やっぱり、震災の映像(写真)を見ると胸が痛くなる。

あと30分逃げるのが遅れてたら...と。
家は無事だったから良かったけど、
会社はボロボロだったのを思い出す。

避難の指示とか、そういうのは何もなく、
自分達の判断で逃げる。

あの時、本当に頭が真っ白に・・・。

逃げる時、無理やり車の切れ間に入り、
信号の止まった道を突っ走るだけ。

電気は四日、水道は一週間止まった。
まだ被害の少ない市だったからこれくらいで済んだけど、
トンネル越えると、ホントに違う世界だった。

高校に通ってた道の周り、海岸通りの風景、全て変わった。
母校の体育館が遺体置き場にすらなった。

あの時撮った、まわりの写真。
消さずに、まだこのパソコンの中にある。
震災後、一週間以内に見てそれ以来見ていない。

それから、会社の復旧等、未だに補助金なり色々ある。
どこまでが、以前の通りなのか。
どこからが、以前以上なのか。

今は、まだやっぱり分からない。