万字屋を出て、前に提灯持ちの若衆を歩かせて、仲ノ町へと向かいます。
次郎「重蔵ドン、何か踏んだ!ヌルっとした。」
重蔵「履物抜いで下さい。私の肩に掴まって、新しい雪駄がぁ、犬の糞ですねぇ。最近、野犬や野良猫が、此処いらも多くて、餌をやる馬鹿が居るんですよ。ハイ、綺麗になりました。」
懐から取り出した半紙と、それを自分の煙管に巻いて、上手に犬の糞を掃除する重蔵。
次郎「すまないねぇ、若衆の重さんに、こんな事までさせて。。。」
重蔵「なんの!構いませんよ、旦那には、店が贔屓にして頂いておりますからぁ。」
次郎「悪いから、此れは、雪駄を綺麗にして貰った御礼。アッ!いけない、財布は蔦屋に預けたまんまだぁ。」
重蔵「よござんすよぉ、旦那。」
次郎「それでは、拙者の気が済まん。此れは、つまらん物だが、代わりにやろう!!」
と、次郎左衛門が、着ていた黒い魯の羽織を後ろから重蔵の頭に被せます。とたんに、魯の羽織を貰った重蔵が、喜んで道化て見せます。
重蔵「有難う御座います!コイツが貰えるなら御の字です。ほら、旦那、ほら、旦那。コイツをこうして被りますと、丸で、お化け。。。」
先程から、腕が斬りたくて、斬りたくて、ウズウズしていた次郎左衛門、刀の柄に手が掛かると、『お化け』でしくじった!と、思った重蔵が羽織から頭を出した、その刹那!!
手を掛けた、太刀村正を横一文字に、首を斬り落としてしまいます。遅れて、重蔵の胴の方の切口から瀧の様な潜血が、そして血溜まりが池を作ります。
「本によう斬れる、また、今宵は、腕の方も冴えておるなぁ。」
と、呟き。我に返る次郎左衛門ですが、もう遅い。「此れは、とんだ事をした。」不思議と反省はしましたが、後悔はありません。
誰も人通りのない廓の月夜。来た道を、刀をぶら下げて万字屋へ戻ろうとする次郎左衛門。何やらぶつぶつ呟きながら歩きます。
「一人殺すも、十人も同じ。どうせ斬り殺すなら百人纏めて斬ってやるかぁ?」
「誰を斬る?どうせ斬るなら、憎っき奴等。八ツ橋、榮之丞は勿論、波太夫と蔦屋のお仲、そして藤八の奴も、あの世行き。最後は拙者が腹を切れば、全てチャラだ。ヨシ!決まった。」
そう言って万字屋へと戻って参りますと、ドンドンドン!!ドンドンドン!!
次郎「私だ、開けておくれぇ。」
若衆「佐野のお大尽ですか?」
次郎「蔦屋へ行ったら、寝ていて開けて貰えなんだぁ、早く入れてくれぇ。」
若衆「今開けます。重公、重蔵の野郎は、どうしましたぁ?」
次郎「重蔵ドンは、跡から参りますよ。物騒だから、早く締めて下さい。」
そう言って入って来た次郎左衛門は、血刀をぶら下げております。ビックリした若衆は、そのまま土間にへたり込みます。
次郎「無闇に殺しに来た訳じぁーありません。榮之丞、八ツ橋、そしてその傍輩だけです。邪魔をしないで下さいねぇ。重蔵みたいに成りますよぉ〜」
そう言って梯子の方へと、背を向けて歩き出す次郎左衛門。すると若衆が「人殺し!」と、叫んだ「ひ・と。。。」の二言を聴いて、振り返りざまに、横一線。若衆の顔が口の所で、上顎と下顎が行き別れに成ってしまいます。
血刀をぶら下げて、梯子を登る次郎左衛門。絶えず、へへぇへへぇ、と『お前は、矢吹ジョーか?!』と突っ込みたくなる笑いを漏らします。
万字屋くらいの大きな店になりますと、若衆がひっそりと、外と土間で殺されても、気付く気配が御座いません。勝手知ったる万字屋の二階、そこを殺人鬼が彷徨います。
すると、女郎に手を引かれて厠に来たのか?廊下の向うから、ご機嫌な客がヨロヨロと、歩いて参ります。
客「ヤイ!何ぃ、刀なんかぁぶら下げて歩いてんだぁ!!化物だなぁ?!出たなぁ、妖怪。
俺は、大工の棟梁、政五郎だぞぉ!!矢でも鉄砲でも、持って来い、ってんだぁー!!Love me tender!!笑えよ、この化物!!」
しつこく邪魔をしますので、こいつは抜き胴一線、臍から上と、臍から下で生き別れ。大工を辞めて上は風呂屋の番台になり、下は蒟蒻屋へ奉公します。因みに、上が政で下は五郎。
厠を脇で待っていた雲井という花魁が、一番驚いた。化物!人殺し!と叫ぶので、次郎左衛門、此れは肩から袈裟懸けに斬り殺します。
八ツ橋楼が普請される前、昔の八ツ橋の部屋へ参りますと、客を挟んで橋ノ戸と船橋が酒の相手をしております。
襖越に、まず、客の喉をひと突きにして殺し、襖を蹴破り中に入ると、橋ノ戸を前からメンで、頭を真っ二つに致します。次郎「天井まで上がったわぁ。」
天井から橋ノ戸の血が、タラタラ落ちて来る中、逃げ惑う船橋に、次郎左衛門が尋ねます。
次郎「船橋ぃー、八ツ橋は何処だぁ?」
船橋「知りんせん!内所で聞いてくんなましぃ?」
次郎「よく、こんな場面で、花魁言葉が使えるなぁ。流石、番頭新造だ。アッパレ!!えーい、早く言え、言わぬと斬るぞ。」
船橋「本に、アチキは知りんせん!!」
次郎左衛門、鋭い刃を下から上へ、下段から斬り上げて船橋の右の腕を落とします。
次郎「村正『籠釣瓶』だから、水が溜まる前に落ちる斬れ味だ。手を落とされても、痛くないだろう?だがぁ、早よぉ、八ツ橋の居場所を言わぬと、芋虫になるぞ、船橋。」
悶絶しながら「アチキは知りんせん!!」を容赦なく手足を斬り落としてしまう、次郎左衛門。
次郎「本当に、知らん様だなぁ。楽にしてやる、ただ、その前に。」
客が食べ残した膳に置かれた箸を取り、船橋の目を一つずつエグリます。そして目に箸が二本刺さり、半狂乱で苦しむ船橋の首を落とします。
目に箸が二本刺った船橋の首。この髻(たぶさ)を持って二階の廊下を再び歩き出す次郎左衛門。この姿は不気味です。
右に刀・村正『籠釣瓶』をぶら下げで、左には、船橋の首・しかも目には箸が二本突き刺さっております。
そこへ今度は、同じく八ツ橋の傍輩だった禿からやっと新造で、振袖となり将来が期待されている薄衣だった。
薄衣「此れは!次郎左衛門様。」
次郎「お前は、いい。早く行け!」
薄衣「何故、刀をお持ちで。。。」
次郎「ほれ、此れは船橋の首だぁ!!八ツ橋と榮之丞を斬り捨てて、八ツ橋の傍輩にも天誅を加えておる。」
薄衣「さもありなんと、アチキも思いまする。アチキも八ツ橋花魁の禿から出世しておりますが、姐さん方の、お大尽に対する陰口、態度は。。。
諫めんと申しましても、位が違います故に。。。化物、化物と言う花魁、新造を止めれなんだは、アチキの罪、喜んで刃を受けまするぅ。」
次郎「薄衣!お主が心根の良い新造だと言う事は、私も存じておる。いい花魁になりなさい。ところで、八ツ橋の在所を知らぬか?」
薄衣「八ツ橋花魁は、先程、榮之丞さんに手を引かれて、八ツ橋楼へ入られました。」
次郎「拙者に普請をさせて、建てた部屋で、榮之丞と逢引かぁ!!ワシが、蔦屋に戻ったと思ったなぁ。有難う、薄衣、本に良い花魁になりなさい。」
薄衣は、そそくさと自分の部屋へと消えてしまいます。八ツ橋の居場所が分かった次郎左衛門、榮之丞と重ねて四つにしてやると、八ツ橋楼へ。足音がしますので、八ツ橋が中から外へ声を掛けます。
八ツ橋「二階が本に騒がしいがぁ、橋ノ戸かぇ?それても船橋かぇ?化物は帰ったというーにぃ何を騒いで、いなさるのかぁえ?」
襖を蹴破り次郎左衛門が中に入ると、盾屏風がしてあります。此れも横に払うと、絹布の上で八ツ橋が榮之丞の腕に抱かれて居る。
それに目掛けて船橋の生首を放り投げて、「お前達も、こうしてやろうかぁ〜」と、見栄を切る次郎左衛門!!正に鬼神の如くで御座います。
すると、驚いた榮之丞は、八ツ橋を置いて逃げようと、掛布を跳ね退け、枕を次郎左衛門に「喰らえ、化物!!」と、叫んで投げつける。
しかし、鞍馬八流免許皆伝の次郎左衛門、枕を避けて、榮之丞の逃げる方へと刀を入れて、その脇腹をカスめ斬り。
次郎「二人纏めて、地獄に送ってやるから、覚悟しやがれぇ!!」
叫んで返す刀で、八ツ橋の胸の辺りを突きます。ギャっ!と声を上げますが、まだ、絶命はしておりません。
次は、榮之丞の頬を削り鼻を削ぐ。さっきまで脇腹を抑えていた両手を顔にやりますと、斬られた脇腹から、腸(はらわた)がニュルニュル飛び出して参ります。
耳を削がれ、目もくり抜かれ、両腕をも斬り落とされた榮之丞が、「こんな女郎に好かれた俺の、身の不運なのか!!」と言って死ぬ様を見せられて、
八ツ橋が狂った様に叫びますから、次郎左衛門。「黙れ!売女」と、首を落としてトドメを差します。
さあて、その次はと思います次郎左衛門。万字屋から出て、外を通りまして、蔦屋へ向かうのですが、この間殺した、単に邪魔になっただけの、恨み辛みの無い犠牲者については、省略させて頂きます。(本の通りの省略です。)
蔦屋では、運が良いとか?悪いとか?世間では色々申しますが、次郎左衛門を騙したつもりの悪党たち、蔦屋のお仲、都家波太夫、丸善藤八の三人が明日請求する銭勘定に忙しくしておりました。
次郎「ドンドンドン!ドンドンドン!開けて下さい。佐野の絹屋、次郎左衛門です。」
波太夫「おい!化物が帰って来ちゃったよぉ〜」
お仲「きっと、また、花魁が酷い事を言ったか?したか?だよぉ!!懲りないねぇ、あの花魁。」
藤八「花魁には、言ったんだぜぇ。あの八ツ橋楼の普請では銭を使わせたんだから、今晩だけはよくしてやれって。」
波太夫「銭を明日、化物から回収したら、後は野となれ山となれだけどってなぁ。其れなのに、夕方から榮さん呼んでイチャイチャしていたから、
またどうせ、二人して乳くり合っている所を化物に見られたんだぜ!またぁ、宥め透かしてやるのに一苦労だぞ!」
お仲「また、化物!化物!言うのも聞こえるよ、波さん!早く開けてやんなぁよ。」
梯子を降りて、波太夫が「お待ちどう様でした。」と、入口を開けて、戸口から顔をだして、「万字屋は、小僧の一人も付けず、提灯無しで、帰したんですか?」とでも言う前に、
戸口から出した波太夫の首を、スパッツと斬り落してしまいます。頭を斬られて、首無しが尻餅を突いて土間で絶命です。
次に、素早く中へ入ると梯子の裏へ廻ります。トントントンと、お仲が梯子を降りて参りますと、その背後から梯子ごと!お仲を真っ二つです。
最後に、反対の梯子へ廻り、ゆっくりと二階に上がる次郎左衛門。すると、異変に気付いた藤八が物干しから、逃げようとしているのを、後ろからブスリと刺し殺します。
奥の部屋を覗きますと、蔦屋の主人、蔦屋佐次右衛門が、腰を抜かして歯の根が合わないガタガタ言葉で、
蔦屋「店の事は全部お仲に任せっ切りで。。。それでも私が主人です。お斬り下さい。」
次郎「ご主人、貴方は斬りません。お仲と波太夫は姦通していますねぇ?それを知って放置していた事の方が、貴方は罪深い。」
さて、流石に万字屋では、この惨劇が佐野船橋の絹屋次郎左衛門によって、引き起こされていると気付きます。
直ぐに、会所を通して南町奉行所へと通報されて、集められるだけの与力、同心、岡っ引が動員されて、次郎左衛門、たった一人を捕まえるのですが、此れが意外に苦戦します。
何故なら?この当時、遊郭の屋根には、物干し台と火の見櫓が立っていて、それが、物干しなのに、三階建、五階建なんて物干しが有りました。
だから、次郎左衛門が此れと屋根に伝わり逃げ廻る!逃げ廻る!しかも、剣の腕前が、鞍馬八流免許皆伝!たちが悪い。取方からも斬られた被害者続出で、結局、次郎左衛門の体力が尽きた所で、梯子で挟んで、お縄となります。
だから、次郎左衛門としては、南町奉行所を相手にした、武者修行となったのかもしれませんねぇ。私は読んでいてそう思いました。
因みに、この事件きっかけで、吉原では、物干し台の屋根伝いの設置が禁止されます。だから、建屋の横や庭に物干しが造られます。
アさて、翌日。大門を締めて、検死となります。勿論、此れだけの事件ですから、南町奉行大岡越前守が、直々に検死を行います。
死者二十一名、負傷者三十名
「新吉原百人斬り」と銘打っておりますが、斬られたのは、半分なんですね。引退したイチローの背番号なんですね、51。
だから、「新吉原イチロー斬り」と書いて「新吉原ごじゅういちにん斬り」読むのは、どうでしょうか?
まず、次郎左衛門のその後、当然死罪が言い渡されるはずだったのですが、大岡様がやたらと自身でお白洲を開こうと致しまして、牢屋生活が長くなります。
一回だけお白洲は開かれて、人別帳の件を聞かれて、素直に答えていて、佐野船橋の戸籍が無いから、兄貴夫婦へのお咎めも無く、
また、動機面でも、殺された被害者の蔦屋お仲、万字屋の八ツ橋、宝生榮之丞、都家波太夫、丸善藤八、船橋、橋ノ戸達への恨みからの計画的な犯行と言う事になります。
一人生き残った蔦屋佐次右衛門は、女房の監督不行届などで、蔦屋は没収。江戸所払いとなります。
また、会頭の四右衛門と万字屋は、お上からの罰や罰金は有りませんが、道義的責任で、会頭職、大店の長役を辞して無役になります。
被害者の遺体のその後についても、少し触れて置きます。
宝生榮之丞の死骸は、なかなか引き取り手がありませんでしたが、宝生源吉と言う能役者が引き取り埋葬致しました。
八ツ橋花魁の親は、浅草鳥越の貸家に浪人として暮らす左京亮家浪人、山田三右衛門と言う人で女房とは死別しておりましたが、この事件が元で切腹致します。
その後、この山田三右衛門の中元だった万蔵と言う人が、八ツ橋と三右衛門の亡骸を引き取り、共に菩提寺に葬ったと言う忠義の話が残っております。
アさて、佐野船橋の絹屋三右衛門。ここには、仙太郎からの子孫が残り、また、小松原村には、有益・有信の子孫が残っているそうです。
『新吉原百人斬り』番外編を除く20話、今回で大団円と相成ります。ご清聴ならぬ、ご清読、誠に有難う御座います。
完