銚子の飯貝根村の浜に打上げられた五人。船が流れ着いていないか?勝五郎と庄吉の二人で、二里四方を見て廻りましたが船は在りません。


勝五郎「喜三郎さん、船も二種の神器も見当たりません。食糧が無いのが困りましたね。」

庄吉「親分!勝兄ぃ!食い物は、取り敢えず、アッシが、人家を探して調達して来ますが、玄若さんは大丈夫ですか?船酔いにしては、衰弱が激しいですよ?!」

お虎「玄若が衰弱なんて上手い事言うわねぇ、三日月小僧!!玄若さん、顔色が本当に悪いわよ。」

玄若「島に送られた時よりも、酷いシケだったから、船酔いしただけです。少し休めば、復活しますよ。娑婆に戻れたんだから。」

喜三郎「取り敢えず、あの漁師小屋に隠れ様。庄吉、すまないが飲み水と食い物の調達を頼む。そして、五人で居るのは今夜限りにしよう。

そうしないと、目立ち過ぎるぜ!手配書が廻ったら一発で捕まるぜ!!全員特徴が有り過ぎ。その前に銭を分配しておこう。全部で六十両あるから、等分で一人十二両だ。」

勝五郎「喜三郎さんは、どうなさいます?」

喜三郎「折角、下総に着いたんだから、皆次の親分と、兄弟分の倉田屋の文吉ドンに逢って、礼を言って無事を知らせたい。

あぁ、それと具合が悪そうだから、玄若は俺とお虎が面倒を見るから。。。勝五郎さんはどうするねぇ?」

勝五郎「まず、女房子に逢って島抜けした事から、お熊婆と湯屋十の二人が親父の仇だから、これを討つ話もします。

そして、二人に今生の別れをしたら、お熊婆と湯屋十を叩き殺して、お上にお畏れながらと訴えて出ます。それさえ済んだら思い残す事はねぇー、潔く磔になる所存です。」

喜三郎「そうかい。庄吉はどうするねぇ?」

庄吉「アッシは勝兄ぃの仇討ちを手伝います。兄貴が磔ならアッシも最後までお伴します。」


そう言って、五人はまず、三対二に分かれた。喜三郎とお虎、そして玄若の三人は皆次に会う為に土浦を目指して出発し、勝五郎と庄吉の二人は江戸表は千住の宿を目指した。


皆次「本当に、喜三郎かい?お前が八丈に流されたと聞いて、二度と生きては再会できぬと、諦めてたが、こうして逢えるとは。。。夢のようだぜ!それで、お連れさんは?」

喜三郎「親分、突然逢いに来たりして、ご迷惑だったかもしれませんが、こいつが、アッチの女房でお虎と申します。

そして、こちらの僧侶は、湯島の根生院の納所で玄若さんと仰っしゃいます。二人とも三宅島からの島抜け者です。」


最初、皆次は見知らぬ女と怪しい坊主を連れて来たと言う喜三郎に困惑していたが、芝山の仁三郎の一件から江戸浅草での隠遁生活。

三日月小僧の庄吉と小菅の勝五郎との出会いから、五人での島抜けの話を丁寧にすると、流石、俺が漢と見込んで子分にした野郎だ!と、皆次も今の喜三郎を理解するのに時間は掛からなかった。


皆次「土浦も、形ばかりは俺が親分だが、実質は代貸の初五郎が一家を仕切っている。近く正式に引退して、盃を直し、隠居でもするか?と、思っている所だ。

ついちゃ、喜三郎!お前に、これを譲ろうと思ってなぁ。お前、これが大そう気に入っていただろう!?」

喜三郎「これは、幡随院長兵衛のキセルとタバコ入れじゃねぇーですかぁ?!こんなもん、頂けませんよ。」

皆次「一足お先の形見分けだ。その代わり、お前からも、ワシに何かくれぇ。」

喜三郎「このタバコ入れとキセルに代わる物なんて、持ち合わせがありませんよ。」

皆次「何でもいいんだ。百両のカタに編笠一蓋ってやつさ。お前が日常使っている物でいい。それを使うとお前を思い出せるじゃねぇーかぁ。

だから、そのキセルとタバコ入れで煙草を飲む時は、逆に俺の事を貴様には思い出して欲しいんだ。何か年寄臭せぇが、人は段々と、そんな風になっちまうもんだぜ、喜三郎よ。」


喜三郎「すいません、じゃぁこの革財布と根付を置いて参ります。これで、とうでしょうか?」

皆次「いいよ、甲州モンの印傳の財布(せえふ)に、猿(ましら)の根付かぁ。こいつはいいぜ、この猿観るとお前を思い出す。」


喜三郎が流す大粒の涙が、幡随院長兵衛のタバコ入れを濡らしていた。土浦に二泊すると、玄若は体調も良くなり、二人とは別れて旅をしたいと言い出した。


玄若「佐原の親分さん、お虎さん、何から何までお世話になりました。もう大丈夫ですから、これからは一人で、生まれ故郷の出羽國は羽黒山へ、奥州路へと参りたいと思います。本当にお世話様でした。」

喜三郎「大丈夫かい一人で?」

玄若「ハイ、お冬の供養をしながら、参る所存ですから、一人じゃありません。何か、親分と土浦の親分を見てて、そう思う様に成りました。」

喜三郎「そうかい。」

お虎「変な物、喰わないようにして、体を大事にねぇ。」

喜三郎「俺たちは、二人で二十両ありゃ足りる。お前にあと四両はやるから、旅の足しにしてくんねぇ。」

玄若「最後の最後まで、ご親切に。一生忘れません。親分!お虎さん!お達者で。」


喜三郎とお虎は土浦で、玄若と別れて、八日市場の倉田屋文吉を訪ねる事にします。文吉からも、皆次に負けない手厚い歓迎を受けて、すっかり島の垢を落とした二人は、其処から二人の出会いの地、成田へと向かいます。

成田では、海老屋に泊まり主人に挨拶をし、今では二人が夫婦になったと報告をし、新勝寺へとお詣りをしてお不動様のご利益を頂戴します。

そして海老屋で二泊してから、船橋街道を抜けて、江戸表へと参る事になる喜三郎とお虎。この道中でも、二人を大事件が待っておりました。



つづく