アさて大坂城代屋敷での一件から、十日が過ぎて大坂中が、『御烙印天一院御坊』の噂で持ちきりとなり、
一目天一坊を見ようと、野次馬が更に増えて増えて、長町島屋前には、テキ屋が屋台を出すわ、市が立ち物売りが露店を出すわで、お祭の様な騒ぎになっていた。
そんな島屋に、獣の皮のチャンチャンコを着た浪人風の五十を過ぎた、髭だらけの熊みたいな男がやって来た。
男「六之助と喜三郎が居るのは、分かってるんだ!!箱根の親方が来たと、言え。」
門番「誰だ!貴様は?!」
男「だ・か・ら、ここに、水戸の浪人と鍋島の浪人が居るだろう?あいつら二人と、十年ばかり前に、東海道で一緒に仕事をしていた仲なんだ。」
門番「だ・か・ら、名前と在所を申せ!!」
男「箱根山は老ヶ平の山本棟庵だ!そう言えば分かるから、取りつげ。俺をゾンザイに扱うと、お前らが後から叱られるぞ!」
門番が、変な浪人が来ていて箱根の老ヶ平から来たと言うので、流石に、赤川大膳(藤井六之助)と山村甚之助(蝶々小僧喜三郎)は驚いた。
あの小田原で、藤堂藩の一万両を盗んで以来の再会だから。流石に、大膳が出るのはまずかろうと言う事で、山村甚之助が探りつつ、軒庵の応対をする事になった。
甚之助「親方!お久しぶりです。どうして、大坂へ?」
棟庵「箱根の一万両の一件で、俺は西へ逃げて、六之助とお梅は東へ逃げたんだ。俺が元々、大坂に逃げて、こっちでまた胡麻の蝿を始めていたら、
お前と六之助が島屋に来ていると、箱根から連れて来ている権八?知ってるだろう?権八が、お前と六之助を見たと言うんで、一ヶ月前に来てみたら、
『徳川天一坊旅館』として、八代将軍の御烙印だと大騒ぎになってやがった。最初は訳が分からなかったが、大坂城代と対面したと聞いて、ピンと来た。
天一坊ってのは、六之助とお梅のガキだろう?紀州の亀澤村の庚申堂で産んで、直ぐに里子に出したと言う、そのガキが天一坊だろう?
喜三郎、六之助に会わせろ!言いたい事があるんだ。今も胡麻の蝿の俺が言っても、聞ちゃあ貰えないかもしれねぇが、六之助に直接話しがしてぇ、ここに連れて来い。」
そうまで言われた山村甚之助、こと、蝶々小僧の喜三郎、全部棟庵がお見通しだと大膳に伝えて、奥の間へ一緒に来るように伝えた。
言われた赤川大膳、金の無心か?仲間に入れろと言うのか?面倒な存在になるんなら、サワ同様に消してしまうか?思案しながら、奥へと進む大膳でした。
大膳「親方、お久しゅう御座います。で、どんな御用でしょうか?」
棟庵「今、喜三郎にも話したが、あの天一坊はお前さんのガキだよなぁ?!嘘言うなぁ、俺様はお見通しだ!!」
大膳「その通りだと答えたら、親方はどうなさいます?」
棟庵「どうもしねぇが、ここいらで御烙印ごっこは辞めて、解散しないか?」
大膳「辞める?もう、絵図の通りに九分九厘完成しているのにですか?」
棟庵「確かに、これだけの絵図だから仕込みにも、たいそう銭が掛かっているのは、俺にも分かる。だかなぁ、命あっての物種だぞ。
大坂や紀州の幕府関係者は、大坂城代、東西町奉行、そして紀州の國家老程度の役者だから騙せたんだよ。
これから江戸に行ってみろ、老中首座、松平伊豆守と江戸南町奉行大岡越前守など、など、キラ星の如き切れ者が、お前らの悪事を追及する。
俺如き箱根の胡麻の蝿に見破られた天一坊なんだぞ!!露見するとは思わないか?あの一万両の時もそうだったろう?
大久保安芸守ですら、あの手配りだったじゃないか?知恵伊豆や越前は、もっともっと凄腕だぞ!!それでも、お前達はやるつもりか?」
大膳「既に、後戻りはできない仕儀にて、お墨付も形見も本物なれば、このまま天一坊を御烙印にして、万に一つも露見する様な失敗(へま)は致しません。」
棟庵「そうかぁ、悪党の先輩の忠告、聞いてはもらえぬか?ならば、銭で型を付けるしかないかなぁ?」
大膳「承知仕った。百両でどうですか?親方。」
棟庵「寝言を言うなぁ。五十、百の銭なら今の胡麻の蝿の稼ぎと一緒だ!箱で、二つは欲しい。できれば三つ。」
大膳「分かりました。しかし、今直ぐには無理です。取り敢えず、今夜は食事などなされて。。。」
棟庵「その前に、天一坊とやらに逢わせてはもらえぬか?」
大膳「それは、御意しかねます。大坂城代ですら、御簾内から声を掛けただけですので。」
棟庵「分かった、取り敢えず、馳走になる。ただし、俺を殺そうなどと考えるな?ワシが戻らなぬ時は、幕府に告発状が届くからなぁ。
俺をここで消したら、お前ら全員磔獄門!!分かったか?毒を盛ったり、寝込みを襲ったりすると、自分の首を締める結果になるからなぁ、夢夢、忘れる事なかれ。」
山本軒庵は、その日、酔い潰れるまで酒を食らって、翌朝、二千両の証文を赤川大膳に書かせて、二日酔いのまま、駕籠に乗り帰宅した。
つづく