子刻・九ツから丑刻・八ツになろうとしていた時に、竹屋を飛び出した芳次郎。徳次郎からは、街道は避けて裏道で、江州へ帰れと言われておりましたが、大家の若旦那で裏道など通った経験が御座いません。
せめて、この時代に方位磁針と地図でもあれば、山道、野道、獣道を進む事が出来たと思いますが、真っ暗闇の山道を、提灯も持たずに逃げる芳次郎ですから、夜が白々と明けて来て、
ヨシ!もう此処まで逃げたら大丈夫だろう!と、勝手に自分で決めてしまいます。
また、腹も減り喉もカラカラです、街道筋の茶店、一膳飯のある処へと足を向け始めます。時刻は辰刻・五ツです。
芳次郎本人は、一晩歩き詰めだったから、もう浜松に入ったと勝手に思い込み、海が見える小高い丘の松の根方を枕にして、うつらうつらと眠りかけております。
その頃竹屋では。朝一番に女中が奥の八畳で、主人夫婦が縛られた上に斬り刻まれての惨殺ですから、役人だけでなく、問屋場の人間が全て駆り出されての、大捜索です。
その一群が、直ぐに松の根方で休んでいる芳次郎を発見します。芳次郎は、長脇差や悪党・盗賊の殺人現場に立会う子など初めてですから、自分の着物が、二人の返り血で汚れていたのを知りませんでした。
直ぐに、見付宿の問屋場の連中に囲まれて、『こいつは、竹屋で居候していた奴だ!』と面が割れてしまいます。更に着物には返り血が付いておりますから、有無を言わさず番屋へ連れて行かれます。
最初は、「知りません!」「違います!」と言っておりました、芳次郎ですが、水責め、エビ責めで、もう駄目だと諦めて覚悟を決めてしまいます。
まぁ、石責め、瓢箪責めは、丸橋忠彌クラスでないと耐えられないし、大坂屋花鳥こと、お虎の様に責めに耐える為の秘策を教えてくれる先輩も牢屋には居ない芳次郎ですから、それも仕方ありません。
「やりました!!政五郎と福松を殺した、私が神道徳次郎です。」
と、徳次郎と牛若の罪を被り、自白して身代わりに死のうと致します。『どうせ助けて貰えなかったら、松の枝に帯で首吊って死んでいたはずの命だから。』
そう心に言い聞かせ、俺は神道徳次郎だ!!と、言って貝になります。もう、悟りの境地、無我の世界、魂が抜けた様で、訊問、拷問している役人の方が気味悪い!と、感じでしまいます。
駿府の代官所は、神道徳次郎として芳次郎を、政五郎殺し、福松殺しの罪で、市中引き回しの上、安部川の河原で打首獄門と決め、これを駿府中に触れて回ります。
一方、芳次郎が捕まったとは夢にも思わない徳次郎と牛若は、既に、尾張名古屋まで来ておりました。そして、旅籠の風呂で、こんな噂を耳に致します。
旅人A「聞いたか?江戸表の大盗賊が、見付宿で捕まった話。」
旅人B「聞いた!安部川で打首らしいじゃ、ねぇーかぁ。名前は、何だってけ?思い出せねぇー。」
旅人A「初代、国会図書館の館長と同じ名前、押せば命の泉湧く!と言ってた指圧の先生とも、同じ名前!!、そうそう、国士舘の創始者もだ!!」
旅人B「今時の若い子は、金森徳次郎や浪越徳治郎は知らないし、国士舘の柴田徳次郎は、国士舘の学生さんは知っているのか?」
旅人A「そうだ!!神道徳次郎。そんな名前の大泥棒が、捕まったんですよ。」
徳次郎「聞いたか?牛若のぉ。俺と同姓同名らしいぞ?!神道徳次郎って名前の同業が居たのか?」
牛若「違うと思いますよぉー。誰か親分の名前を語ったに違いないと思います。」
徳次郎「誰が?何の為にだぁ?」
牛若「其れは謎ですねぇ〜」
二人は取り敢えず、駿府の代官所前に貼り出された『おふれ書』を見に行く事にした。名古屋から鳴海へ戻り早駕籠を仕立て、二日半金谷宿の渡しに着きます。
運の良い事に、大井川は止められてはおらず、島田へと渡り、其処からは馬で、宇津ノ谷峠を駆け抜けて、駿府の代官所へ。
牛若「在りますね!!此れですよ!親分!!神道徳次郎、人別が『江州高畑村』になっていて、この似顔絵は!?」
徳次郎「間違いねぇ〜、芳次郎だぁ!!」
牛若「芳さん何んで又、親分の名前を。。。」
徳次郎「義理なんだろうなぁ、馬鹿な奴だぁ、折角、命を拾ってやったのにぃ。其れにしても、処刑は、明後日だぞ。」
牛若「どうします?親分。」
徳次郎「助けてやらな、何ねぇ〜めぇ。」
牛若「助けるったって、二人でですかい?」
徳次郎「そうだ!旅烏の傳吉が、駿府に家移りして居る!!取り敢えず、あの野郎の家を探して、仲間を集めよう!一日で、何人集まるかは、分からねぇーが、やるだけ、やってやろうじゃねぇーかぁ!!」
傳吉の家は、直ぐに分かり、徳次郎と牛若が、家を訪ねて参りますと、何やら大勢の人の気配が致します。
『駿府の役人が、徳次郎の身内と嗅ぎ付けて、傳吉もお縄に成ったのか?』と、思った徳次郎、裏口から中の様子を見てビックリ致します。
紫紐丹左衛門
狭島天獄
猩々庄吉
狸権九郎
この徳次郎の身内四人が、何故か?旅烏の傳吉の家に集まり、何やら算段を致しております。
徳次郎「御用だ!!駿府奉行、松平伊豆守である!!神道徳次郎一味、御用だぁ!!」
と、言って徳次郎と、牛若が家の中へ飛び込むと、紫紐は平安城信邦をギラりと抜き、狭島は自慢の槍を低く突く姿勢を取り、
庄吉は手裏剣を投げんと構えます。最後に、権九郎は、柔術の名人なので、この場面では、見せる技はありませんが、知恵伊豆?!と、首を傾げております。
徳次郎「皆んな!元気そうだなぁ。」
丹左衛門「兄弟!もう、牢抜けしたのか?」
狭島「親分が、何故、此処に?!」
傳吉「お縄に成って、明後日、打首獄門!なんじゃぁ?」
徳次郎「其れで居るのか?駿府の代官所が、神道徳次郎を捕まえて、打首獄門にするからぁ、お前達、どうするつもりだった?まさか、見物だけじゃあるまい?」
丹左衛門「当たり前だの、吟は寅次郎の義理の舎弟で、この俺様は徳次郎の義理の舎弟だ!!駿府の田舎役人を、全員叩き斬って!お前を助ける算段をしていた所だ。」
狭島「その前に、傳吉は吊るし上げられていた。何故、お前は見付に居なかった!?ってねぇ。あぁー其れから若次郎!!お前は親分を捨てて逃げたとか、
場合によっちゃぁー、若次郎の野郎は駿府の代官所の犬じゃないか?!と、権九郎は言ってたぞ。」
牛若「ひでぇーなぁ、狸の兄貴は。」
傳吉「ところで親分、神道徳次郎を語って捕まった野郎は、親分の知り合いなんでか?」
徳次郎「其処でだ、お前達に相談がある。よーく聞いてくれぇ!!」
徳次郎は、傳吉の家に居る仲間に、政五郎と福松を仇討ちで殺した一件、芳次郎って野郎が、仇討ちの恩義から、神道徳次郎を語り、正に死のうとしていると話します。
其れを聞いた五人も、芳次郎の首を代官に跳ねさせたら、神道徳次郎一味の名が廃る!義賊と言うからには、てめぇーの命に替えても、守らないといけない意地がある!!
そう話が纏まりますから、芳次郎救出作戦が、これより七人で!と、言いたい所ですが、アジトを管理する傳吉は、ここで留守番と決まりまして、六人の徳次郎一味が、芳次郎を救出致します。
アさて、当日の朝、其々に六人が支度を致します。其々の役割、段取り、入念に確認を致しまして、正に戦国武将の出陣の様です。
また、市中も、其れは其れは、数多の野次馬が繰り出して、天明の大盗賊『神道徳次郎』の最後を見よう!!と、集まっております。
安部川の仕置場には、川を背に、三方に矢来が設けられており、この中で、神道徳次郎は、斬首される段取りの様です。
やがて、牢屋の中から裸馬に乗せられた、芳次郎を先頭に、前には紙幟を立てて、大勢の同心与力を引き連れて出て参ります。
市中の引き廻しが済みまして、河原仕置場へと連れて来られた芳次郎。目からは、瀧の様に涙を流し、憚る事なく、怒鳴るような声で、悔やみを申します。
父上様!母上様!
度重なる親不孝!お許し下さい。
恩義ある方の大罪を背負って、獄門刑と相成ります。
先立つ不幸をお許し下さい!これも、私の天命に御座います。重ねて重ねてお許し下さい。
此れを見た野次馬は、何も事情を知りませんから、好き勝手を申します。
甲「其れにしても、大盗賊と言う割には、女々しい奴ですねぇ。両親に懺悔していますよ?まさかの耶蘇教?!」
乙「大盗賊と言えど、命は惜しいんですよ!!料簡が知れました。大した奴じゃ、ありませんねぇ、神道徳次郎。」
いよいよ、斬首役・公儀介錯人が、ゆっくりと登場して、芳次郎の背後に廻ります。この日のお試し刀を取り、素早く鞘を払います。
此れをギラり!と、前に差し出しますと、脇に居た中元が、柄杓の水をこの刀の鋒に優しく流します。そして、斬首役が残水を露払いして、上段に構えた、その時!!
猩々庄吉が投げた、手裏剣が、斬首役の掌に突き刺さる!!思わず刀を落とすと、矢来を打ち破り、馬に乗った神道徳次郎が、芳次郎を目掛けて突進して参ります。
神道徳次郎!!見参
やい、駿府の木端役人
耳の穴をカッ穿って、よーく聞きやがれ!!
何を隠そう、俺様が正真正銘、大盗賊の神道徳次郎だぁ!!
何だ、この茶番は?全く関係のねぇー、若い商人を、大罪にでっち上げ。処刑するのが、貴様等の仕事なのかぁ?!
万に一つも捕まりゃぁ、俺がおめぇー達に、仕置を喰らう定めだが、今日は!俺が貴様等を、天に代わってお仕置よ?!だぁ〜、覚悟しゃがれぇ、べらんめぇー!!
啖呵を切った徳次郎、芳次郎を引っ張り上げて、馬の後ろに乗せて、駆け抜ける。
呆気に取られた役人達を、まずは、紫紐丹左衛門が、バッタバッタと斬り付ける。傍では怪力権九郎、役人達を千切っては投げ!千切っては投げ!、
この場を逃げ出す役人には、庄吉の手裏剣が襲い掛かり、若次郎は『キングダムの女剣士ヨウカイ』の如く剣舞を舞っての二刀流!!最後に槍術使いの天獄が、矢来に追い詰めた役人を突いて突いて、突き捲る!!
仕置場に居た役人の大半を斬り殺した神道徳次郎一味、紫紐の「今日はこれぐらいにしておいてやろう!」の号令で引き上げに掛かります。
しかし、
駿府の代官所も、このまま逃したら面目まる潰れ。府中の城から精鋭隊と弓鉄砲を持ちだして、一味を殲滅に掛かります。
その場の判断で、牛若と天獄が『しんがり』を務める事になりまして、紫紐丹左衛門と猩々庄吉、狸権九郎は、先に仕置場から立ち去ります。
さて、しんがりの二人、奮戦してはおりましたが、鉄砲で足を撃たれるまでは飛び道具にはかなわない、駿府の役人に捕まってしまいます。
一方、仕置場から芳次郎を連れ出して、傳吉の家へ逃げ帰った徳次郎達四人は、まず、奪還した芳次郎を近江へ帰す算段を始めます。
徳次郎「悪かったなぁ、芳さん。お前さんを一人にしなきゃ良かった。でも、安心しろ!今度は、此処に居る傳吉に近江まで送らせる。そしてなぁ、此れ、もう一度、五十両。お前さんに渡すから此れで商売を始めなさいよ。」
芳次郎「本当に、何から何まで。。。親分、此の恩は一生忘れません!!おおきに。」
傳吉に連れられて、芳次郎が近江に旅立った後、四人は、帰って来ない牛若と天獄について心配し始めた。
徳次郎「間違いない、代官所に捕まったぜ、二人は。どうする?丹左!!」
丹左衛門「芳次郎さん同様に、府中の城の牢屋に入れられてますね、二人は。」
徳次郎「府中の城を襲うか?」
丹左衛門「冗談いっちゃいけない。あの由井正雪が千人の家来が居ても攻めてない城を、四人で攻めるのは、愚の骨頂ですよ、兄貴。」
徳次郎「なら、見捨てるのか?」
丹左衛門「見捨てはしませんよ。恐らく安部川で二人を仕置に掛ける事は、もうしないと思うんです。今日で懲りてますから。
と、なると。駿府の代官所は、アイツら二人を唐丸籠に乗せて江戸表に運んで、奉行所か火盗に引き渡すと思うんですよ。
そうなると、東海道を唐丸籠で移動する事になりますから、其処を襲うのが一番だと思いますよ、兄貴。」
徳次郎「なるほど、唐丸籠かぁ。よし!奴らが移動先で泊まる旅籠を調べて、襲撃場所を選ぶぞ!!」
さて、四人は今度は唐丸籠を襲撃して、牛若若次郎と狭島天獄の二人を奪還する、またまた、大事件を巻き起こす事になるのですが、それは次回のお楽しみ!!
つづく