夏目漱石の『三四郎』の中で、漱石が、三代目小さんと、初代圓遊の人物の描き方を、見事な芸談として語っています。
【引用】
小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出るものじゃない。
何時でも聞けると思うから安っぽい感じがして甚だ気の毒だ。
実は彼と時を同じゅうして生きている我々は大変な仕合せである。
今から少しまえに生まれても小さんは聞けない。少し後れても同様だ。
―― 圓遊も旨い。しかし小さんとは趣が違っている。
圓遊の扮したタイコモチは、タイコモチになった圓遊だから面白いので、
小さんの遣るタイコモチは、小さんを離れたタイコモチだから面白い。
圓遊の演ずる人物から圓遊を隠せば、人物がまるで消滅してしまう。
小さんの演ずる人物から、いくら小さんを隠したって、
人物は活溌溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい。
【参考】
三代目小さんは、漱石が愛した咄家として知られ、広い交友関係と下積み時代にドサ廻りも経験しているので、上方落語を江戸に持ち込んだ先駆者である。
一方、初代三遊亭圓遊は、「鼻の圓遊」とか、「ステテコ踊り」「ステテコの圓遊」などと呼ばれて、明治の寄席では人気の中心でした。特に、文明開化の香りのする古典の改作が人気だったらしい。
そんな演じ方も芸も違う二人、その二人を比較した漱石の芸論は、落語に限らず、あらゆる芸事に通じる真理だと私は思う。
特に、圓遊のようなタイプ、本人の個性で演じ切る芸人は色んな分野に、名人/スターとして君臨している。例えば。。。
歌手で言うと、美空ひばり。この人は、演歌もJAZZも、全てひばり節になります。それどころか?!GSブームの時代には、あの節回しで、GSソングも歌っていた。
それに対して、私見ですが、ちあきなおみは、真逆だと思います。その歌に合った歌唱と言うのか、自分の個性を歌に寄せて来ます。
また役者、これだと、三船敏郎はまさに圓遊タイプの役者だと思います。だから、やれる役には注文が付く。不器用だが、三船は三船。
まぁ、役者で売れた人は、どーしても、圓遊タイプになりますよね、高倉健も、菅原文太も、勝新太郎だって、ニンにない役はやらないもん。やらない以前に企画が行かない。
では誰が小さんタイプか?なかなかそんなメジャーな役者は思い付かないけれど、美内すずえ先生が描く「ガラスの仮面」主人公・北島マヤは、このイメージです。
千の仮面を持ち、最大公約数的に役柄に成り切る彼女の芸は、正に、三代目小さんの芸そのもので、ヘレン・ケラーを演じたら、北島マヤは消えてヘレンだけが見える!!
今、思い付いたんですが、リラダンの『残酷談義』に登場する役者も、正に、この北島マヤのようで、何をやらせても、役に完璧に成り切る。
しかし、『残酷談義』の俳優は、役を与えてもらえないプライベートな時間の虚無に襲われて、自分って誰なんだ?!に悩み、狂い、死んで行くと言う残酷が待っていましたけどね。
さて、なぜこの話をしたのか!?と言うと、圓遊タイプの芸人を語りたいんじゃなくて、三代目小さんタイプの芸人について、語りたかったからなんです。
と、言うのは、この小さんと圓遊の話を、広瀬和生さんと柳家三三師匠が、北沢タウンホールでの「この咄家を訊け!」落語会の対談コーナーで話題にしたのを、広瀬さんの本の対談ページで読み返して、
そう言えば三三師匠は、三代目小さんのような落語を理想に芸を研鑽しているなぁ〜と、ふと、感じたからなんです。
それでも、受けたい!って、圓遊的な一面も出たりしますけどね。今、人気者の演者の中では、白酒・一之輔、そして松之丞さんも、圓遊タイプだけど、三三師匠は、どちらかと言うと、小さんタイプになろうとしていますよね。
先の対談の中では、師匠小三治さんからのアドバイスが、その方向性に影響を与えていると、語っていた。
そう言う目で、咄家さんを見ると、売れている人だと、立川志の輔師匠は、最大公約数的な落語と言う面では、小さんタイプなんでしょう。
ただし、人物の描写と言う面では、必ずしも最大公約数的ではないから、そこは志の輔流の癖は有りますね。
あと、談春さんは、最近、圓遊タイプから少し小さんタイプに脱皮している感じを受けます。逆に、志らく師は昔も今も圓遊タイプ。談笑さんも圓遊タイプ。
小さんタイプの芸に引き込まれて、完璧に演者が消えると、落語は感動しますねぇ。地味なんだけどね。文楽で、人形遣いの太夫が見えなくなる!!あの感じの芸ですよ。
漱石が、三代目小さんを絶賛する気持ちが良く分かります。皆さんも、そんな体験ありませんか?背筋が、ゾクゾクしますよねぇ。
私が生で見た中で言うと、講釈師だけど、六代目神田伯龍は、そんな雰囲気でした。全く派手じゃないし、奇を衒わない芸でしたが。。。
淡々と高音の語りに引き込まれて、江戸時代に連れて行かれます。河内山も、七之助も、手品のように現れました。
現役だと、三三師匠の他だと、まだまだ、地味
で完成されてはいませんが、当代・五代小せんも、三代目小さんタイプだと思います。
皆さんは、どちらが好き?小さんタイプ?それとも圓遊タイプ?