銀南「兄さん!三両でいいから、貸して頂けませんか?このまんまじゃ、方々の掛け取りに義理が溜まったまんまで、年が越せません!
お願いします。三両が無理なら二両、いや、一両で構わないんで、貸しちゃあー貰えませんか?必ず、七草か、鏡開までには返ぇします。」
兄貴分「何を寝ぼけた事を言うんだい!お前に貸す銭が、うちに在ると思って来たのかい?お前には、既に十五両は貸してあるんだよ?
それも、返ぇーさねーで、借金を重ねようたぁーお前もいい根性しているねぇ。ろくに座敷も掛からないくせして、どーやって返すつもりだい?
細川の中元部屋のガラッポン!とか、湯島天神の富で返すなんて、寝言は聞かないよ!!返す当てがあるなら、言ってみな!」
銀南「座敷に出るにも、まずは、質から着物と羽織を出して来ないと、駄目なんです。そこは、二分も在りゃ何とかなるんで、
お願いします。頼めるのは兄貴だけなんです。利息だけでも、方々に銭入れないと、もう今晩にも首吊るか?夜逃げしか有りません。どうか?一両、いや、質草出す二分だけでも貸して下さい!兄貴!後生です!」
兄貴分「ダメだ!そんや料簡には、たとえ百文だって貸せやしねぇーぜ、今のお前ぇさんには!!帰ってくんなぁーーーこっちとら、暮れで忙しいんだ!」
銀南が、兄貴分の家を出ると、その後ろから塩を掛けられた!!
銀南(独り言)「塩なんて、撒くこたぁーねぇーだろう!畜生!先輩風吹かせやがって。。。おいら、ナメクジじゃねぇーやい。
一両や二両の端金、恵んでくれたってバチは当たらねぇーだろうにぃ。
あぁ〜ここは、中橋かぁ、良玄先生が亡くなってかは本当に来なくなった町だ。良玄先生の家に下宿して、医者修行していた頃が懐かしいやぁ。
先生からは、銀南!銀南!って、本当に可愛いがられていたけど、おいらが一本立ちする前に先生は亡くなって、奥様には、おいら、大層嫌われていたからなぁ、支度金とは名ばかりの端金で、縁切りされて、四十九日も済まないうちに追ん出されたっけ。
それからだよ、運に見放され、職を転々とするの。。。
ハナは手間がいいって言うから、おいら、大工に弟子入りしたが、力仕事は向いてねぇーから、三日で辞めて、直ぐに左官になったんだぁ。
これも、土を捏ねるのがキツくてキツくて、五日持たずに辞めた。その後は力仕事じゃなく、側(ハタ)から見てると楽しそうだったんで、絵描に弟子入りしたんだが、これが楽なんだけど、手間賃はくれない、飯も出ないから、二日保たなかった。
その後は、魚屋、八百屋は売り声がダメで、全く売れやしないし、親方がすぐ手を挙げる人で、ボウズで帰ると、ボッコボコにされてクビ!って言われた。
やっと、コブが引いて人前に出られる面に戻ったから、今度は芝居小屋の雑用に入ったと思ったら、小屋が潰れてまた無職に逆戻り。
暫くさぁ、芝居小屋ん時の支配人に誘われて、見世物小屋で働いたが、あれは阿漕な商売で、田舎者を騙して銭を巻き上げるから、性に合わず辞めたんだぁ。
そんな事をしているうちに、博打場の遣い走りみたいな事をする様になり、ひょんな事から幇間(タイコモチ)になったんだが。。。
そしたらさぁ、見習い医者時代のツテで、その当時の得意先の大店の御主人衆が、ハナは、銀南!銀南!って贔屓にしてくれたんだ。
ここで、やっと俺にも運が向いて来た!ってんで、勘違いしたんだなぁ、今の女房と所帯を持っちまった!!
その女房が、芸者か女郎を嫁にしてりゃ、俺の代わりに働かせたのに、仲居上がりじゃ、全く潰しが利きません!!ガミガミ文句を言うばっかりで。。。
おいらは「上げての末の幇間」って訳じゃねぇーからさぁ、芸もなければ、ヨイショも下手くそ!結局、お座敷が掛からなくなって、全てが左巻き。
追い討ち掛けるように、ガキまで去年生まれて、親子三人露頭に迷う寸前だぜぇ!!兄貴ん家では、銭を引っ張る口上で、死ぬとか夜逃げとか言ってたけれど、
マジで、枝ぶりのいい木を探してぶら下がるか?橋の上からドカンボコンと飛び込むか?それしかもう手が無いかもしれねぇーやぁ!!」
死神「あのぉー、お尋ねします!!貴方、銀南さんですか?」
銀南「びっくりした!!急に、物影から声を掛けないでよぉー。で、何か私に用ですかぁ?!」
死神「私は閻魔大王の遣いの者で、牛頭の鬼五郎と申します。貴方が、お金にお困りの様子だから、手助けをする様にと仰せ使って地獄より参りました。」
銀南「エッ?!なぜ、閻魔様が私なんかを助けて下さるんです?」
死神「それは、貴方が自暴自棄になって、自殺に走ろう!!と、考えているからです。」
銀南「私如きが、生きようが死のうが、閻魔様に、何が関係するんですか?」
死神「そう思いますよねぇ、確かに人間なんて、遅かれ早かれ、地獄か極楽へ来るんだから、自殺を止めて何になる!?と、思いますよねぇー。
しかし、そうでもないんです。貴方は、兎に角、正直な好人物です。嘘を付かない。だから、商売が下手くそだとも言えます。
うちの閻魔大王は、そんなバカが付く位に正直な貴方が好きなんです。特に、貴方が、バカ丸出しで欲望に対し正直で、伊勢屋のお嬢さんの腹を押して、大きな転失気をヒリ出した事が有りましたよね!?
真っ赤になったお嬢さんに対して、『耳の調子が悪いから、オナラをヒリ出す音なんて、聞こえません!!でした』と言い訳をした。
あの事件が、閻魔大王の琴線に触れ、貴方には、閻魔の救済特典!、魔界の青緡(あおざし)五貫文が提供される事になったのです。」
銀南「魔界の青ざし五貫文って、銭が貰えるんですか?」
死神「違います。何でも構わないので、貴方の望みが一つだけ叶えられます。」
銀南「閻魔様が?神様なら分かるんですよ。貧しい木こりが、池に手を滑らせて斧を落としたら、お前の斧は、金の斧かい?それとも銀の斧かい?みたいな!
木こりの正直度合いを計るような質問を投げ掛けて、心ん中を覗いて来るみたいな!そんな神様はちょくちょく居てるけど。。。
閻魔様が、15年も昔に、伊勢屋の娘の腹を押して、へをコクように仕向けてしくじり、その言い訳が閻魔様自身の琴線に触れたからって。。。願いを叶えるだなんて!?きっと何んか、裏がありますよね?!」
死神「要らないなら、権利は放棄できますけど?どうなさいますか?」
銀南「勿論、やります?!放棄なんてしません!今、すぐ、決めないとダメなんですか?家族に相談するとかは?あと、願いは何でもいいの?何でも?」
死神「何でも叶えられます。今、旬な願いがあるの知ってます?」
銀南「今が旬の願い???」
死神「大きなイチモツを下さい!!と言う願いです。ここ数日、男性の願いの、魔界の青ざし五貫文は、八割・九割がこれです。」
銀南「。。。」
死神「また、願いは今直ぐでないと、叶えられません。家族に相談は無しです。今の貴方の直感で、お決め下さい。」
銀南「分かりました。もう、決めました!!私を医者にして下さい。」
死神「エッ!変わった願いですね、分かりました、貴方を石屋にしましょう。」
銀南「違います!石屋さんじゃありません!私が成りたいのは、医者!お医者さんです。」
死神「失礼しました、医者ですね。では、早速、貴方を医者にします。ただし、貴方は、医術の知識や技が身に付く訳ではありません。」
銀南「医者の知識や技が身に付かないのに、私はどーやって、医者に成るんですか?脈もろくに見られないんですよ!!」
死神「大丈夫です。貴方には、死神を見る能力と、それを退散させられるおまじないを授けますから。
ですから、貴方は病人を医者として見るふりをして、まじないの呪文を唱えて、死神を退散させれば、医者のように振舞う事ができます。
ただし!3つだけ、守らなければならないご法度が有ります。それは、まず、魔界の青ざし五貫文の話は勿論、死神が見える事や、死神退散の呪文も、絶対に他言無用の事。家族にも喋らない様に。
次に、死神ですが、病人に取り憑く時、二つの場合があります。まず、枕元に死神が居る場合です。
これは、死神が病人の死期を見定めているので、呪文を使っても、病人は助けられません。しかも死神から恨みを買い、貴方の命に関わる不幸が起きるので、死神が枕元に居る場合は、何もせず、静観して下さい。
一方、死神が足元に居る場合は、死神を呪文を使って、退散させられます。この時には、医者らしく振舞って病人を死神から助けて下さい。
最後に、これが一番重要な決め式かもしれません。それは、万一、貴方が医者を辞めたくなった場合です。その時は、医者を辞めた!と、閻魔大王に向かって宣言する必要があります。」
銀南「秘密を守り、枕元に居る死神は静観するのは、いいとして、医者を辞める場合の、閻魔様に宣言するのは、どうしたらいいんだい?」
死神「こちらの笛を吹いてくだされば、私が貴方の元に現れて、閻魔大王に、貴方の声をお伝えします。」
銀南「何だか妙チクリンな笛だなぁ、芋みたいな形をしてやがる!!」
死神「オカリナと言う西洋の笛です。悪魔とか、鬼の類は、だいたいこの笛で呼び出すようになっております。アッ!今吹かないで下さい。私の頭から湯気が出るんで。。。」
死神「他に質問がなければ、早速、貴方を医者にしますが。。。」
銀南「何んか怖いけど、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ!鬼五郎さん!やっつくれい!」
死神「では、まず、死神が見える目にします。アブラだ、カタブラぁ、閻魔の目ぇーー!!どうです?私の本当の姿が、見えていますか?」
銀南「ワッ!何だ、お前さんは。面が牛じゃねぇーか?!お前も死神なのかい?」
死神「のようなもの、ですねぇ。次に、呪文を教えます。二度と言わないので、キッチリ!覚えて下さい。
アジャラか、木蓮、どぶロック!! フニャチンだと往生します!!
これを唱えて、柏手をパンパンと、二回叩きます。」
銀南「えぇー本当かよ!!アジャラか、木蓮、どぶロック!! フニャチンだと往生します!!、パンパン!!
本当に、こんな呪文で。。。アレアレ、鬼五郎さん!何処へ。。。あんたも、死神なのか?!」
銀南は、半信半疑でしたが、死ぬよりはマシだ!と思った。そして重い足取りで家にたどり着いた。
つづく