文月二十八日の入相頃。鎌倉屋金兵衛の子分、水戸浪人八田掃部、練馬藤兵衛、三加尻茂助の三人が畔倉重四郎の家を訪ねて参りました。
藤兵衛「先生は、御在宅でしょうか?」
重四郎「どーれぇ!何方ですかな?」
寺の屋根裏で聞いておりました、よーこそ此処へ、クック!クック!とは、言えない重四郎。
藤兵衛「練馬の藤兵衛に御座います。」
重四郎「此れは、此れは、お珍しい三人お揃いで。どんな御用でぇ?」
藤兵衛「すいませんねぇ、三人で押し掛けちまって。今日は先生に頼みが御座いまして。」
掃部「拙者はこう見えても武士の端くれ、貴殿を同じ武士と見込んでお頼みしたい儀が有り申す。
藤兵衛「アッシ等の親分、鎌倉屋金兵衛が桶川宿鷲宮で殺されて、五百両の金子が盗まれてまだ、その下手人が上がっておりません。」
重四郎「金兵衛親分が殺された噂は、拙者も耳にしたが、その仇はまだ目星が付かないのか?」
掃部「その事で、貴殿に是非、ご助成頂いたいと思っておるのだ。その腕を見込んでお頼み申す。」
重四郎「然らば、拙者を男一疋と見込んでのお頼みとあらば、『否』と申す道理が御座らむ。して、仇はどんな相手だ?!」
掃部「ご助成の確約が、頂けぬうちに仇の名前は明かしかねまする。金兵衛の仇であるならば、誰であろうと討つ意思をお示し頂きたい。」
重四郎「成る程、八田殿の仰る事、いちいちご尤も。拙者は武士ならば『義を見てせざるは勇無き也』と常々肝に銘じております。たとえ、親兄弟が仇でも、義の為に討つ事を厭いません。
ましてや、拙者を漢と見込んでのご依頼なれば、仇が誰であろうと、ご助成いたしまする。」
掃部「其れを聞いて安心致しました。然らば申し上げます。金兵衛殺しの仇は、貴殿の兄弟分の杉田三五郎に御座います。」
如何にも初めて聞いた様に驚く態で、畔倉重四郎、言葉を続けます。
重四郎「なにぃー!三五がぁ。三五郎が仇であると、何か確たる証拠がお有りですか?」
藤兵衛「金兵衛親分は、アッシ等より一足先に鷲宮へ着かれて、杉林の前で殺されたんですが、一刻くらい遅れてアッシ等が着いてみると、親分の死体の脇にこの鉄扇がぁ!!」
杉田三五郎
重四郎「此れは!間違いなく、三五の物。分かり申した。三五郎が金兵衛殿を殺したに相違有りません。あなた方に、拙者ご助成致す。」
掃部「有難う御座る。此れで一安心だ。では、早速、四人で三五郎の家を襲いましょう。」
重四郎「まぁ、待ちなさい。早る気持ちは分かりますが、親分の仇が三五郎と知れたからには、討ち逃さぬ様に事を進めるのが肝要です。
今から杉田村の三五郎の家に行くと、六ツ近くになり申す。今晩、三五郎は家におりませんよ。」
掃部「三五郎は、今晩、何処へ行くと言うのですか?!」
重四郎「今晩、元栗橋の焼場で、隠亡彌十と言う焼場の支配人が仕切る丁半の盆が立つんで、三五郎はそっちに必ず現れるハズです。」
藤兵衛「そんだけ分かっていれば、御の字ですよ、旦那。本当に有難う御座います。茂助!八田の先生、取り敢えず食事して、集合場所を決めて別れましょう。」
重四郎「私も些か用事があるので、此れから出掛けます。元栗橋が目的地ですから、狐塚稲荷前で七ツ過ぎに集まる事にしませんか?」
藤兵衛「狐塚稲荷に、七ツですね。畏まりました。」
三人が重四郎の家を出て、腹拵えをしに行く。重四郎は、かねて三五郎とは示し合わせているので、決行が今日になった事を伝えてに利根川堤を走る重四郎だった。
狐塚稲荷で、子分三人と合流した重四郎。四人で利根川堤を元栗橋へと急ぎます。この所の雨で増水した川が、濁流になって地獄の方から聞こえる様なうねり、えも言われぬ異音が不気味に響き渡ります。
既に辺りは真っ暗で、文月も終わり秋がもうそこまで来ていると、川面から跳ね返る風の冷たさが其れを伝えます。闇の中遠寺の鐘が六ツを伝えております。
重四郎「あの青白い光りが、隠亡小屋だ。」
掃部「音を立てずに近付くぞ!」
重四郎「四つある提灯を一つにしましょう。小屋の三五に、気付かれるとまずい。八田殿の提灯以外は全部消して!!」
重四郎の指図で、八田以外の提灯を消させて、重四郎一人が隠亡小屋へと様子を確認する為に近付きます。そして、小屋の中を確認して、三人の元へと戻る重四郎。
重四郎「まだ、三五の野郎、小屋へは顔を出していません。」
掃部「まだ、六ツだ。五ツの鐘が聞こえる迄、この草むらで様子を見よう。」
小屋の様子を、灯りをかざして見ようと、八田掃部が、提灯を前に出す為に右手を伸ばします。畔倉重四郎、この掃部の右手を前に出す間合いを見ておりました。
そして、何回目かの右手をいっぱいに、掃部が伸ばした、その刹那!!得意の居合抜きで、畔倉重四郎が、刀を鞘から目にも止まらぬ早技で抜いて、掃部の右手の肘から先を斬り落としてしまいます。
エィ!!
掃部の右手の先と提灯が地面に落ちて火が消える。辺りは真の闇に包まれます。掃部は右手が斬り落とされて、うめき声を上げて倒れてしまいます。どくどく血が流れているハズですが、闇で様子は伺い知れません。
一方、藤兵衛と茂助の二人はと見てやれば、突然、辺りが闇になり掃部が提灯を落としてうめいている理由が分かりませんから、声も立てず佇んでおります。
其処を、ゆっくり藤兵衛の後ろに回り、重四郎は横一文字に刀を振り抜いて、藤兵衛の首を飛ばしてしまいます。
首無しの藤兵衛の体から、夥しい量の鮮血が吹き出しますから、此れを浴びた茂助が、流石に畔倉の裏切りだと気付きます。
『野郎!図りやがったなぁ!!』の『図りや』まで言った所で、後ろから忍び寄って来た、三五郎に背中から、長脇差しで突かれて、鋒が腹から顔を出します。
刺した三五郎が、刀をグルッと刺さったまんま回して、刃の部分を腹の中で回転させますから、茂助のハラワタはズタズタに千切れ絶命致します。
重四郎「三五!遅せぇーぜ!」
三五郎「重四!真打はためて登場しなきゃ。それより、八田掃部の先生が、まだ、ヒクヒクして虫の息だぜ。」
重四郎「いけねぇ〜、トドメ刺すのを忘れていた。」
重四郎が八田掃部に近付いて、その喉を刺して絶命させます。更に、三人の死骸を二人で引き摺りながら隠亡小屋へと運びます。
重四郎「彌十!この三人は、無宿者だ。喧嘩して同士討ちで死んだ。焼いて回向してくれ。手間は俺が出す。」
彌十「へい、三両も貰えるんなら、丁重に回向させて頂きます。」
重四郎「アッ!其れから、こいつらの持ち物も、お前にくれてやる。所持金も刀もお前のモンだ。」
彌十「お有難う御座います!!」
重四郎「三五!此れはお前の手間だ。百両やる。」
三五郎「有難うよ、重四。ところで、お前、このまま幸手に残るのか?」
重四郎「いやぁ、流石に敵を作り過ぎた。実は叔父が筑後の久留米に居るんだ。俺は其処を訪ねて侍に戻る事を相談する。」
三五郎「そうかぁ、俺も杉田村を出て、女房と暫くはのんびり旅をする。」
彌十が、焼けた三人の骨を、細かく砕いて、利根川へと撒いて捨てております。
重四郎「三五!利根の流れに、奴らの骨がキラキラ見えたり、隠れたりして綺麗だぞ!!まるで、天の川だなぁ。
さっきまで、ピンピンしてた。息を、していた野郎どもが、星に成って消えちまったなぁ。」
三五郎「星に成ったんじゃねぇーよ、お前が星にしたんだ、重四。」
あばよ!あばよ!
利根川の増水した波打つ流れの音を聴きながら、別れて行く二人ですが、この後、数年の後に運命の再会と相成ります。
つづく