屑や「今、戻りました。立派なガン箱!貰って来ました。ついでに、湯灌用の剃刀と、最後にオンボ(焼場)に運ぶ為の荒縄と天秤棒も。
さっそく、らくださんを湯灌して、綺麗にしてガン箱へ移してやりましょう。通夜に来た、お長屋の皆さんに、お線香上げて、お見送りしてもらわないと!」
半次「屑や!早くこっちに来い!大家から届いてるぞ!酒と煮しめ。さっき、妾が女中と男衆で運んで来た。不味かったら、本日三回目の死人のカンカンノウだったけど、美味めぇーぞ!合格だぁ〜。
おぃ!屑や、早くこっちに来いって、湯灌なんて、そんなに丁寧にするコタねぇーって、こっちに来て飲め!俺の酌じゃ不足か!?俺が、大人しく言っているうちに、言う事を聞け?!」
屑や「湯灌が、済んだらたっぷり頂戴しますから、暫く、一人で繋いでて下さい。それはそうと、長屋の月番さんは、まだ、来ませんか?」
半次「まだ、来てねぇーなぁ、いいから、屑や!早く来い。」
屑や「湯灌の済んだらくださんを、よーく拝んで、手を合わせてやって下さい。そうそう、懇ろにお願いします。線香は後で、あっしが買って来ます。
じゃぁ、じゃぁ、折角なんで、早速、私も、お清めにお神酒を少し頂戴します。アレ?湯呑が在りますね?この家には、酒が注げるような湯呑なんて、無いはずなのに。。。」
半次「三升の酒と一緒に、妾が気を利かせて持って来た。五つ在るよ湯呑が。柄は全然違うけど、らくだが河豚を食ってた丼と、絵の色合いが似てねーか?」
屑や「確かに、絵具の色が同じですね。しかし、労働の後の酒は美味い。ハラワタに染みるなぁ〜。煮しめも、少し貰っていいすか?」
半次「食え!食え!半分は、お前ぇの手柄だ、とんすいも、湯呑と一緒に妾が持って来た、箸も使うか?俺は手で行くけどなぁ。」
屑や「タコとハス、あとハンペンも下さい。箸もお願いします。。。いい感じに汁がシュンでますね。。。ただ、酒の肴には甘過ぎません?おまんまのオカズには良い感じだけど。」
半次「屑や!お前、口が奢ってるなぁー。俺は田舎モンだから、これぐらい甘辛いのが好きだぜ。酒の味はどーだ!」
屑や「悪くはありませんが、灘や伏見の西の酒ではなく、おそらく、越後か上州の酒ですね、アッサリしていますから、進みますねぇー、俺は好みの味です。」
半次「そうか?一升は、お前が呑んでいいからなぁ。お前の唄には、それぐらいの価値は有った!俺から改めてアッパレをやろう! アッパレ!!」
月番「今晩は!らくださんの通夜は、こちらでしょうか?お線香と香典を持って参りました。」
屑や「刃入屋さん、ご苦労様です。線香と香立も持って来てくれたんですか?」
月番「久さんかぁ、いやいや、俺ん家の持ち物じゃねぇーよ、長屋の線香と香立だ、月番が持ち回りのヤツだから遠慮せずに使ってくれ。」
半次「月番!ご苦労!線香上げたら、お前も呑んで行け!呑んで行け!俺が大人しく奨めているうちに飲め!いいか?月番!
飲め!越後のいい酒だぞ!お前みたいな貧乏人は、滅多に飲めねー。。。イヤ一生涯飲めねー酒だかんなぁ。俺と屑やで、大家からブン取った戦利品だ!味わって飲め!!」
屑や「刃入屋さん、遠慮せずに呑んでって下さい。煮しめも。後から赤飯も来ますから、早いモン勝ちです。
ところで、長屋に、らくださんから鍋や丼、橋を盗られた人は居ましたか?」
月番「それが、誰も居ないんだ、長屋三十六軒、全部廻ったけど、らくだの被害にあった奴は居なかったよ、久さん!
それから、丁の目の旦那、これが香典です。長屋三十六軒、一人四文で144文。それに俺は月番なんで六文足して、百五十にしました。お改めを!」
半次「ひとひとひと、ふたふたふた、みぃみぃみぃ、よーよーよー。。。。確かに、遠慮なく頂戴するよ。」
屑やは、月番の報告を聞きながら、目を閉じて、口に酒を含みながら考えた。そして、ゆっくり目を開き、皿の赤い人参を箸で刺して頬張った。
屑や「月番さん、暫くここに居て下さい。それから、半次さん、私の推量が正しければ、もうすぐ、ここに大家さんが来ます。」
半次「何をしに?」
屑や「あの鍋と丼、そして、箸を返して欲しいと、言い出すと思います。」
半次「あれは、大家のか?大家はらくだに貸したりせんだろう?それに、お前の話じゃ、下駄を盗られて、
随分、警戒していたんだろう?鍋だけならまだしも、丼と箸まて盗られたりするか?ドジにも程があるぞ!!」
月番「それより、俺までなぜ、ここに居なきゃいけないんだよ、久さん!帰っちゃダメかい?」
屑や「訳は、大家さんが来たら、時期に分かります。それより、大家さんが来たら、上座へどうぞ!と言って奥に座らせたいから、半次さんは、こっちに席を変わって下さい。
そして、大家さんが逃げない様に、二人とも注意して下さいよ。私は、こっそり戸締まりをして、楽には外へ出られない様にしますから。
月番さんに居て頂くのは、言わば保険です。半次さんと私の二人だけだと、らくださんの様に毒に当てられかねないんでね。
でも、三人だと、そうそう簡単には仕掛けられないはずです。そこまで計算して、月番さんには、残ってもらいました。」
大家「屑や!丁の目の!赤飯炊いて来たぞ、ここを開けてくれぇ。」
大家の声がして、若衆が三人で赤飯をお盆に乗せて、小皿に十ずつ運んで来た。中へ入ると、大家はその三人を帰してから、二人に向かって言った。
大家「店子の為に、お通夜を上げてくれて、大家として、礼を言いますよ、ありがとう。ところで、ここに、私が、らくだに掻っ払われた鍋と器と箸がないかなぁ?」
屑や「在りますよ、でも、そんな所につっ立ってないで、狭いけど上がって下さいよ。大家さんは奥の上座に座って下さい。月番さんが、酒と煮しめを用意しますから。」
半次「そうですよ、旦那!ゆっくりしてって下さい、らくだに線香の一つでも上げてって下さいよ、らくだも喜びますから。。。」
半次が傷だらけの顔で、ジロッと大家を睨んだ。
大家「半次さんって言ったかい、怖い目をなさるんだねぇー。。。じゃぁ、お言葉に甘えて酒を頂こう。」
屑や「何をしていて、らくださんに鍋と器と箸何て盗られたんですか?」
大家「うちの馬鹿な女中が、井戸端で洗っていて抜かれたようなんだ。それでもハナは死人を出した縁起の悪い品だと思ったから。。。諦めてたよだけどさぁ。
器と箸は、対の物だから、一つ欠けるとどーも具合が悪い。だから、思いっ切って貰いに来たんだよ。」
半次「残念だったなぁ、大家さんよぉ!さっき、鍋と丼と箸は俺が屑やに八百で売ったんだ。もう、お前に権利はねーよ!!」
大家「それは盗品だ!転売されても、元の持ち主の物になるはずだ!そうだろう?屑や!」
屑や「仰せの通りです。鍋と丼と箸は、大家さんの物ですが。。。本当に、らくださんは盗んだんでしょうか?」
大家「屑や!何がいいたいんだ。私が、嘘をついたとでも言うのか?不愉快だ!ワシはもう帰る!」
屑や「まぁまぁまぁ、落ち着いて下さい、大家さん、私はこの件で、少し腑に落ちない事が有るんです。まず、らくださんは、なぜ、鍋・丼・箸なんて盗んだんでしょう?」
大家「知るかぁ!らくだの料簡なんて!」
屑や「らくださんは、毎回、短絡的な理由でしか盗みは働かない。謂わば、本能に任せて欲望のまんま盗まみます。
食べたい物を店先で盗み、食べ物以外の盗んだ物は直ぐに質に入れ、屑やに押し売り、銭にする。
あぁーそれなのに、それなのに、この鍋と丼と箸を私には買え!と、言って来ませんでした。明らかに変ですよ。」
大家「河豚を食った後で、用なしになったら売るつもりだったんじゃないか?」
屑や「そして、この河豚を食べた後の様子も変んなんです。らくださんは、死ぬ前の晩に、半次さんに見られてるんです、湯屋の前で。
その時、らくださんは縄をエラに通した、捌かれる前の姿の河豚をぶら下げていたんです。目撃者は、この半次さんです。
らくださんは、何処で河豚を捌いたんでしょう?少なくとも、この家じゃない、包丁も無ければ骨や頭と尻尾の残骸、内臓の類も全く無い。」
半次「大家!急にダンマリに成ったなぁ、寒いのか?小刻みに震えているぞ。」
屑や「更に、鍋は残っていたのに、肝心の酒が有りませんでした。酒も飲まずに、河豚鍋を食べていたんですかねぇー、らくださん。」
大家「知るかぁ!!屑や、何が言いたいんだ?!」
つづく