平之進と別れて、木曽路を進む民部之助。この別木平之進、後に、江戸表で正雪と再会し、その一味に加わり名を加藤市右衛門と改めます。
そして、正雪が反逆決起する際には、京都勢の大将として活躍する、彼の右腕となりますが、それはまだまだ、先のお話です。
さて、越後に抜けて、弥彦の山中を通っていた正雪。ここで、お約束!の山賊と出会います。この物語は、山に掛かると必ず夜。
そして、民部之助は「武者修行だから!!」と、あえて火中の栗を拾うが如く、危険を顧みず、周囲の反対を押して山へと分け入ります。
すると、必ず出ますね、妖怪、化物類いか、山賊のどちらかが。今回、越後の弥彦は、山賊の番でした。
『白井権八』の芝居に出て来る鈴ヶ森です。焚き火を囲んで、山賊が30人ほど暖を取っていました。そこへ、飛んで火に入る夏の虫!!
山賊「やい!サンピン、命が惜しけりゃ銭を全部置いて行け!」
正雪「ワシは諸国放浪中の浪人だ!銭など一文も無い。」
山賊「銭が無ければ、着物と刀を置いて行け!!命は負けといてやる。」
正雪「嫌だ!と、言ったらどうなる?」
山賊「おい!野郎ども、このサンピンに教えてやれ!!」
焚き火の輪から、血の気の多い七、八人が、刀を抜いて、バラバラバラっと正雪に襲い掛かって来たが、最初の五人の胸板に、鉄拳で当身を喰らわせる正雪。
やられた五人は、たまったもんじゃない、直ぐに泡を吹いて伸びてしまった。後の奴らは、慌てて焚き火へ戻る。
正雪「俺は、日本国中を武者修行の旅をしている由井民部之助正雪と申す武芸者だ!貴様ら野盗の類いが百や二百、束になって勝てる相手ではない!
貴様らの親方はどいつだ?!そやつと話がしたい!早く前に出ろ!?出ぬと、また、片っ端から殴り付けて、蟹にするぞ!!」
そう正雪が怒鳴り付けると、焚き火の輪の奥から、侍風の男が進み出て、手下全員に武器を捨てろ!と、命じた。
首領「どうか、命ばかりはお助け下さい。貴殿の命には、何でも従う所存にござる。私は甲州武田の浪人、熊谷三郎兵衛と申す者なり。
私がこの賊の頭目でして、三四百の仲間がおります。我らは、必ず貴方様のお役に立ちます。なぜなら、単に集まる烏合の衆にあらず。
我らは、必ず何か秀でた一藝を有すものが、集まる集団です。かく言う拙者の一藝は、日に三十里を十日走り通す韋駄天です。」
正雪「ほーぉ、三十里ねぇ。高坂甚内や怪僧伝達ほどでは無いなぁ。まだまだ、このだいぶん後に宇津ノ谷峠で登場する。さて、他にはどんな一藝の奴が居るのか?!」
拙者は、坪内左司馬、人の声色の真似が得意です。今日に首領の三郎兵衛と民部之助のモノマネをしてみせた。
次に、控えしは、私は有竹作右衛門、我は筆、これを使わせたら達筆にて、ほれ!この通り!と、矢立を抜くて、誠に見事な腕前であった。
この三人を観て正雪曰く、「お主らは、このような秀でた一藝を持ちながら、なぜ、盗賊などと言う下賤になった?!
もし、この後、私に従い、その一藝を世の為人の為に用いるならば、江戸表に来なさい!!私がお前たちを導き、必ずや正しき道を示さん!!」
一藝を磨き、盗賊を止める志ある者は、江戸に上り、本吉新八と言う者を訪ねて、由井民部之助正雪の門弟とならん事を告げて、居候しなさい。
拙者が、日本六十予州の武者修行を終えて、江戸表に戻った暁には、居候の一藝を吟味して、我が門弟に相応しい者は、同士として受け入れん!!
この後、正雪は、この山賊に楠木正成が、杉本佐兵衛と言う一藝に秀でていた男を、周囲に、なぜ?あんな奴を!?と、反対され、不思議がられながら、
ただ、ただ、泣き真似、嘘泣きが上手いと言う理由だけで、この佐兵衛を召抱え続けた、その結果、正成最大の危機を、この嘘泣き野郎が救うのである。
それは、楠木・新田連合が、後醍醐天皇を立て、足利との宇治の合戦に破れ敗走する中、楠木正成、新田義貞、が亡くなった!!
と、嘘泣きで、足利軍を騙し、比叡山で立て直し、京都の足利尊氏に奇襲を掛けて、足利勢を熊野に敗走させている、そんな故事を紹介した。
一藝山賊に、志を説いた正雪。越後から出羽、秋田、津軽、南部と回り、奥州衣川なる中尊寺の山中を、例に寄って暗い中通ると、そこにいと寂しき庵が有った。
つづく