その日、正雪は暮れ六ツから細川越中守の家来で江戸家老、長岡帯刀(たてわき)殿と新橋金春「大和や」で面談、

更に四ツ戌刻からは、場所を赤坂に移して、鍋島信濃守の江戸留守居役主座、諫早隼人殿と料亭「みどり」での宴席に招待されていた。

朝からいつものように、本日の運気を読む由井民部之助正雪。すると、今まで体験した事がない黒い大きな陰の影を捉えます。明らかに吉兆ではなく、邪気を孕んでおります。


天災か?『否!』、まさか、一揆では!?


早速、長岡帯刀との面談で、「実は、今朝の運気に、かつてない邪気を感じました。西国で大きな一揆が起きる兆候なれば、肥後熊本のご様子は?」と、いきなり切り出した。

驚いたのは帯刀だった。そのような噂すら聞いていないと答えが返って来たので、正雪も、必要以上に、座を暗くしてはと、話題を変えてこの場を収めた。

そして、次なる赤坂。また、同じように運気の話を切り出して、鍋島藩諫早隼人にも一揆は?と、言うか言わぬかのうちに、隼人から「なぜ!それを貴殿が既にお知りか?」と、驚き狼狽の様子に変わった。

実は天草の地で、切支丹が決起!九州はもとより、日本国中の浪人たちが天草に集結し、どうやらこの一揆に加担しているようだと言う。


そして翌日、細川藩長岡帯刀と、鍋島藩諫早隼人の二人の口から、張孔堂正雪は、もしかすると、天草一揆に何らかの助成をしているのでは?!との噂、憶測が諸侯の間に駆け巡った。

これは、無理からん事で、正雪自身が後に大いに反省をする事になるのだが、この正雪の予見が諸侯においては、張孔堂が並々ならん「反徳川」である!!と言う印象を決定的にするエポックとなった。


寛永十四年十月十一日、肥前天草島にて大規模な切支丹による一揆が発生する。この知らせを、前夜、鍋島の諫早隼人から聞いた瞬間、正雪は確信していた、師である森宗意軒が動いた!!と。

いよいよ、小西行長の意志を継ぐ形で、宗意軒が動くとなれば、張孔堂も、側面からでも助成したいが。。。ちと、タイミングが早い!早過ぎる。


また、その一揆軍の総大将が森宗意軒であるなら、正雪は喜んで助成したのだろうが、大将は渡邊四郎太夫時貞とかいう、十六歳の青年らしというのだ。

森宗意軒が担ぐのだから、それなりの大将の器だとは思うが。。。正雪は珍しく迷っていた。


すぐさま、肥前唐津とここ天草を領分としている寺澤兵庫頭の要請もあり、幕府も一揆討伐の援軍を組織する。老中の下知で、そんな討伐隊の中に先の細川公、鍋島公も加えられていた。

そしてこの時の第一陣の総大将は、老中板倉内膳正だった。そしてその一揆討伐軍の数、三万八千と聞いていたが。。。

更に幕府は、九州近隣の藩から石高に合わせて、一揆討伐の助成兵を現地に出させたのある。これによって当初の三万八千が、内膳正が天草に赴くと総勢は十万を超えていた。

これなら一ヶ月も掛からず鎮圧されると、幕府老中連は誰もがそう高を括っていた。しかし、一人松平伊豆守だけは、この一揆に旧小西家に仕えし浪人ドモが決起している事を察知していて、楽観視していなかった。


やがて、知恵伊豆の悪い予感が当たる。


天草の一揆軍が立て篭もった島原城は、攻めるに厳しい要塞だった。硬い岩盤の丘に築かれた城で、西と南側は海になっている。

丘の上でありながら、城壁の石垣が厚く高い。しかも、深く幅五間もある堀が、北から東へと備えられていた。

更にこの城を難攻不落にしているのが、北側の湿地帯。冬でも泥濘が続き、人馬で堀に近付く事を拒んでいた。

更に更に、城に立て篭もっている一揆軍の規模、人数、軍備、そしてこの謀略の指導者の名前、一切不明がときている。

ハナは、大群で包囲すれば、戦わずとも、交渉で解決できると踏んで幕府は、交渉力を買って板倉を出したのだが。。。当てがハズレる。裏目にでた!!


大砲、鉄砲を撃つが、遠く離れた島原城の城壁に跳ね返されて効果がない。無差別に日に四回、五回と仕掛けるも、一揆軍は音にすら驚く様子はなかった。

それどころか、十一月も半ばを過ぎると雪がちらつき。飢饉続きの九州諸大名から徴兵された兵士は、家に戻りたい!と言い出し、

十月末に陣を敷いた十万三千の兵は、現在、二万足らずとなり、城から包囲の様子を伺えば、幕府軍は完全に疲弊していると丸分かりだった。

勢い付いた一揆軍は、雪に苦しむ幕府軍に夜討ち朝駆けを仕掛けた。更に幕府軍は浮き足立ち、もう大将を変えないと、再起不能といった塩梅だった。

翌寛永十五年正月。板倉内膳正は、覚悟を決めた。幕府に対し手紙を書いたのだ、自身ではこの難局を打破できないので、松平伊豆守に指揮権を譲りたい!と。

そして、最後に一揆軍に一矢報いんが為、自身の配下二千騎と共に、北側の沼地を超えて島原城へ突撃するも、矢と鉄砲の雨アラレ、内膳正はここに討死する。享年三十七歳だった。



つづく