穀屋平兵衛を殺害し、懐中から百両の金子を盗み、火の玉三五郎から買い求めた煙草入れで、その罪を杉戸屋富右衛門に擦り付けた、畔倉重四郎で御座います。
穀屋から奪った金子のうち、三十両を三五郎に分け与えて、口止めを兼ねての報酬だと伝えます。そして、何食わぬ顔で、幸手宿界隈の賭場に相変わらず出入りを致して居ります。
折しも、慈恩寺村と言う所に、鴻巣の親分・鎌倉屋金兵衛と言う老舗の博徒がやって来て、太い客を集めての、連日大きな金子が動く賭場を開いておりました。
其処へ地元からの早飛脚が参りまして、縄張りの事で面倒が起きている、との知らせが舞い込みます。
金兵衛自身は、もうあと二日、三日賭場を開くつもりでしたが、この日を最後にここを払う準備に掛かります。
連れています手下、水戸浪人八田掃部、練馬藤兵衛、三加尻茂助の三人には、五両ずつの手間を渡しまして、賭場を閉める段取りをやらせます。
そうして置いて自分は一人、今回の寺銭の上がり五百両を持って國へと帰る支度を始めます。享保八年七月十六日の事で御座います。
この時の金兵衛の出立はと見てやれば、弁慶縞の越後縮の帷子に、銀細工施した長脇差しを落とし差しにして、菅笠を深く被っております。
金兵衛「まだ、今夜が後盆だからあと二日、三日は開帳を続けたかっが、嶋内の縄張りと言われたら戻らな成るめぇー。
そういう事情だから、あとの始末は、宜しく頼んだぞ!藤兵衛、茂助。そして、先生は今晩飲み過ぎねぇで、明日は鴻巣へ来て下さい。」
藤兵衛「親分、道中お気をつけて。此処ら野犬が多御座いますから。」
茂助「郡代と寺方、其れに名主ん所には挨拶してから戻ります。なぁーに、銭掴ませ、女抱かせて有りますから、来年も慈恩寺村で花会出来ますって。一刻くらいの遅れで後から参りますんで、お気をつけて!」
金兵衛「宜しく、頼んだぜぇ!」
一方、重四郎はと見てやれば、三五郎と連れ立ってこの金兵衛の賭場に連続三日通い、三五郎は二日目に三十両すっかりやられてケツを割り、
重四郎の方も、三日間で七十両を全部取られて、帰りがけに、酒手ですと渡された小粒の二両が有るだけでした。
重四「三五!それにしても、酷い賭場だ。全く逆目、逆目と続きやがる。」
三五「重四、仕方あんめぇー。賭け事の定石はねぇー。負ける時はこんなもんだ。」
重四「お前は、煙草入れを拾ったついでの三十両だから、剣呑な事が申せるかもしれんがぁ、俺は苦労して手にした七十両が、水の泡だ。」
三五「兄弟!止まぬ雨はねぇーって言うぜ。そのうち運気も上向くさぁ。」
重四「三五!貴様、洒落た扇子を持っておるなぁ?見せてみろ。銕かぁ?親骨に彫刻してあるなぁ『杉田三五郎』、この鉄扇しばらく俺に貸せ!!」
三五「いいけど、失くすなよ。高かったんだぞ、その鉄扇。」
そんな会話をして、別れた二人。三五郎は桐生の兄弟分の家に泊まると言うが、畔倉重四郎は、鷲宮へ向かいこの杉林で、鎌倉屋金兵衛が通るのを待ち伏せ致します。
そんな事とは夢にも思わない金兵衛は、懐中に上がりの五百両を持って小唄を口遊みながら、ご機嫌でやって参ります。
漸く、問題の杉林に金兵衛が掛かると、少しやり過ごしておいて、後からそっと近づいて、いきなり肩から胸へ袈裟懸けに斬り付けます。
アッ!!
短く一声叫んで事切れた金兵衛。重四郎は、カラカラカラと高らかに笑い、血刀を金兵衛の帷子の裾で拭います。
そして、懐中に有ります五百両を奪うと、子分三人に見付かると、剣の使い手八田掃部が居て面倒なので、三五郎の鉄扇を、その場に置いて直ぐに立ち去ります。
一刻ほど遅れて鷲宮の杉林にやって来た三人。茂助が何かに躓いて転びそうになります。それが、なんと!!親分金兵衛の死骸です。
三人は直ぐに金兵衛の体を確認し、五百両の金子が盗まれた事、更に体はかなり冷たくなり硬直が始まっている事から一刻くらい前に親分は殺されたと推測します。
この時、茂助が三五郎の鉄扇を見付け、三人は土手の一番高い所に登り周囲を見渡すと、三、四町先を急ぎ足で逃げる男を発見します。
茂助「俺は、この鉄扇の持ち主、三五郎の家に行きます。」
掃部「拙者は、あの土手で見付けた西に逃げる男を追う。」
藤兵衛「じゃぁ、アッシも先生と一緒に。」
掃部「親分の死骸をこのままに捨て置くと無宿人にされてしまう。それだけは避けねばならん。藤兵衛、お前は親分の弔いと、國の身内、子分衆に親分の死を、早飛脚で知らせくれぇ。」
藤兵衛「ガッテン!」
一刻ほど先に逃げる重四郎は、五百両を持っているとは言え、一里からのハンデが有れば逃げ切れると高を括っておりましたが、
日頃から鍛錬を怠らない八田掃部の足を甘く見ておりました。深江村に入った所で、背後から追って来る人影が見え始めたのです。
まずい!八田掃部に違いない。
このままでは、あと半里もしたら追い付かれてしまう。そうだ!この先に寺が在る。千手院と言う六十を過ぎた和尚が一人の寺に、重四郎、飛び込みます。
和尚は、一人本堂で蝋燭の灯りの下、何やら経を読んでおられます。
重四郎「和尚様!悪い奴に追われています。匿って下さい!お助け下さい!」
和尚「何事ですか?」
重四郎「私の懐中の金子を狙う悪い胡麻の蝿に追われています。どーかご慈悲を!和尚様。」
和尚「分かりました、此方へ来なさい、本堂の天井裏に隠れなさい。不動明王の在るあの奥の位牌棚、あの上の天井板が外れます。あの板を上に押して登り、登ったら又閉めてしまいなさい。下からは見えません。」
重四郎「有難う御座います。」
重四郎、位牌の棚からよじ登り天井裏へと隠れます。言われた様に開けて入った板を戻して隙間から下の様子を覗いております。
畔倉重四郎、本当に悪運を持っている男で、此処でもし、和尚に匿わないと言われていたら、八田掃部と斬り合う事になっていたはず。
一方、後を追う八田掃部は、一本道を追って来ていますから右に折れて、前の逃亡者が消えるのを見ておりますから、その先の寺に逃げた事は容易に見当が付きました。
掃部「ごめん下さい!何方かいらっしいますか?」
和尚「どーれ、何方ですかなぁ?」
掃部「鴻巣の鎌倉屋の者で、拙者は八田掃部と申します。この先の鷲宮で主人を斬り殺して金子を盗んだ賊を追っております。逃げ込んだ賊は何方へ行ったでしょうか?」
和尚「賊!?その様な者は、来ませんがぁ。」
掃部「ご出家が、駆け込んで参った者を慈悲で庇う事は分かりますが、此奴は主人殺しの仇なんです。何卒、お引き渡しを!!」
和尚「賊など、当寺へは参っておりません。」
掃部「大人しく言っているうちに、言うことを聞いて、逃げ込んだ賊を出せ!坊主。寺中、家探しする事になるぞ!!其れでもいいのか?」
和尚「嘘は申しません。家探しでも何でも、好きにしなさい!!」
そんな押し問答をしていると、三五郎が留守だったと言って茂助が、寺に参ります。二人して寺の家探しを始めますが、小さな寺と申しましても二人で家探しするには、十分に広う御座います。
本堂、位牌堂、和尚の住まい、墓場までと隅から隅まで探しては見たものの、人の姿は見付かりません。
痺れを切らした茂助が、台所から荒縄を持ち出します。其れを使って和尚を高手小手に縛り上げて、梁にぶら下げて、和尚を薪で殴り付けて白状しろ!と、折檻します。
しかし、悟りの境地とまでは申しませんが、修行を積んで六十を過ぎた和尚に、そんな拷問は無意味でした。
何も白状せぬまま、茂助の叩き所が悪かったのか?和尚はそのまま絶命してしまいます。
茂助「坊主、死んじまいましたぜ、先生。」
掃部「死んじまったじゃなく、お前が殺したんだ。取り敢えず、仇は三五郎と分かっているんだ、親分の弔いを先にしっかりやって、油断させといて、こっそり幸手に乗り込んで野郎をブッ殺すぞ。」
茂助「でも、三五郎には畔倉重四郎って剣術使いの兄弟分がおりますぜ。あの畔倉が三五郎の加勢をすると、厄介じゃありませんか?」
掃部「確かに、なかなかの使い手らしいから、まともにやり合うと死人、怪我人が出るかもしれんなぁ。」
茂助「どうしますか?畔倉重四郎」
掃部「三五郎に味方するとは、まだ、決まってねぇーから、畔倉重四郎を先に声掛けて、こっちの味方にしちまおう。銭を五両か十両も掴ませたら味方になるさぁ。」
茂助「分かりました。早速、明日にも畔倉重四郎に会って話をしましょう。」
二人は勝手にそんな話をして、寺を去って行きました。畔倉重四郎、ゆっくひと天井裏から這い出て来て、流石に薪で殴り殺された和尚には気の毒に思い、
梁から縄を切って和尚を下へと降ろして、亡骸を墓場に埋めて、手を合わせる重四郎でした。そして、三五郎に早く会って今後の算段をしなくてはと考える重四郎でした。
つづく