江戸表では、日夜、正雪、柴田、忠彌の作戦会議は続いていたが、江戸城火薬庫への仕掛けなど、最後の詰めが予想以上に手間取り、未だに、準備は十のうち六から七程度の完成度であった。
そこで、正雪は上方の動静を探り、各大将の褌の紐を締め直す意味も込めて、自ら檄文を認めて、有竹八蔵を使者として上方へ送る事にした。
飛脚のなりに身を変えた八蔵の着物の襟に縫い込まれた正雪の檄文。八蔵は、口入屋を介し本当に飛脚問屋に雇われて、実在の速達文を江戸から上方へと運んだ。
大坂堺で、隠蓑の飛脚業を終えた有竹八蔵は、その足で有馬へと急ぎ、湯治を装って長逗留中の吉田初右衛門、金井半兵衛と対面。
互いの無事を喜び、早速、正雪の檄文を襟から出して見せると、引き締まる思いを口にする二人は、読み終わるとそれを焼き捨てて、これに応えて返書を認めた。
他人に見られたくない手紙は、読み終わったら焼くべし!焼くべし!焼くべし!
その返書を再び襟に縫い込む八蔵。その足で翌日、有馬から大坂中之島を経由して、淀川を三十石舟で京へと上った。
京では、三条に居るはずの加藤市右衛門、熊谷三郎兵衛を訪ねると、加藤から「途中、熊谷に会ったか?!」と、尋ねられる。
しかし、早飛脚同士の道中だから、お食事処に居たなど、会わない会えない事も有ると、その場は納得した二人だったが、酒を酌み交わし、互いの無事を語り、日にちの話になると、
熊谷が、江戸へ戻っていない事を不審に感じ始める二人。そして、軍用金の残高を見て、加藤がやっと気付く。熊谷、逐電せり!!と。
これは一大事!!
京、大坂の張孔堂の一味に緊張が走る。あの、熊谷三郎兵衛が一味を抜け、逐電せり。単に逃げたダケなら捨て置くが。。。
訴状を持って熊谷、自身の延命のみを願い出て、一味の構成、作戦、配置、全てを幕府に話してしまうと、この計画は、一瞬にして水泡に帰す。
直ぐに、有竹八蔵は、京を経って江戸へと向かった。そして、最初の難所、尾州天竜川の渡しに差し掛かる。しかし、三日前からの大雨で川は止められていた。
渡りたい!渡れない!
有竹八蔵は、早朝日の出前の七ツにここに着き、増水した川に縄が張られて止められているのは分かっていたが、兎に角、『江戸へ報告を!』功を焦ってしまった。
縄の囲いの外に、たまたま、一艘だけ舫ってある舟を見付けてしまった。そぉーっと近く八蔵。真っ暗な中は流石に漕いでは行けず、明け六ツ、烏カァーで夜明けを待って漕いで出る。
すると。。。茂みから船頭達が、「本当に、掛かったぞ!捕まえろぉー」と、両対岸から声が掛かる。八蔵は盗んだ舟が公儀の罠だと、舟を漕ぎ出してかは知るのだが。。。
もう、由良助である!!
ところがこの八蔵、なかなか落ち着いていて、まず、襟に隠した返書を取り出し、細かく千切って食べてしまう。これは張孔堂で教えられた極意で、焼き捨てられぬ時は喰え!なのだ。
力の限り漕いではみたが、八蔵の船頭の腕前では、玄人には敵わず、もう、舟に飛び移って来る!!相手は多勢、殺せ!殺せ!と生っている。
八蔵、飛脚のナリをしていたが、ハサミ箱を担いでいるその竿は仕込杖。遂に、この抜身を抜く時が来た!と、本身で斬り合う覚悟を決めた、その時!!八蔵、張孔堂正雪の言葉を思い出す。
愚かなるは、小事に拘りて、大事を失う事なり
そうだ!ここで、あの船頭たちを本身で斬り殺したら、それこそ、公儀にお墨付きを与えるだけだ!!
有竹八蔵、ハサミ箱を脇に置いて土下座。仕事をしくじりたくないだけです!!と叫びながら、船頭たちに、棒で何十回も打ち打擲されて、頭を割られ血を流し、着物も全て剥がされました。
すると、それを見ていた、船頭の親方と思われる老人が、「そいつは、伊豆様の言う、鼠じゃねぇー」と船頭たちを止めてくれた。
そして、「あんちゃん!お前さんが悪いんだぜ、渡し止めを、縄超えて渡るのは法度だ。命は助けてやるが、ハサミ箱と着物は、伊豆様に見せねぇと俺たちが仕置きされる。
今日の所は、お前さんが侍じゃなくて、コソ泥だった事は分かったから、身の不運と思って、帰ってくんなぁ。」
有竹八蔵は、親方に礼を言って全速力で、江戸へ向かう。ハサミ箱は知恵伊豆に見られたら、仕込みと即、バレてしまうに違いない。
あの親方、知恵伊豆にどんな感じで叱られるのか?と、想像すると八蔵は、少し心苦しくもあるのだが、正雪には、知恵伊豆に勝ちましたよ!!と、報告したい気持ちだった。
さて、ほぼスッ裸の八蔵。流石に、道中は乞食のふりで進めたが、箱根は越えられない。仕方なく、三島の先の松原で、乞食のふりして鴨を待った。
ネギ背負った奴が来た!!
人の良さそうな飛脚が来た。物乞いするフリして、松林に誘い首を締めて殺し、飛脚の着替えとハサミ箱、懐の金子も頂いて、江戸へと帰る。
直ぐに張孔堂へ戻った有竹八蔵、天竜川では、知恵伊豆が仕掛けて来た事と、仲間であった大将の一人、熊谷三郎兵衛が既に逐電した事を伝えると、江戸の一味に衝撃が走る。
特に、正雪、忠彌の驚きは尋常ではなく、この有竹八蔵の報告が、作戦が100%練られる前に一味を行動へと走らせるのだった。
いよいよ、大団円が近いのか?!
つづく