江戸に着いた、喜三郎とお虎は、お虎が神田に住んでいた頃の父三五郎の子分で、今は酒屋に酒の卸しをしている八十助から、深川黒江町の新道に細やかな家を借りる事ができ、二人は水入らずの小さな幸せに浸っていた。


喜三郎「お虎!茶を一杯入れてくれぇ。」

お虎「ハイよぉ。ところで、玄若さんは奥州出羽に無事着いたろうかねぇ?」

喜三郎「別れた時は、大分良くはなっていたが、顔色が本当に青かったよなぁ。」

お虎「無事だといいねぇ。何かぁさぁ、玄若さんもだけど、島抜けした勝五郎さん、庄吉さんも、本当に思いを遂げて欲しいワぁ。身内の様に思えてねぇ。」

喜三郎「そうだなぁ、同じ江戸の空の下の二人の事も気になるなぁ。」


二人が暮らし始めて暫くは、喜三郎は濱町辺りの旗本屋敷に出入りして『袁玄道』三昧で、勝った時は良いのですが、やりくり上手とは言えないお虎には悩みのタネだった。

ある日そんなお虎が、湯屋の帰りに、杖を突いて歩くヨレヨレの着物姿の乞食とすれちがった。『誰だ?見覚えが。。。』、お虎が振り返るとその乞食も此方を見ている。


お虎「あんた?!玄若さんかい?玄若さんだろう?」

乞食「やっぱり、お虎さんですよね。久しぶりです。」

お虎「何してるんだい、こんな所で。。。」

玄若「この先の神社の境内の床下に住んでおります。」

お虎「床下にって、この冬空にかい。。。兎に角、家においでよ。大分具合悪そうだけど、本当に大丈夫なのかい?」

玄若「何とか、出羽國には行き着いたけど。。。具合が悪くなって昔の仲間に会うもなにも。。。面目ない次第で。」

お虎「分かったよ、話は、家でゆっくり聞くから、兎に角、肩に掴まって!」

玄若「本当に面目ない。」


お虎の肩に掴まり、何とか辿り着く玄若。直ぐに布団を敷いて、湯を沸かし、玄若の体を綺麗に拭くと、喜三郎の木綿物の普段着を出して着替えさせる。


お虎「それで、なぜ江戸へ?」

玄若「奥州には着いてみたものの、十六両あった路銀は既に三両二分に減り。乞食博打でと変な色気を見せたのが運の尽き!!ケツの毛まで抜かれて。。。そしたら、体の方も具合が悪くなりこの有様で。」

お虎「時期に喜三郎さんも戻るから、そしたら広い二階に移ってもらうから、精の付く物を食べて体を治して頂戴。」

玄若「最近は、お冬の夢を見るんです。あいつが、俺の胸に乗って来て、取り殺そうとしやがる。」

お虎「まぁ〜。そんなのは病から来る気鬱だよ。体を治したら一緒に治るからさぁ。兎に角、静養しなよ家で、ゆっくり。」


喜三郎が帰宅して玄若を担いで二階へ上げて、玄若の看病をお虎が行う。しかし、玄若は良くなる様子は無く、日増しに、お冬の影に苦しめられている。


玄若「お冬!確かに俺がお前を殺したが、悪いのは喜三郎とお虎なんだ!あいつらに騙されて、そそのかされて、お前に手を掛けたんだ。

可愛い息子が生まれたばかりなのに、俺は本当に後悔している、殺したのは喜三郎と、お虎にそそのかされてからなんだ!許してくれぇーお冬。」


うなされて狂った様に譫言を話す玄若に、お虎も喜三郎も困り果てていた。やるしかない!!お虎は強い決意をします。


お虎「二階の玄若さんにも、困ったわねぇ。人に聞かれたら、大変な事になるわよ。」

喜三郎「そうわ言うけど、どうするつもりだ?!お虎。」

お虎「二人、揃って外出している時に、あの調子で、島抜け!島抜け!って騒がれたら、私たちは一貫の終わりだよ。

殺すしかないねぇ。お冬さんの亡霊に取り憑かれた玄若さんを助けると思ってやろうよ。」

喜三郎「とは言え、人ひとり殺したら、長役や大家に知らせて、厄介な事にはならないか?それにどうやって殺すんだ。」

お虎「ご近所さんには、私たちが、玄若さんを看病していると知れてるから、病死させるしかないねぇ。」

喜三郎「病死させるって。。。???」

お虎「私が小伝馬町の牢屋に居た時に身に付けた技があるから、お前さんは、玄若さんの足を押さえてくれていれば、いいだけだよ。直ぐに終わるから。」


お虎は、小伝馬町の女牢で、お嬢お兼を殺したあの方法で、玄若を窒息死させる事を決意します。

真夜中、例によって玄若はお冬の夢にうなされている。手桶に水を溜めて中に手拭いを湿らせて、二階へと上がるお虎と喜三郎。

喜三郎に足を押さえさせて、お虎が玄若の胸の上に乗って、足で玄若の肩辺りを押さえ込む。そして、濡れた手拭いで鼻と口を押さえた。

もの凄い形相で目を見開き、白目から血管を浮き上げる玄若、そして声も立てずに直ぐに果ててしまった。


お虎「ねぇ、簡単だろう?、あとはこうして、目を塞いでやれば、いいのさぁ。私が明日朝早くに大家さんに、玄若さんが死んだと伝えて、焼場に持って行こうよ。」

喜三郎「寺はどうするんだ?」

お虎「湯島の根生院に墓を頼もう。元はあそこの納所なんだから、ただ、玄若だとは言わないよ。島抜けの話が聞こえてるだろうから。」

喜三郎「お前は、どんどん強くなるなぁ。」

お虎「女も長脇差の女房になって、三十近くなると、太くなるのさぁ。」


島抜けの仲間の中で、玄若が一番最初にあの世へ送られた。お冬を殺した、その時から、こうなる運命だったのかも知れない。



つづく