山田惣右衛門は、感応院で「若君の位牌」を手に入れた翌日は、叔母の家から若松屋と高蓮寺を、四人で手分けをして訪問した。
惣右衛門と猿の三次は若松屋を、そして神山左門と辰三の二人は、例の位牌を持参して高蓮寺を訪問する事にした。
山田「お久しぶりです!山田ん所の、惣介です。若松屋の旦那、女将さんは御在宅でしょうか?」
主人「惣右衛門さんの息子の惣介さんですか?お懐かしい。何年ぶりだろう?立派になられて。。。おい!婆さん、惣介さんが見えたぞ!」
女将「惣介さん、本当に立派になられて。旗本屋敷に仕官されて、お侍だと聞いていましたが、今は何をされているんですか?」
山田「今は江戸に居りまして、商売をしております。こいつは、番頭の三次といいまして、若松屋が昔通りに有ったもんで、懐かしくて寄らせて頂きました。
若松屋さん、奥さん、お元気でしたか?亀澤村に来たのは二十二年ぶりで、だけど、村は変わりませんなぁ。」
主人「どんな商売をなさってますか?惣介さんは?」
三次「私どもの主人は、越前屋と言う廻船問屋を営んでおりまして、間口は三軒半、蔵も三ツ前ありまして、それはそれは繁盛しております。」
主人「そうかねえ、惣介さん。えかく出世なさって、何の御用で、亀澤村なんぞに来なさった?」
山田「父母の菩提寺にも無沙汰しておりまして、まずは、叔母上に挨拶をと思って罷り越しました。
私も40を過ぎて、そろそろ故郷に戻って隠居暮らしなどをと考えており、蓄えのあるうちに、こちらで田畑を買いまして、小作人を置いて暮らそうか?などと算段しております。」
主人「そうでしたかぁ、亀澤村へ戻りなさるかぁ。それはめでたい。」
そんな会話をしていると、托鉢の僧侶が玄関から入って来た。
坊主「若松屋さん、また、寺へ参詣をお願いします。」
主人「すまんがぁ、常念さん、また寺へ参るから今日はこれで。。。」
山田「あのー、ご出家?もしや、高蓮寺の仁助さんじゃありませんか?」
坊主「仁助と、拙僧を俗名で呼びなさる貴方は?どなたですかなぁ?!」
山田「昔、亀澤村に居た惣右衛門の倅の惣介です。」
坊主「惣介!お懐かしい。まだ、おしめをしていた時分から知っている惣介さんは、今、お幾つですか?」
山田「もう、四十二の厄年です。仁助さんは?」
坊主「こちらは、七十を超えて七十一になります。」
山田「仁助さん、今はご出家なんですね?」
坊主「還暦前に出家して、頭を丸めたのよ、高蓮寺は、居候から寺男として三十年から居たからなぁ、最後にご奉公だ。今は常念と言います。」
山田「そうだ、昨日、感応院に行ったら留守で、奥さんのサワさんは、昨年、とんだ事で亡くなったと知り、お線香を上げて来たんだよ。」
坊主「サワさんは、本に気の毒だった。去年の十一月の末に、感応院が大坂へ出かけて行った、二、三日後に殺されてぇ。。。
サワさんは、本に気立てのよい、武家奉公なさとるから、凛としたお人じゃった。息子が国太郎ちゅうて、えかく素直で働き者の良い子じゃったが、あれも十五で家出した、感応院の弟子に成って坊主の修行しとったのに。」
山田「伝助さん、じゃなく、常念さんは、サワさんの息子さんもご存知なんですか?」
坊主「あぁ、サワさんの息子は、二人ともよく知ってますよ。」
山田「二人?とは。。。どう言う事ですか?常念さん?!」
坊主「あれは、赤穂浪士の討ち入りが有った年。同じ極月のもう月末じゃった。サワさんが死産をしたちゅうんで、おさん婆さんが、
炭の消し壺にやや子の死骸を入れて居て、俺がそのややの死骸を高蓮寺に埋葬して、和尚さんに回向して貰ったから、よー覚えとる。
それから、何日もせんのに、国太郎がおさん婆さんとサワさんの家に現れて、ワシはてっきり双子で、片方が死産じゃったと思うていたのよ。」
あまりに衝撃的な、仁助こと常念の証言に驚いた山田惣右衛門と三次は、直ぐに、常念と共に高蓮寺へ。そこには、神山左門と辰三も居て、位牌を和尚に見せていた。
まず、和尚によると、この位牌を書いたのは先代の和尚で、位牌の字から間違いない。また、常念の証言通りに、寺の無縁墓地を掘ると、おさん婆さんから渡された消し壺が出て、中には幼い子供の骨が入っていた。
寺には、五両を渡し後日、紀州藩か幕府よりこの消し壺の遺骨を引き取りに来るので、それまで丁重に保管する様に指図をして、一旦、四人は若松屋へ戻った。
若松屋「私も常念さんは、サワさんが双子を産んだと話していたんですよ、大坂の天一坊の騒ぎを聞いて。。。」
山田「天一坊の噂は、江戸表まで轟いていますからなぁ。将軍様の御烙印とか。感応院も大出世ですなぁ。」
そんな会話の最中に、若松屋の孫が客間に入って来た。年は八つか九つで、片手に本を持っていた。
若松屋「駄目だ!ヨシ坊。その本はお客様の忘れ物だ!返しなさい。見てもお前には分からないだろう。」
山田「何の本ですか?」
若松屋「占いの、易者が見る本のようなんですが、そのサワさんが殺された頃に来た変な客の忘れ物なんです。」
山田「変な客?!」
若松屋「そうなんです。五日間部屋を前金で貸したんです。その客に。そしたら、その男は感応院に行きたいと言うんです。
そして、感応院と会った翌日、今度はうちに感応院が来て、酒肴で宴会をして、一旦、翌日、感応院を連れて、その男は大坂に行ってしまうんです。
もう部屋は使わないのか?と思ったら、二日後の最後の晩に戻り一泊したんですが、なぜか、夜中八ツに味噌汁と握飯を食べて、出立したんです。妙な客でしょう?それが、忘れて行った本が、コレなんですよ。」
山田惣右衛門は、その本を見て二度ビックリ!!本の最後の頁に『芝源助町 赤川大膳』と書かれていたのだ。
惣右衛門、若松屋に無理を言ってこの本を預かる。この言い訳が、凄い。最初は占いに興味があるからと言って、若松屋が客の物だと言うと、
俺が江戸に持ち帰り持ち主に直談判するからとまで言って、銭を二両、若松屋の女将に渡して、旦那を黙らせるのだった。
アさて、叔母に別れを告げて、墓守りを頼み更に三両渡して、山田惣右衛門は二つの証拠品を持参して江戸へと戻ります。
そうなると、いよいよ、次回からは大岡越前守忠相が、天一坊一味の確信に迫る!これからが、面白いのだが、今回はこれまで。
つづく