かくして、一味の大望は夢と消えでしまった訳ですが、取締る側の幕府にとっては、百姓一揆や先の島原の乱の様な地方に於ける反乱ではなく、
江戸表を中心に、駿府、上方の同時多発テロであり、六千人近い武士がこれに動員され、親派の贔屓・タニマチを加えると、更に数や規模がデカくなる。
更に、何とも一味は、紀伊家、紀州大納言様の威光を利用した上での謀反を企てており、詮議には尚更、慎重さと鋭さが求められていた。
そこで、時の江戸町奉行、石谷右近将監は、一味に関係した罪人の留置、調書の作成などには協力したが、この件の裁きに関しては、幕府から直々に、松平伊豆守に全権が一任された。
さて伊豆守、直ぐに評定所を『由井張孔堂の乱』特別捜査本部にして、自らここに泊まり込んでの吟味に掛かった。そして、一番最初に取り調べする相手は、勿論、丸橋忠彌であった。
伊豆「弁慶堀以来であるなぁ、丸橋氏。伊豆です。これより、私が直々に貴方の取り調べを担当します。」
忠彌「誠に、久々の対面、伊豆様にあらせましては御勇健に入らせられ、恐悦至極に存じ候。」
伊豆「この度は、敵味方に分かれてになりますが、貴殿並びに由井張孔堂は、十数年来の大望を実行せんとなされしも、時至らず残念な結果になりましたなぁ?」
忠彌「仰せの通り、我々の大望、時至らず。そんな訳でかくも浅ましい姿での対面をお許し下さい。また、拙者の心中の無念も合わせてお察し下さい。」
伊豆「生け捕られし者に対する扱いは、昔、源義平、悪源太が石山にて捕らえられて、清盛の前に引き出された時から、この様な仕業に御座る」と、言って知恵伊豆が笑う。清盛気取りか!?源氏のくせに。と、忠彌は思っただろうか?
伊豆「そんな訳で、貴方の取り調べは、私が担当します。既に大望は夢と消えたんです。だから、隠さずに全てを白状して下さい。
悪源太義平の様に、黙秘して、獄門晒し首にされた後、雷の化身になって復讐するとか言うのは無しですからねぇ!?
あっさてぇー、あなた方一味は、事ある毎に紀州大納言様の威光をチラつかせて謀反の同士を集めていますよね?
生け捕られた連中から、その様な書状も出ていますが、この件はどうなんですか?仲間に元紀州藩の藩士も居ますよね?!
そこで単刀直入に尋ねるます。紀州藩が、この謀反に関係しているんですか?」
忠彌「その義なれば、浪人たちを大望に入魂させる目的で、由井正雪が一方的に利用したに過ぎません。
ですから、紀州大納言、並びに紀州藩は一切関知しておらず、その件に関しては被害者であって、大望に加担する者ではない。」
伊豆「そうですかぁ。あなた方や由井正雪が、江戸紀州藩邸へ出入りしている事実を、掴んでいるんですけどねぇー。」
忠彌「それは、後に一味に加わる関口隼人、牧野兵庫の両人と連絡を取り合う為に藩邸へ出入りしたまでの事、
それ故に我らは、伊豆様もご存知の、三浦長門守殿が両人に暇を出された後は、藩邸へは出入りしておりません。」
伊豆「ならば、話を変えましょう。あなた方一味の連判状。貴方の御内儀が、捕物騒ぎのどさくさに焼き捨てたあの連判状!あの中に在った名前を知りうる限り、教えて欲しい。」
忠彌「その件でしたら、妻の大手柄なれば、あの世の由井正雪も褒めておりましょう。さて、その連判状、多数の同士の名前が在ったと思いますが、
謂わば殆どの血判した同士は、足軽です。私は会った事も、見た事すら無く、その者の名前など知りません。
伊豆殿は聡明故に、一度名を聞いて顔を見れば、家来を足軽雑兵に至る一人一人まで記憶しておられましょうが、凡庸な拙者には無理で御座る。」
流石にこれには、松平伊豆守、忠彌の返事にイラッとした表情になり、語気を強くして質問した。
伊豆「ならば、大将格の面々の名前だけでも語られよ。」
忠彌「丸橋忠彌は生け捕られはしましたが、武士に御座る。それこそ、其処元が仰られた頼平の時代より、武士(もののふ)は仲間を敵に売り渡したり致しません。
アッ!一人間違いなく血判した同士を思い出しました。弓師の藤五郎と申す者です。拙者に、二千両、軍用金を調達してくれました。」
松平伊豆守は、丸橋忠彌がおそらくは何も語らないと思いつつ、配下のMr.拷問、山崎厚保人に命じて、責め殺します。
実に二ヶ月。あらゆる拷問に掛けるのです。そして忠彌が絶命するまで、伊豆守は山崎に日に二回、明け六ツと暮れ六ツに尋ねます。
「丸橋忠彌は生きているか?」と。
忠彌が、喰らった拷問、石を抱く、水責め、火責め、歯抜き、爪剥ぎ、牛裂き、蟻の戸渡、そして最後は瓢箪責め。
つづく