小菅の勝五郎と三日月小僧の庄吉は、下総國銚子飯貝根村で、喜三郎、お虎、玄若と別れてからは、九十九里浜を漁師に化けて白子町まで進み、

そこから、房総半島を茂原、市原、蘇我と渡り、ここからも漁師のナリをして、今度は内房の海岸線を蘇我、千葉、幕張、浦安、そして、江戸の木場へと着いた。


ところが、ここからはナリを変えて、荒川沿に門前仲町、住吉、亀戸、押上、そして千住へと進む計画だったのだが、勝五郎が下痢と発熱で動けない大病を患ってしまう。

仕方なく、門前仲町に近い空き店(だな)を借りて仮住まいをして、庄吉が勝五郎の看病を続けると言う日々が続く。

その甲斐あって半年後の天保六年三月、もう春が来ようと言う時に、何とか勝五郎が起き上がり、動ける所まで回復をする。


勝五郎「庄吉、迷惑を掛けたなぁ。漸く体が動くようになり、湯屋十とお熊の野郎を討ち取りに行けそうだ。」

庄吉「兄貴、本当に元気に成られて良かった。あのまんま、兄貴に倒れられたら、オイラ、路頭に迷う処だった。さて、どう致します?」

勝五郎「まずは、小菅屋の様子を観に行こう。その上で、お前は客のフリをして小菅屋に泊まり込み、今夜が娑婆の最後の夜だ。芸者、幇間を上げて騒いで、女郎も買うといい。

そして部屋に泊まって、丑三の鐘を合図に、俺が裏庭からお前の部屋へ小石をぶつけるから雨戸を開けて、俺を中へ引き入れてくれ。」

庄吉「分かりました。で、兄貴は?奥さんと坊ちゃんの所へ?」

勝五郎「逢って別れを言ってから、必ず、丑三に小菅屋へ行くから、雨戸を少し開けて部屋が分かる様に頼む!!」


三日月小僧の庄吉を小菅屋に残して、勝五郎は急いで、女房お吉と倅勝之助が待つ我が家へと向かった。


お吉「誰ですか?こんな夜更に。」

勝五郎「俺だ!勝五郎だ。」

お吉「また、からかうのは止めて下さい。町内の六さんでしょう?」

勝五郎「本当に俺だ!?勝五郎だ!!」

お吉「練習したねぇ?気味悪いくらいに声色が似ているワよ。『干物箱』の半公みたい!!」

勝五郎「なんて、町内に住んでいるんだ?!だから、早く開けてくれ。お前の亭主の小菅の勝五郎だ!!」

お吉「何を言うんです、あの人は三宅島に流されたんです。よっぽどの大赦でないと、島からは帰りません。騙すのもいい加減にして下さい!本当に怒りますよ。」

勝五郎「お吉、よーく聞いてくれ、本当の、正真正銘の勝五郎だ。お前のへその脇に黒子がある事や、お前が白玉より、餡蜜の方が好きな事も知っている勝五郎だ!お前は亭主の声を忘れたのか?」

お吉「エッ!本当に勝っつぁんなの?!」


慌てて戸を開けるお吉。そこに勝五郎が立っているのを見て、何度も夢ではないか?!と、疑いながら、勝五郎を家の中へと引き入れた。

八年ぶりに逢う二人。あまりの喜びと感動で、言葉が暫く見つからず、ただただ泣いて、涙を流して抱き合うばかりだった。


勝五郎「お吉、苦労を掛けたなぁ。元気だったか?」

お吉「はい、何とか親子二人。」

勝五郎「助けてくれる旦那が在るのか?」

お吉「そんな者は在りません。亭主は貴方、小菅の勝五郎だけです。見て下さいなぁ、あの糸車を。縫い仕事をして何とか、親子二人食べております。」

勝五郎「そうなのかぁ。島に来た、江戸っ子の話で聞いたが、お熊と湯屋十に嫌味を言われたって?」

お吉「はい。まだ、勝坊が生まれて間もない頃で、私が働けないから、恥を覚悟で小菅屋に借金を願いに行くと、『親殺しの女房子に、恵んでやる物は、半紙一枚無い!!』と言われて足蹴にされました。

そしたら、小菅屋で一番古株の仁助さんってお爺ちゃんが、若旦那のお孫さんだからと音頭を取って、女中や女郎衆、板前や下男の皆さんから心付けの銭を集めてくれて。

仁助さんには、その後も食べる物や着る物、今の仕事の世話も全て、お世話になりっぱなしで、親子二人だけで八年生きて来られたのは、あの人のお陰ですよ。」

勝五郎「そうかぁ!仁助がぁ。有り難てぇ。そうだ、勝之助は?」

お吉「奥でもう寝ていますよ、起こしましょうか?」

勝五郎「いやぁ、いい。子供だ寝かせてやんなぁ。大きくなったなぁ、もう八ツかぁ。親は無くとも子は育つかぁ。」

お吉「この子、笑うとお前さんに本にそっくり。今晩は川の字で寝て、明日、この子を驚かせましょう。」

勝五郎「そいつは駄目なんだ。俺にはまだ、親父の仇討ちが残っている。今夜、小菅屋に殴り込んで、お熊と湯屋十の野郎を叩き斬る。」

お吉「もう止めてくれよ、アンタ!!小菅屋の事は忘れて、親子三人で暮らしましょう?!折角、島から帰られたんだからさぁ、三人で、三人で暮らしましょう?!」

勝五郎「帰られたんじゃぁねぇ。島抜けして来たんだ。お熊と湯屋十を殺したら、俺はお上に自首して、磔獄門だ。

ここに離縁状がある。俺が獄門首になったら役人がお前と勝之助にも罰を与えに来る、そしたら、此れを見せて、もう八年前に縁が切れておりますと、親子二人で生きてってくれぇ。頼む!!」

お吉「アンタ!!親子三人で上方か、奥州にでも逃げよう。お上から逃げて三人で。折角、会えたんだから。。。三人で。」

勝五郎「駄目なんだ。島抜けする時に、三日月小僧の庄吉って義兄弟と約束したんだ。そいつは、俺の漢に惚れて付いて来てくれて、今、小菅屋で、俺の来るのを待ってやがるんだ。行かない訳にはいかねぇ〜」

お吉「アンタ!三人でぇ」

勝五郎「お前も長脇差、小菅の勝五郎の女房なら笑って亭主を送り出してくれぇ。頼む!お吉。」


溢れる泪が瀧の様に両目から流れるお吉が作った笑顔が、勝五郎の胸には刻まれまして、憎っきお熊と湯屋十の居る小菅屋へと参ります。

最後に離縁状を握りしめたお吉に、『勝之助は長脇差だけにはするな、お前のその笑顔は一度ダケでいい』と言い残して、丑三の鐘を聞いて去って行きました。


勝手知ったる小菅屋の、裏庭を、抜けて客間の棟を見て廻る勝五郎。一つ隙間の在る雨戸を見付けて小石を飛ばす。

これを合図に雨戸が開く、側の松の木に勝五郎。猿の如くするすると、登って着いたは、三日月小僧庄吉の部屋。


庄吉「兄貴、直ぐに着替えて下さい。泊まり客はアッシ以外には二組しかありません。この廊下の突き当たりにハシゴが在って、その直ぐ下の一階の離れが主人の寝間の様です。」

勝五郎「小菅屋には『寝ず番』が居て、早立ちの客の朝飯の世話や見送りをするぞ?!」

庄吉「大丈夫です。さっき見たら、寝ず番、昼間の疲れからか?ハシゴの下の布団部屋で、よーく寝ています。」


勝五郎が、股引を履いて江戸腹付けて、薄い木綿の着物を羽織り、鉢巻締めてタスキ掛け。大刀を腰にブチ込むと、庄吉を従えて抜き足、差し足、忍び足で一階へ。

離れへの廊下も、物音を立てず忍び寄ります。そして、障子戸を勢いよく蹴破り中に入ると、まだ、布団に入っている二人を叩き起こします。


勝五郎「やい!お熊、湯屋十!よくも親父を殺して俺に罪を着せてくれたなぁ。お前ら二人纏めて地獄に送ってやる!!覚悟しやがれ、外道!!」


抜いた大刀で、まず、お熊の首を横一文字に飛ばします。首が落ちると血しぶきが天井にまで掛かります。

『止めてくれ、悪かった。お熊に騙されたんだ、金はやる!!』と命乞いする湯屋十は、喜三郎が湯屋十にしたのと一緒です。

浴衣姿で寝ていた湯屋十。三日月小僧の庄吉が、ふんどし一丁にひん剥くと、二人して、一寸刻みのなます斬り。

馬差の菊造は百以上斬られてから絶命しましたが、湯屋十はたった四十八傷で絶命すると、庄吉からは『赤穂浪士よりは一つ多い』と言われる始末。


さて、二人はお熊と湯屋十の離れの部屋を物色して、金銭と金目の物、そして女郎衆の証文を集めて、ハシゴ下の布団部屋で寝ている寝ず番を起こします。


勝五郎「おい!寝ず番、店の女中、中居、板前、飯炊・風呂焚き、下男、小僧、それに女郎衆も全員、主人の離れの部屋に集めろ!!

そして、二組ある泊まり客には、『ボヤを出したから、金は要らないので、早立ちしてくれ!』と、握り飯を持たして、返してくれ。」


そう言われて、寝ていた寝ず番が驚きます。押し込みの盗賊だと思っていますから、ガタガタ震えながら、嫌々、小菅屋全員が惨殺された主人夫婦の寝間に集められます。


権助「不思議な盗賊だなぁ、ワシらの手足を縛り上げねぇ、なぁ。鬼平とか観ていると、押し込みは、黒ずくめの衣装に放っ被りして顔隠しているのに、顔も見せて。。。殴り込む時の渡世人の格好してらぁ。」

お崎「それと、仁助ドン!あの爺さん、ニコニコして、慣れ慣れしく賊と、クッ喋っているわぁ。」

新吉「二人とも知らねえのかい?あの仁助爺さんが、盗賊一味の親玉なんだぞぉ!!主人を殺して、この後小菅屋の新しい主人になるんだから、仁助爺さんが。」

権助・お崎「本当けぇ?!」

新吉「じゃぁーねぇーかって、話よ。」


庄吉「そこの三人!!煩いぞ、静かにしてくれ。これから説明します。では、兄貴。」

勝五郎「俺は、この小菅屋の元の主人の倅で勝五郎って者だ。この中の者だと、仁助爺さんくらいしか俺を知らないと思う。

この二人、お熊と湯屋十は俺の親父を殺して、その罪を俺に着せて、小菅屋を乗っ取りやがった。だから、俺が仇をこうして討った。

俺は、三宅島からここに居る庄吉と、島抜けして仇討ちしているから、この後、お上に自首をして裁きを受ける。

だから、その前に女郎衆の証文はここで焼捨てにする。もう証文に縛られる事は無くなるから、國に帰るもよし、好きな相手が居るなら一緒に成ってくれぇ。

また、小菅屋にある金銭や金目の物は、ここの全員で仲良く分けてくれぇ。仁助さん、アンタが一番の年嵩だから、喧嘩にならない様に分けてくれぇ。

それと、お上にはこの事は内緒だぞ、俺と庄吉が持って逃げたと口裏を合わせてくれぇ。いいなぁ、皆んな!!」


泣いて喜ぶ小菅屋の面々、最後の最後まで、漢気を見せた小菅屋の勝五郎と三日月小僧の庄吉は、明け六ツを待って千住の番屋へと出頭し、お縄となります。

一緒に逃げた残る三人は?と、拷問で追及されますが、銚子飯貝根村で別れたきりですから、本当に知りません。

結局、二人は千住小塚原で磔にされ斬首。首は七日の間、獄門首として晒される事になります。



つづく