天獄「ヤイ!坊主、何をニタニタしてやがる。俺はなぁ〜、あの江戸で今売り出し中の大泥棒、『神道徳次郎』の子分で狭島天獄だぁ!!」

住職「威勢のいい啖呵切るじゃぁ、ねぇーかぁ。でもなぁ、お前、俺をタダの方丈だと思っているのか?この、すっとこドッこい!!

耳の穴を、よーくカッ穿って聞きやがれぇ!!今でこそ、こんな坊主のナリに身を窶しているがぁ、俺様はなぁ、奥州会津若松無宿の火柱夜叉って盗賊だぁ!!貴様も、同業なら名前ぐらいは知っているだろう?!

『神道徳次郎』には、一枚も二枚も落ちるかも知れねぇーがぁ、関東一円、関八州を荒らし周り強賊と恐れられたぁ〜、火柱夜叉とは、俺の事だぁ!!」


狭島天獄、握っている刀を落としそうになるぐらい驚きます。火柱夜叉と言えば、神道徳次郎が売り出す前の、地雷火使いの大盗賊です。

本人は強賊と申しますが、地雷火仕掛けて、盗みに入る相手は、阿漕な稼ぎで銭を貯めた悪党ばかりで、火柱夜叉の伝説の一つや二つは、天獄もよーく知っております。


天獄「すいません!!兄貴、貴方様が『火柱夜叉様』。知らぬとは言いながら、つい、街道筋の茶店の爺さんが、ここの住職は金子を溜め込んでいると言うんで。。。つい!!」

夜叉「まぁ、いい。でもなぁ〜。その刀、そんな立派な技モノを道中差しですと、差して来たら相手は俺じゃなくても怪しむぜ!!

ナリを拵えて来たにしては、あんまり間抜けだから、悪党だと、直ぐに分かった。でも、流石に三年も、こんな寺に独りで居ると、話相手が嬉しくて、ついつい許したら、寝込みを襲われたぜ!!」

天獄「すいません!!兄貴。かんべんして下さい。」

夜叉「取り敢えず、ゆっくりして行きなぁ。俺は、八州の役人に付け回される兇状持ちだ。此処へ来たのは四年前で、八州の役人に追い回され、甲州へ逃げて辿り着いたのがここ松崎村。

この寺は、当時も先の住職が一人で切り盛りされていて、其処に俺が勝手に弟子入りして、頭を丸めたんだが、

その住職は詳しい理由も確かめずに、俺をこの寺に置いてくれたんだ。其れから一年、住職のなさる事を傍で見て、手助けしていたんだが、ある日、住職がぽっくり死んでしまう。


丸で、高木守道だ!!


そんなこんなで、檀家、村人の後押しもあり俺が住職になり、まだ三年前は盗んだ蓄えもあり、ここ正法寺でのんびり暮らしていたと言う訳なんだ。」

天獄「人に歴史あり、兄貴も苦労なすったんですね。では、お言葉に甘えて、暫くお世話になります。」


アさて、天獄が正法寺に参りまして一ヶ月。二人の盗賊は、近在に百両、二百両の蓄えの在る様なカモが居ないかと話合っておりますが、

しかし、松崎村の近在には、なかなか金満家が御座いません。連日、押し入るシュミレーションは出来ているのに。。。


そんなある日、正法寺に珍しく若い女性の訪問者が有りました。見るからに旗本の娘風で、年は十八、九歳。丸髷の島田に結い上げて、着ている物は黄八丈の着物に、網珍の帯、加賀友禅の長羽織を着ております。

娘「御免下さいましぃ!」

夜叉「ハイ、何か御用ですかなぁ?」

娘「鳥居甲斐守が家来、織部重内の娘に御座います。この度、兄が甲府勤番となり、その兄に金子三百両を届けに参る途中、伴の者と逸れてしまいました。

旅籠に、女独りで三百両の金子を持って泊まるのも、物騒だと考えまして、此方、正法寺のご住職様は、大変慈悲深く親切と伺って参りました。どうか、伴が参りますまで、此方に置いて貰えませんか?」

夜叉「拙僧が、住職です。其れはお困りですね、こんな寺でお役に立てるなら、何日でもごゆるりとして下さい。甲斐守様のご家来と言う事は、江戸からですか?そうですかぁ、本所。

ちょうど、同じ江戸は本所の売卜の方が、倉澤宿で洞抜けに遭われて足を痛めて、当寺にお泊まりです。江戸の方同士、話が合うでしょうから、後でお引き合わせ致します。

先ずは、其方の土間で足を濯いでからお上り下さい。奥の部屋へ案内致します。」


娘は、足を濯いで上がると、住職に続いて屋へと進んで、案内された部屋へ入り、少し落ち着いた表情になり、出された茶を飲みながら、キョロキョロ部屋を見渡していた。

火柱夜叉は、こいつはいいカモがネギを背負って舞い込んで来た!と言うわけで、今夜はあの娘を抱いて寝よう!と、坊主とは思えぬ料簡で、娘と三百両の二つの獲物に、興奮していた。そして、天獄へ声を掛ける。


夜叉「天獄!盆と正月が一辺に来たぞ。本所の旗本の娘だそうだぁ。懐に三百両付きだ。お前は、同じ江戸本所からの売卜者だと紹介するから、娘と話をして、上手く三百両を寺に預ける様に仕向けてくれぇ。」

天獄「旗本の娘?どんな娘なんですか?」

夜叉「年は十八、九で、丸髷。顔の左顎に、米粒くらいの黒子が有って、妙に色気のある娘だ。」

天獄「旗本の娘で、年が十八、九で、顔に黒子の在る女!!もしかすると、そいつは女じゃありませんぜぇ?」

夜叉「女じゃない?!」

天獄「兄貴、兎に角、その娘の部屋に案内して下さい。」


火柱夜叉に、その旗本の娘が居る部屋に案内された、天獄。住職の火柱夜叉が娘に声を掛けます。

夜叉「お嬢さん、此方が本所の売卜者の方です。」

部屋に入った天獄、振り向いた娘の顔を見て、直ぐにそれと分かり、声を掛けます。


天獄「兄貴!この野郎は、旗本の娘なんかじゃ有りません。女勘助って男の盗賊です。ヤイ!勘助、こんな所に何しに来た?!」

勘助「天獄の兄貴!なぜ、此処に。。。オイラは、徳次郎親分が江戸を売りなすって上方へ行かれたんで、上州から奥州路で仕事をしていたんですが、取締りが厳しくて、甲州へと移って来た次第です。」

天獄「其れで、なぜ、この寺に来たんだ?しかも、旗本の娘に化けて。」

勘助「途中の茶店の爺さんが、この正法寺の住職はたんと金子を貯め込んでいるって言うから、甲州の初仕事は、この寺かな?と、思いまして、

色仕掛けで、住職の鼻の下を伸ばさしといて、絞め殺して銭を奪う算段だったんですが、この寺の住職は、エッ!同業。。。奥州会津の!火柱夜叉。。。お見それしやしたぁ!!」

夜叉「あぶねぇー!天獄、お前が居なかったら、こいつに絞め殺されていた所だぞ!!」

天獄「それにしても、あの茶店の爺さんの口を、早い事何とかしないと、あの調子で、兄貴が大金持ちの金満野郎と噂を立てられると、悪党が万度来ますぜぇ?!」


奇妙な出会いを経て、女勘助も正法寺に住む事になるのですが、此れが、三人には、悪い方に裏目と出てしまいます。

まず、勘助は常に女装で、目立つ旗本娘の格好をしておりますから、松崎村で知らない者はないくらいの有名人に直ぐなります。

そんな勘助が噂になり始めたある日、松崎村の名主宅へ、八州役人に仕える岡っ引の松蔵と申す者が訪ねて参ります。

松蔵「暫くです!名主さん。」

名主「此れは、松蔵親分!本に、暫くぶりですね?何か有りましたかぁ?!」

松蔵「甲府で、大きな捕物があり駆り出されて、終わったと思ったら、倉澤の洞抜け騒ぎだ。

あの洞抜けで唐丸籠流されたとかで、兇状持ちは逃げるは、駿府の役人は舞添えで死ぬはで、色々と駆り出されて大変だった。こっちは、特に変わりはないかい?名主さん。」

名主「松崎村は、平和そのものだがぁ、そうだ!正法寺に、武家の娘が止まっていて、それが若くてえかく別品さんだと評判に、なっとるぐらいかなぁ。」

松蔵「武家の娘?」

名主「何でも、鳥居様のご家来で、甲府勤番の兄上に逢いに来ているとか?」

松蔵「そんな姫様が、なぜ、お伴と陣屋に泊まらず、独りで寺に居るんだ?怪しいなぁ?その娘の人相と背格好は?」


名主が、二度ほど見た記憶を頼りに、松蔵に伝えると、松蔵は手配書の台帳を巡り出す。すると。。。

松蔵「名主様!この野郎だぁ!!江戸で今一番の大盗賊、神道徳次郎の配下で『女勘助』。そうなると、あの寺の住職も怪しいなぁ。」

名主「他に、もう一人江戸の売卜者も泊まっとるぞ、親分。何でも洞抜けに合って倉澤から逃げて来たとか言う男だ。」

松蔵「そいつも仲間だとすると、洞抜けで流された唐丸籠に関係する奴かも知れん。唐丸籠の罪人も神道徳次郎一味だからのぉー。」


松蔵は、直ぐに番屋へ戻り八州同心の剣持進次郎へこの正法寺の一件を伝えると、直ぐに取方を三十人集めて、その日の夕刻に一味を捕まえに向かいます。

正法寺を包囲する取方、剣持の合図で一斉に踏み込みます。三人は寝耳に水!普段通りに寛いで夕食を食べていたら、突然、『御用だ!!』と、提灯を持った取方が襲い掛かる。

必死に、三人は抵抗しましたが、多勢に無勢、最後は全員、八州の役人に生捕りにされてしまいます。

さて、捕まえてみたら、信州下諏訪で二千両を強奪した女勘助、駿府の安倍川で斬首獄門へ斬り込んで、唐丸籠で移送中に逃げ出した狭島天獄。

更には、奥州から上州に掛けて荒らし周り、関八州のお尋ね者、会津無宿の火柱夜叉の三人と分かり、三人は唐丸籠に乗せられて、江戸表へと送られます。

そして、三人は南町奉行、牧野大隈守成賢に引き渡されて、お白洲へ引き出されるまで、小伝馬町の牢屋へと入れられます。



一方、天獄が松崎村で八州に捕まえられて居た頃、神道徳次郎は紫紐丹左衛門と二人して倉澤宿鶴屋で洞抜けに遭遇し、別れ別れとなり、徳次郎は、焼津へと逃げて途中、狸権九郎と合流して船で焼津から江戸は品川へと逃げる算段をしていた。

いよいよ、明日の明け方、船出と言う前の晩に二人が漁師に借りた小屋に、見るからに、乞食と分かる二人が現れます。


お前たちは。。。其れは唐丸籠の牛若と、床下に地雷火を仕掛けた庄助でした。あの洞抜けを体験した徳次郎と権九郎ですから、命からがら、現れた二人が幻の様に見えました。

徳次郎「牛若!庄吉!すまねぇ〜。二人が生きて居たとは、お釈迦様でも気が付くめぇ〜!」

四人になった一味は、江戸表へ向けて出発する船へと乗り込みます。


品川へ着いた徳次郎は、田町の空き家を一軒借りて、そこでまた、小間物商売を再開します。さて、この四人、先の日本橋の時に懲りて、派手な行いは慎みますが、『神道徳次郎』への取締は厳しく、一味を構えて、以前の様には、悪事が続かない!!


徳次郎「てめぇ〜らぁ。ここで、一味を解散しょう。思いの外、取締が厳しく、江戸市中では仕事ができねぇー。

銭は、均等に分けよう!俺は、やっぱり、もう一度、上方。京と大坂を、死ぬ前に見ておきたい。お前たち三人は、この銭を元に、好きに生きてくれ。」

アさて、徳次郎の新しい上方への旅が始まるこの物語!さて、どうなりますか?!



つづく