いよいよ、長らく読んで参りました談洲楼燕枝作『嶋鵆沖白浪』も、残す所があと二回の予定で御座います。今回が二十三話ですから、三三師匠の十二話の二倍に膨らんだ物語となりました。


アさて、時を同じくして、梅津長門と小菅の勝五郎、そして三日月小僧の庄吉が捕まります。三人共に佐原の喜三郎と、大坂屋花鳥の行方に付いては何も喋りませんが、

狩豆屋からの訴えで証人として呼ばれたお峰の話から、春木童斎と名乗る梅津長門の元を、大坂屋花鳥らしき女が訪ねており、

その時の会話から、日本橋四丁目の大文字屋の番頭が喜三郎と花鳥に強請られている様子だったと言う証言を得る。

また、お峰によると、梅津長門が双子のようによく似た渡世人風の男を屋敷に招き、酒の用意をした事があると言う。

これを踏まえて、時の南町奉行、筒井和泉守政憲は、同心酒井銕三郎に命じて、大文字屋の番頭卯兵衛を使って、大坂屋花鳥と佐原の喜三郎を誘き出す作戦を実行する。


酒井「許せよ!」

手代「これはこれは、酒井様、お勤めご苦労様です。」

酒井「番頭さんは、居るか?」

手代「番頭さん!八丁堀の酒井様が、お見えです。」

卯兵衛「これはこれは、酒井様。本日は、何か要り用ですか?」

酒井「否!ちと、そちに頼が有ってなぁ。人目を憚る話によって、奥で願いたい。」

卯兵衛「分かりました。では、奥へ。定吉!私は酒井様と大切な話で奥の部屋を使います、誰も通さぬ様に。」

定吉「へぇーい。」


同心酒井銕三郎を案内して、卯兵衛は奥の部屋へ。


卯兵衛「これで宜しいですかなぁ?さて、どういったご用件で、御座いましょう?」

酒井「実は、この店に、島抜けした佐原の喜三郎が現れたと聞いた。それだけではない、喜三郎の女房の大坂屋花鳥とも、お前は会ったそうだなぁ!!」

卯兵衛「なぜ、それを。。。」

酒井「この店でも素読や算盤の指南をしていた、春木童斎。あの男の家の女中が、話してくれてなぁ。お前が喜三郎と花鳥に間男だと脅されていると。」

卯兵衛「。。。」

酒井「幾ら取られた。三十両かぁ、高く付いたなぁ、花鳥が全盛の時の値段だ。そこでだ、その大坂屋花鳥に、また逢う機会が有ったら、何処かへ誘い出して欲しい。

そうだなぁ、芝居とか相撲とかがいい。頼んだぞ、誘いだしたら、直ぐワシに知らせろ、相手は島抜けした大罪人だ、隠すと為にならんぞ!いいなぁ、卯兵衛?!」


同心の酒井が帰るのを見送り大きな溜息をつく卯兵衛でした。それから、三日後、清澄白河の神社に寄った帰りに、花鳥を偶然見かけた卯兵衛、ここは八丁堀に貸しを造るかぁ、と、花鳥を呼び止めた。


卯兵衛「花鳥!何処へ行きなさる。」

花鳥「あらぁ!大文字屋の番頭さん、いえねぇ、古着屋に何んか良い一重がないかと思ってねぇ。番頭さんは?」

卯兵衛「私は、神社にちょいと用が有ってねぇ。そうだ!お前さん、芝居は好きかい?仲蔵の『幡随院長兵衛』、水野が三河屋だ。

私が行くつもりだったが行けないんで、切符が二枚あるんだが、行くかい?中村座。」

花鳥「行く!行く!行くよ、行かいでかぁ〜、頂戴!!ありがとさん!!」


嬉しそうに、芝居の切符を握りしめて家に帰るお虎。卯兵衛は、直ぐに八丁堀へと向かい、花鳥に芝居の切符を渡した事を告げる。

すると、酒井銕三郎は取方と岡っ引を有りったけ集めて、浅草木挽町の番屋に詰める。人相を似顔絵で伝えて、この佐原の喜三郎と大坂屋花鳥が来たら、中村座には即番屋に知らせろと手配りをする。


お虎「アンタ!行こうよ木挽町。中村座で、『幡随院長兵衛』だよ。中村仲蔵の幡随院長兵衛と、四代市川團蔵の水野十郎左衛門だよ。ねぇ行こうよ!!」

喜三郎「今日は駄目だ。夕方には濱町の賭場に行く約束なんだ。『幡随院長兵衛』は観たいが、誰か長屋の友達を誘って行っツくれい。」


そんな会話が有って、お虎は四ツ過ぎには、浅草木挽町の中村座へ。そして、喜三郎の方は七ツを過ぎて家を出て濱町へと向かった。これが、二人のこの世の別れになるのですが、二人には知る由もありませんでした。

九ツ過ぎになると直ぐに、中村座から稲荷町の役者が番屋に飛んで来て、大坂屋花鳥の方だけが来たと知らせて来る。

そして、芝居が跳ねて三々五々、木挽町中村座から客が通りへと溢れ出る。お虎も、長屋のお真希と二人で駕籠屋のある田原町の方へ大川端を歩いていると、


御用だ!!


女一人を捕まえる規模じゃない。軽く百を越える御用提灯がお虎を照らす、一緒に居たお真希はあまりの事に泣き出して、その場にへたり込む。

『あたしゃ、簡単には捕まらないよ!佐原の喜三郎の女房だからねぇ!!』

捕り縄を掛けに来る岡っ引に対して、懐剣を抜いて逆手に持ち斬り付けるお虎。しかし、百を越える取方が、次々に新手が飛び掛かる。

お虎が疲れたところで、梯子まで持ち出して、四方から挟み撃ちにして、捕り縄を絡めて高手小手に縛り上げる。そして、番屋へは連れて行かず、直接、小伝馬町の女牢へと入れられるお虎でした。



つづく