家に戻った徳次郎は、父徳右衛門に甚吉の病が、父甚右衛門の幽霊を語る西光寺住職、海山の悪戯だった事を話し、海山には、少しきついお灸を据えてやった事も説明します。

そして今日は、二度と海山が悪さしない様に、誓紙に書付けを書かせに行くと話して、西光寺へと出張る徳次郎でした。


徳次郎「海山殿、在宅(いらっしゃる)でしょうか?原戸村の徳次郎です。誓紙を持って参りましたので、宜しくお頼み申す!!」

海山「徳次郎さん、ささぁ、此方へお願いします。」

と、徳次郎は奥の住職海山の書斎に案内されました。


海山「この文面で、宜しいですか?ご確認を。」

徳次郎「はい、この内容で結構です。後で、此処に署名した上で、印形を押して下さい。私も立会人として署名捺印致します。

ところで、住職は、手妻使いなんですか?甚吉の家に於いて、あの大きな家を、あれだけ激しく揺らす事が出来るのは、どんなタネが在るんですか?」

海山「あれは手妻の様にタネがある騙しではなく、歴とした忍術なんですよ。忍術『振動の術』です。」

徳次郎「忍術?なぜ、僧侶のお主が、忍術を使える?」

海山「ある人から、教わったんです。私に忍術を教えて下さった師匠は、川越の上麦田村にある法壇院と申す寺で住職をしている了念という坊主です。

坊主とは言っても、元は侍のようだが、ワシが法壇院の住職の口を世話した時に、その礼の意味で、この忍術を教えてくれたんだぁ。

他にも、『解錠の術』と『催眠の術』も習ったんだが、身に付いた、つまり会得できたのは、『振動の術』だけじゃった、ワシは。」

徳次郎「海山殿、お主は人に、その忍術とやらを教える事は、できるのか?」

海山「出来ぬ事はないのだがぁ、私は師匠の了念と違って、人にこの術の極意を伝えると、自身は術を失い、伝授された者のみに残る仕組みなんだ。

つまり、子孫の我が子に、忍術を全て譲るような、一子総傳の意味合いが有るようで、私が徳次郎さんに教えるより、師匠了承から貴方が直接習った方が良いと考えます。

何故なら、『振動の術』のみだと、幽霊の登場くらいにしか使えませんが、『解錠の術』『催眠の術』も合わせて会得できれば、より使い道が広いかと思います。」

徳次郎「お前は、そうは言うがぁ、見ず知らずの私が、その法壇院へ行き、了念殿に、忍術を教えてくれと頼んで、教えてくれるとも、思われんがぁ?どうなんだ!!」

海山「心配には及びません。、私が紹介状を書いて、徳次郎さんが、忍術を会得できる様に、お膳立てを致します。

この紹介状で、昨夜の『幽霊事件』はチャラと言う事で。。。ヨロシクお願い致します。」

徳次郎「分かっておる。魚心あれば、水心だ。」


そんなやり取りをして、西光寺を後にする徳次郎であった。家に帰ると、直ぐに川越へ向かう算段を始める。


徳次「父とッつあん!川越の麦田村に、質の良い安い米が手に入ると言う噂があります。」

徳右「何処からの情報だい?」

徳次「川越筋の蔵元からです。」

徳右「そうかぁ、でも、欲を出して、無理はしなさんなぁ?!」

徳次「分かっています。一人で、半月くらい出張る事にはなりますがぁ、留守を宜しくお願い致します。金子は、仕入れの見込みが付いたらお知らせします、だから、小遣い銭を五両程、頂いて参ります。」


徳次郎が向かう川越の在、麦田村は、上中下の三村に分かれている広い村で、その上麦田村に法壇院は在ります。

寺は、西光寺などとは比べものにならないくらい立派で、鐘付堂に山門があり、広い境内には、立派な本堂が在りました。


徳次郎「ごめんなさい!了念さんはいらっしゃいますでしょうか?」

了念「ハイ!了念は私ですがぁ、何方様でしょうか?」

徳次郎「原戸村の西光寺の住職、海山和尚から手紙を預かりました者で、徳次郎と申します。」

了念「わざわざ、原戸村からお手紙を。其れは其れは、この寺は、立派な造りで、檀家もそれなりにありたすが、

所帯は住職の私一人で、小坊主も、寺男も在りません。むさ苦しい所ですが、中へどうぞ!!お手紙は、直ぐにお返事が必要なら、お書きします。」


出て参りました、了念と言う僧侶は、五十凸凹の落ち着きの有る、押し出しの強そうな僧侶です。

徳次郎は、勝手に忍術・忍者を想像しておりましたから、この了念には、些か、びっくり致しました。

更に、了念は海山からの手紙と、徳次郎の方を7対3に見て、時折り笑います。まるで、紅屋の隠居!!紅羅坊名丸です。声にして、聞こえる笑いを込めて、了念が徳次郎へ語り掛けます。


了念「徳次郎さんとやら、お手紙によりますと、貴方は、忍術を会得されて、石川の五右衛門が如く、大泥棒に成りなさる料簡ですか?」

徳次郎「否!!私は、盗っ人料簡が気に入らぬと、実の親に捨てられた経験が御在りますから、今は、育ての父、徳右衛門からの厚い愛情を頂いて、料簡を入れ替えました!!」

了念「私に、嘘は要りません。貴方の目を見たら、カタギか?盗賊なのかぐらいは分かります。今でこそ、頭を丸めて、法壇院の住職に収まっておりますがぁ、

元は喰い詰め浪人の盗賊の上がり。人を三人殺して、盗み、ゆすり、タカリで得た銭は、おそらく、一万両は下らない。アッシは関八州におふれが廻る大悪党だ。

そのアッシがぁ、同じ臭いを感じて、どうしなさる?と、聴いて居るんだぁ。正直に答えてくれないと、教えましょう!とはなりませんぜぇ。」

徳次郎「お前さんは、元は極悪非道の盗賊?」

了念「そんなに悪く言いなさんなぁ、殺しと半殺しは万やもう得ず致しましまが、姦かす!火を点けるは、一切致した事はありません。」

徳次郎「お前さんが、盗賊と仰るのなら、私も腹中を晒します。所詮、人間の一生などと申すモノは、短くはかないモノ。

ならば、やはり漢(おとこ)と生まれたならば、太く短く!生きて行きたい。田舎の造り酒屋の旦那で終わるつもりなんて、さらさらさ在りません。

でも逆に、此までは、アッシを大盗賊へと背中を付き動かすきっかけも在りませんでした。

裸馬に乗せられた、長年義賊と呼ばれ、巷で人気の天狗小僧の七五郎がぁ、三尺高い磔台で、あの錆びた槍を、三十六度も受けて死んだ時には、

見ていた聴衆の老若男女が、泣いて嗚咽を漏らしますから、キッカケに致さん!とも、思いましたがぁ、所詮、綺麗事に見えましてねぇ。

本格の悪党が、この天明の時代に現れるのを、今か?!今か?!と、首を長くして待って居たんです。しかし、現れねぇー。」

了念「だから、お主が成る!!そんなぁ、料簡かぁ?」

徳次郎「御意に!!」

了念「あい分かった!お主、今日の宿は?」

徳次郎「特に用意はしておりませんがぁ?」

了念「ならば、この寺に泊まり込んで修行せぬぅか?大したもてなしはできんがぁ、食べて、寝るぐらいはできる。」

徳次郎「分かりました。ご好意に甘えて、こちらに泊まらせて頂きます。」


アさて、その日から、昼間は檀家や参詣の一般客への対応と、それなりに住職としての了念の仕事がある為に、徳次郎への忍術の指導は、もっぱら夜中に行われた。

そして、『振動の術』を七日目に、次に『催眠の術』を十日目に会得した徳次郎は、最後の『解錠の術』も十五日目で、自分の物にして仕舞いました。


了念「素晴らしい!徳さんの才能は私より上かもしれぬ。あの、ややドン臭い平均以下の海山は、二ヶ月掛かって『振動の術』だけだった。其れを、お主は、十五日で全て会得できた。」

徳次郎「それは、全て師匠である、了念和尚の指導の賜物。本当にありがとうございます。

それで、会得した術のお披露目と、師匠への感謝を込めて、拙者の本格の盗賊としての初仕事を執り行いたいのですが?!」

了念「なかなか盗っ人らし、いい料簡だ。で、何処を狙う?」

徳次郎「ハイ、兼ねてより目を付けていた屋敷が在りまして。麦田村の大地主に長右衛門と言う方が有りますよねぇ?」

了念「在るには、在るがぁ。。。確かに川越一の金満家だが、それに見合う『泥棒避け』が、彼処ん家は十二分に備わっているから、泥棒に入られた事が無いぞ!!あれをいきなり狙うのか?」

徳次郎「その長右衛門の家に、今夜盗みに入りますんでぇ、了念和尚に傍から観ていて貰いたいんです。」

了念「観るのは構わんがぁ、『泥棒避け』は伊達じゃないぞぉ?元玄人のワシが言うから間違いない。徳さん!!止めといた方が無難だぞ、あの家は。」

徳次郎「虎穴に入らずんば虎子を得ずです。ハナから、難しい仕事に挑んでこそ、人は成長が有ると私は考えます。」

了念「何かぁ、良い行いをするみたいに聞こえるが。。。そうまで言うなら、お手並拝見!と、行こう。お前さんの初仕事、篤と見せて頂きやしょう。」


子の刻・九ツを過ぎた頃に、二人は法壇院を出まして、同じ麦田村の名主で御座います、長右衛門の屋敷へと向かいます。

この天明の時代に川越で、一二を争う金満家です。身代は軽く一万両を超えていて、五万石の大名にも負けない『要塞』に住んでおります。

長右衛門の屋敷は、裏手が石垣の崖に成っていて、戦国時代の城その物です。

その石垣に盛り土をして、屋敷が立っておりますが、石垣以外の三方向には、八尺を超える高さの茨の垣根に守られていて、正門を通らない限り中へは入れない構造と成っております。


了念「どうだい!此が麦田村一番の長右衛門の屋敷だ。『要塞』と呼ばれるだけの事があるだろう?さて、徳さん!どうしなさる?!」

徳次郎「どうもこうも有りませんよ。その垣根、茨の垣根を、アッシは通り抜けて、中へ押し入りますよ。」

了念「だから徳さん!アンタは盗っ人の世界じゃまだ素人なんだ。この茨の垣根は、盗っ人泣かせの代物だ!あれをどう破る気だい?」

徳次郎「まぁ、見ていて下さい。擦り傷一つ負わずに通り抜けて見せますから。」

了念「そうまで言うなら、お手並み拝見!!と、行きましょう。」


徳次郎は、何処から持って来たのか?四斗の樽を転がしてきて、樽の底を抜きます。其れを茨の垣根に、トンネルを造るかの様にネジ入れます。

茨の垣根の真ん中に、人一人が楽に通り抜けられる道ができました。


徳次郎「さぁ、了念さんお通り下さい。」

了念「成る程!!策士よのぉ〜徳次郎殿。アッパレだ。素人呼ばわりしてすまなんだ。」

徳次郎「何のぉ、此れくらいの知恵は御座います。盗っ人料簡ですがぁ。では、行って参ります。」


徳次郎は、そう言って四斗樽のタイムトンネルを潜り抜けて、中の闇へと消ゑました。

残された了念は、愛弟子の初仕事なだけに、不測の事態に備えて、何時でも助けに行けように準備を怠りません。

待つ身は長い!!そう思い待っておりますと、上々の首尾だったらしく、笑顔の徳次郎が、樽の向こうから帰って参ります。


徳次郎「お待たせしました。」

了念「徳さん!いやいや、早かったよ。でっ、首尾は?」

徳次郎「解錠の術と、催眠の術がありますから、ハイ、この通り!!三百両。」

了念「初仕事で三百両とは、大したもんだ、アッパレ!」

徳次郎「蔵ん中には、もっと金子は有りましたが、欲ばり過ぎて、しくじるのは嫌だったので、三百両で我慢しました。

其処で、この三百両の内、二百両は了念さん、貴方への謝礼にと思います。遠慮なくどうぞ。そして私は残りの百両を小遣いに頂戴いたします。

了念「何かぁ、悪いねぇ徳さん!お前さんにだけ働かせて、上前を跳ねるみたいでぇ。」

徳次郎「そんなぁ、術の御礼ですからぁ。納めて下さい。」

了念「じゃぁ遠慮なく頂きますよ。その代わりと言っちゃぁー何だが、初仕事の祝いに、俺から一杯奢らせてくれぇ?!」

徳次郎「いやぁ、悪党が二人して、あんまり長くツルんで居るとロクな事は起きません。長右衛門の屋敷も、明け方には、盗られたと気付きますからぁ。此処で別れましょう。」

了念「寺へは戻らず、此処で別れるのかぁ?」

徳次郎「御意に!!」

了念「若いのに、しっかりしてなさる。末には、間違いなく大泥棒だ!!気に入った。ここで、右と左に別れよう。」


そう言った了念は、右の中麦田村へと向かう徳次郎の姿が見えなくなるまで、手を振って見送るのであった。

了念は左へ、上麦田村にある法壇院の方へと歩き始める。懐には二百両、当分小遣いには不自由しないと北叟笑む。

すると、誰かが、背後から勢いよく走って来る、賊かぁ?!と、見てやれば、何の事は無い、さっき別れたばかりの徳次郎だぁ。


了念「徳さん!どうしたぁ?」

徳次郎「ハァーハァー、すいませんねぇ、了念さん。忘れ物しちまって、慌てて取りに戻って来てしまいました。」

了念「何だい、忘れ物ってなぁ?」

徳次郎「了念!お前の命を盗るの忘れてた!!」


徳次郎、いきなり父親から形見に貰った技物、神洞一文字をギラりと鞘を払って斬り掛かります。しかし、了念もただの坊主ではありません。


了念「小癪なぁ!!鼻垂れ小僧がぁ!、俺が斬られるとでも思ったかぁ?!返り討ちにしてやる、覚悟しやがれぇ。」


了念も懐から八尺三寸の匕首を出して、此れに応戦して来ます。チャリン!チャリン!と白い刃と白い刃が火花を散らし、二人の真っ向勝負の行方は?次回のお楽しみ。



つづく