみ)の裁きの場・お白洲なるぞ!!控えおろう。

さて、此れまでの両人の申し分を聴いて、奉行はお文の申す事に理が在る様に思えた。大津屋段右衛門!貴様は、『知らぬ』と言うばかりで、反証に成っておらぬ。

非人が申す事や、女が申す事より、武士だった俺が言うんだから、間違いない!!と、申すばかりでは、その方を無罪放免には出来ぬぞ。」

重四郎「お奉行様は、女を贔屓なさりまするかぁ?!拙者、武士として、いと残念に御座います。」

越前「贔屓しているのではない、客観的に観てお文の方に理が在ると申しておる。分からぬか?段右衛門!!」

重四郎「分かりかねまする。」

越前「分かった!貴様がお文の証言では、足らぬと申すならば、仕方ない、奥の手を使わせて貰うぞ!!第二の証人を此れへ。」


白洲の脇の木戸が開き、鼠木綿の着物姿の五十代後半の老人が中へと、与力村上辰之助に連れられて、杖を突いて入って参ります。そうです!!


杉戸屋富右衛門


越前「証人、名前を申しなさい。」

杉戸屋「杉戸屋富右衛門と申します。」

越前「住まいは?」

杉戸屋「幸手、中宿にて穀物問屋をしておりました。」

越前「其処に控えし、二代大津屋段右衛門こと畔倉重四郎を存じておるか?」

杉戸屋「存じております。こいつは、穀平と私を、大そう恨んでおりましたから。」

越前「ほー。段右衛門から、其方と穀屋平兵衛は恨まれていた?なぜじゃ?!有り体に申してみよ。」

杉戸屋「この重四郎が、穀平の娘で、既に縁談が決まって許嫁の在るお浪に、横恋慕して、その時の付文・艶書を、私が読んで穀平に告げ口をしたんです。

そしたら、穀平はカンカンに怒って、この野郎を穀屋から出入り止めにしたんです。好きな女との仲は引き裂かれ、金銭的にも困窮し、穀平を殺して百両奪い、私に罪を着せたに相違ありません。」

越前「どうだ!大津屋段右衛門、いやぁ、畔倉重四郎!!此れでも白を切るつもりか?!」


流石の畔倉重四郎も、杉戸屋富右衛門の登場に、ただただ呆然として言葉も出ません。さて、お白洲は、まだまだ続きますが、次回へ。



つづく