丸橋忠彌は、江戸に道場を出させてくれた柴田三郎兵衛と頻繁に意見の交換をしていたが、そんな中にも、民部之助の張孔堂の事が話題の中心だった。

二人とも、若いが江戸で忠彌は槍術の道場を、柴田は軍学の学問所を開設していた。そして、忠彌は二百、柴田は三百の門弟を抱えては居るが、

先にも説明したように、張孔堂に入れないあぶれた者達の受け皿に過ぎず、彼らは正雪の後塵を配している事に、我慢がならなかった。

また、柴田には、奥村八郎右衛門と言う朋友があり、この二人は互いに流派は違うが、弓術を通しての知り合いだった。柴田が北条安房守の流れで、日置流なのに対し、

奥村は、大村流の弓術の指南役をしていた事もあった。この奥村、元は松平伊豆守に支えて江戸留守居役を務めていたが、事情があり今は浪浪の身の上だった。


柴田に奥村を紹介された忠彌は、奥村にも張孔堂への不満をブチ負けた。奥村は、張孔堂の新しい諸藝師範となった由井民部之助正雪に、一泡吹かせてやるのなら、

忠彌の宝蔵院流の槍術と、奥村の大村流の弓術とを、立て続けに一対一の勝負を仕掛けて、その化けの皮を剥がしてやるのが良いと提案した。

更に、奥村は弓術を通じて、張孔堂の門弟、本吉新八をよく見知っているので、この本吉を仲介に使い、民部之助を油断させておいて、突然、戦いを仕掛けるに越したことは無いと考えていた。


二人は、江戸中の評判の張孔堂正雪に目通り願いたいと、本吉新八に慇懃に願いでて、正雪の都合の良い日に、張孔堂道場で構わないと、正雪と接見・面会を願いでた。

遂に、七月十八日の夕刻八ツ過ぎ、もう七ツになろうとしている時刻に、それは実現した。二人は、正雪に諸藝師範という役回りは、どんな立場なのか?と質問した。

それに答えて正雪、単に技を極めるだけならば、一藝の師範が居れば事たりるが、私が行う諸藝師範とは、この技に魂、心を吹き込み、より実践的で強い技、一つ上の階級に昇華された技を目指すものであると、説いた。

すると、すぐさま二人は、是非その様な稽古・訓練を張孔堂で行われているのであれば、我々も体験したいと申し出た。


まず、奥村八郎右衛門が庭に通された。奥には馬場が広がりかなり広い庭だった。新八が、様々な弓と矢を持ち来たりて、得手とする物を奥村に選ばせた。

奥村は、所謂、強弓で重い鷹の羽の矢を選び、庭脇の丸的へ試打ちを始めた。「何時でも宜しいですよ、的は二寸でも、いや一寸の的でも構わない。」と言いました。

それを聞いた本吉がニッコリ笑い。「張孔堂では、動かぬ的は使いません。」と言って、馬場に馬が引かれて来て、そこへ五尺三寸の甲冑を着た人形が乗せられていた。

更に、その人形の手足と頭・首には合計八箇所に細い鉄製の紐(現在のワイヤーハーネス)が付いていて、それを四人の門弟が器用に両手で操るのだった。

正にマリオネットを馬に乗せて操るが如く、本物の騎馬武者がそこには現れた。度肝を抜かれて、暫し無言で見ているだけの両名だった。


「遠慮なさらずとも、騎馬武者を射てくだされ奥村氏。」正雪に促され、ハッと我に返る奥村だったが、なかなか矢を射る事が出来なかった。

四人の門弟が、囃子ながら操る声に圧倒されたのもあるが、なんせこのような実践で、馬をキズ付けずに、甲冑の無い部分の人形を、射抜くなど正に神業である。

動く相手を射抜くという事は、矢が的に到達した時に、騎馬武者がどの位置に移動して居るか?これを予測して射掛けなければならない。

奥村は、目を瞑り全神経を集中させた。そして、次の瞬間、一つ目の矢が放たれ人形の脇の下の部分を貫き、二の矢は見事に兜と甲冑の間、人形の首を捉えて、人形は落馬して地面に着いた。

本吉も正雪も手を叩き喝采し、奥村の技を称えた。「素晴らしい!初めて見た、実践形式の騎馬人形相手に、見事急所を捉えて、二本続けてあの速さで当てるとは!?流石、大村流の師範は伊達じゃない。」正雪は奥村にこの上ない賛辞を贈った。


「次は私の番だ!と、忠彌が丸い球状の布が巻かれた棒を持った。「ではまずは、私がお相手を。。。」と、張孔堂一の怪力、加藤市右衛門が忠彌と対戦した。

棒が、三度、四度ぶつかる音の後、忠彌が意図も簡単に市右衛門の棒を四、五間背後に飛ばしてしまった。

次は、金井半兵衛、熊谷三郎兵衛の二人が同時に長刀と鎖鎌で対戦したが、こちらも、最初の二、三手で動きを見切った忠彌が二人の柄物を飛ばしてしまった。


この様子を見た、張孔堂正雪は、「私が相手をします。ただし、こん棒、木剣、そして柔術の合わせ技での実践勝負としたい。」

そう申し出る正雪に、忠彌は、望む所と、二尺三寸の木剣を腰に差した。これを見て、正雪はあえて一尺二寸の小太刀の木剣を選択する。

対峙した二人は、互いの間合いに相手が入るのを待って、先には決して打とうとはしません。息の詰まるような長い間合いが、二人を支配していましたが、先に若い忠彌がジレて棒で突いた!!

『待ってました!』とばかりに、ヒラりと、体を交わした正雪。小太刀で忠彌の小手を狙い叩き落そうとした、その瞬間、忠彌は棒をわざと地面に落として、逆に正雪の脇と奥襟を掴んで、頭の上に持ち上げ、石庭目掛けて叩き付けた。

これに、正雪も反応して宙で体を捻り、石庭に手を着いてトンボを切り体勢を立て直した。しかし、次の瞬間、木剣を上段から忠彌が振り下ろし正雪の頭を割りに来た。


真剣白刃取り


正雪は、咄嗟に忠彌の木剣を両掌で受け止めた。だが忠彌は読んでいた。ニッコリ笑った忠彌が、正雪の胸を足で踏み付けたのだ。後ろに三回転半して、正雪は庭の池に嵌った。


「参った!」


池の中から起き上がった正雪の声が庭中に響き渡り、二人の戦いはこうして終わった。


つづく