忠彌の母・藤枝の言葉は、正雪、柴田両人の五臓を貫いた。二人は、藤枝に「母御前、御意に。」としか言えなかった。
そして、今は看病が一番大切です、薬を飲ませて、体から出る悪い汗を拭いましょう。とだけ答えて、紛らわせるしかなかった。
そして、正雪は思った、また、この大望を失敗できない理由が、また一つ増えてしまったと。
意識朦朧とした状態で三日、四日目の昼に、忠彌は漸く目を覚ました。まだ、頭がボーッとして立つとフラフラ立ち眩みを覚えたが、六日目からは普通に食事が取れる様になり、八日目に全快した。
その間、忠彌の妻が彼を献身的に看病してくれた。そして忠彌が全快すると、この八日の遅れを取り戻すべく、これまでは張孔堂で持たれていた秘密会合が丸橋邸で連日行うようになる。
そんな秘密会合の内容を、忠彌の妻がある日、偶然立ち聞きしてしまう。これまでも、義母藤枝から、もしかすると、忠彌は長曽我部の恨みを晴らす為に、幕府に謀反をと考えるやも知れぬ、と聞かされていた女房。
それが、誠に謀反を企み。しかも、張孔堂正雪、柴田三郎兵衛両人と共謀しての事と知り、藤枝から聞いた噂話とは比べものにならないリアルさに、恐怖を感じて、遂に、女の分際で!と、離縁、手討ち覚悟で夫・忠彌に尋ねるのでした。
「地雷火って何?」
盗っ人料簡で盗み聞くとは!!と、烈火の如く切れる忠彌。たまたま、耳に入ってしまったが、自分の仕える夫の、それが大望ならば、聞かないでは居られないと言う妻。
意外な妻の言葉に、少し冷静に考えた忠彌は、もうサイは投げられた、ルビコンは渡ったと、後へは引けない胸中を語る、すると、女房。
貴方の陣羽織の紋所は、全て私が手で、刺繍を入れています。その時から、貴方の大望は、もう既に私の願いでもあるのです。
婦人の身ですから、戦場へは一緒に行けませんし、命を掛けて戦う事も叶いません。しかし、私は貴方の陣羽織の紋で、貴方と一緒に戦っているのです。
そう言われた忠彌は、正雪と柴田に許しを得て、妻に全てを話して聞かせるのでした。妻は大いに喜んで、夫の行為の善悪は論ぜず、それに従うを、正雪は貞女の鏡と思うのだった。
つづく