これまでのドライな性格とは一変して、今日(こんにち)のメアリーは妙に戸惑ったり考え事をしたりを繰り返している。
(一体、彼女とキアの間に、何が起きたんだ?)
そのような疑問を浮かべながら、リタ達はメアリーの話を聴く。彼女の話によれば、九年前にレザンドニウム領国の城の地下から、《ブラッド・クリスタル》という大きく血のように赤い宝石が見つかったらしい。見つけた途端、それが急に壊れ、中から赤と黒が混ざったような配色の影が出てきた。やがてそれは、そこにいたキア領主を包み、今に至るのだという。
「なるほど。でも、そんなことを知ってるのなら、なんで今まで私達に教えてくれなかったんだい?」
「それが……。私にもわからなかったのよ。いつも近くでお仕えしてるのに。《影》と呼ばれる存在の人物に取り憑かれ、あんな風になってるってことも。そもそも、その影の正体が何なのか、未だに謎なのよ」
「その正体不明の奴に取り憑かれたキアに、今まで従ってきたのね。あなたも大変ね、メアリー」
ナンシーは敵に同情して言った。一度話すとメアリーはうつむいたまま、しばらく沈黙する。だが、彼女は勇気を持って、三人に自分がこれからしたいと思うことを話す。
「私は今までキア様――いえ、お父様に従ってきたけど、これからはあなた達のために、闇龍のことや《ガルドラ龍神伝》の真実を調べるわ」
「つまり、それは私達に協力するってこと?」
リタに聞かれ、メアリーは首を縦に振った。それでも三人は、まだ完全に彼女を信用することはできなかった。長きに渡って悪い領主に従ってきた女性からいきなりいろいろな話を聴かされ、動揺しているのかもしれない。
(メアリーはいまいち信用できないね。でも、彼女の言ってることは否定できない)
ふとリタは、奴隷部屋から出る前のことを思い出す。
(確かあの時、とある魔道師が言ってた。キアは九年前までは凄く優しくて、今のように魔道師達を扱き使うこともなかったと。もしそれが本当のことと置き換えれば、メアリーがさっき言ったことと辻褄が合う)
リタは先程聴いた話と、過去に聴いた話を繋げ、この魔界の現状を整理してみた。リタが考えているうちに、氷系魔道師は去っていった。
「ちょっと待ってよ! もう少し話を聴かせてよ」
リタが言い切った時には、既にメアリーは霧状の冷気に包まれていた。
「残念だな。もう少しで、本当のことがわかるところだったのに」
「まあ、良いじゃないの。真実を確かめられるチャンスは、他にもあるわ。それにここに来た本当の目的は、アイル公子を見つけることなんだから」
「そうだね。結局龍戦士は見つからなかったけど。せめて氷龍神に、ご挨拶とお詫びをしてから帰ろうよ。少し荒らしちゃったし」
リタの意見に、他の二人は賛成した。三人は氷龍神像の前まで来て手を合わせ、氷龍神を拝む。
(氷龍神ガトラ、この度はあなたの神殿を荒らしてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、これには事情があったのです。どうか、お許しを……)
リタ達は、それぞれの想いを込めて氷龍神に祈りを捧げる。その想いが通じたのか、共鳴するように石像とアイルが持っている鎖が水色の光で繋がった。石像は意思があるかのように、氷龍神の声でリタ達に語りかける。
『お前はアイル公子だな? 待ってたよ、僕の武器を託す時が来ることを。デュラック王子とバイルも一緒か。久しぶりだな、二人とも』
氷龍神らしき声を聞いた途端にこのようなことを言われ、アイルは混乱している。
「確かに、アイルとは僕のことです。ですが、この二人はデュラック王子とバイルではありません。こちらの方々はリタさんとナンシーさんです」
アイルの発言に、二人は笑った。
「違うよ、アイル。氷龍神は私達を本気であの王子達と思ってるわけじゃなくて、彼らの生まれ変わりという風に見てるのさ」
リタが説明してくれたおかげで、ようやく氷龍神が言っていることがわかった、とアイルは思った。氷龍神ガトラは、本題に入った。
『アイル、お前はこの神殿に巣くう魔物を退治してくれた。その力と勇姿さえあれば、魔界を守ることもできるだろう。それを認め、お前にその鎖を託す。どうか僕の代わりに、この公国や他の場所を守ってやってくれ。頼んだぞ』
氷龍神ガトラはアイルに望みを託すと、石像から語りかけるのをやめた。やけにあっさりだ、とナンシーは思った。
「ということは、アイルが五人目の龍戦士ってことか」
リタはいつもの男口調で言う。アイルはまだ、自分が新たな氷龍戦士になったことが半信半疑だった。自分はおっちょこちょいな公子。そんなことは父大公や母公妃に言われているので、よくわかっている。リタ達に助けられたことで、アイルはまたそのようなことを思っていた。
「どうしたの、アイル。早く戻ろうよ」
「待ってくださいよ」
アイルは、置いてきぼりをくらいそうになりながらも、リタとナンシーについて行く。三人は地下神殿を後にして、上へ戻る。
氷龍神の神殿での冒険を終え、リタ達はポラテルドの氷龍城に戻ってきた。
「なんだかこうしてると、私達も久々に城に戻ったみたい」
「そうだね。それより、ヨゼフの風邪は治ったかな?」
二人がヨゼフのことを気にかけていると、彼は礼儀正しそうな少女と話していた。少女の鬣や目は金色で、可愛らしい巻き髪になっている。その姿は、どことなく誰かに似ている。
「フラッペ……」
「お帰りなさいませ、お兄様。何日も帰って来ないので、お父様が心配なさっていましたわ」
久々に帰国したアイルに対し、少女は丁寧に接する。アイルはヨゼフを見て、首を傾げる。
「あなた方以外にも、もう一人お客様がいらっしゃる?」
「ああ、紹介するよ。彼はヨゼフ。水龍族の出身の、私達の友達さ。ちなみに彼も、龍戦士の一人だ」
「よろしくな、アイル公子様」
リタの紹介に続き、ヨゼフはウインクをして挨拶する。アイルもリタ達に、少女を紹介する。
「僕の妹フラッペです。いわば、この公国の公女ですね。ところでヨゼフさんはなぜ、今僕の名前がわかったのですか?」
「簡単なことさ。フラッペ公女に、君のことを聞いたのさ。君がおっちょこちょいな公子だということもね」
ヨゼフの言葉を聞き、アイルは少女を睨みつける。
(フラッペ、お前は僕がいない間に余計なことを……)
仮に妹を叱ると、逆上した時が怖い。アイルはそのようなことを考え、今回も妹を叱らないことにした。
「仲間と合流できたし、そろそろ玉座の間に行きましょう。船の時間もあるし」
ナンシーの意見に従い、五人は玉座の間に向かった。その部屋ではルース大公やアルトナ公妃を始め、城の魔族全員がアイルの安否を気遣っていた。
「大公殿下、リタ姫様達が無事に地下神殿から帰還しました」
兵士の一人が、大公に報告した。大公も公妃もこの報告に納得しているのか、リタ達を中に入れるように命じる。リタ達は兵士の指示に従い、中に入った。
五人が大公達の所に来た時、心配していた大公と后が笑顔を取り戻す。
「リタ姫よ、息子を助けて頂き、感謝する。フラッペ、お前も兄に生意気なことばかり言わず、リタ姫達に礼を言いなさい」
(なぜ、おっちょこちょいな兄が助けられたくらいで、いちいち礼を言わなきゃいけないのか)
そのようなことを思いつつ、公女は三人に頭を下げる。リタは首を横に振って言う。
「いやいや、私達は何もしていませんよ。むしろ、礼を言うのは私達の方です」
「いいえ。ヨゼフ殿にもお礼申し上げたいことがあります。私とお話ししてくださって、ありがとうございました」
フラッペはヨゼフに礼を言った。ふとリタは、アイルが龍戦士になったことや氷系魔道師に操られていたことなどを思い出し、大公に報告する。
「大公殿下、地下神殿での出来事についてですが……」
リタは、地下神殿で起きた出来事についてルース大公に話す。その報告を聞いた時の大公の顔は、半ば動揺しているようにも見える。
「なるほど。魔道師がそのような力を……。どうりで、アイルが一ヶ月も消息を絶っていたわけだ。このことについては、私達も調べておく。しかし、もっと驚いたのは、アイルが氷龍神の力を受け継ぐ龍戦士だということだ。しかも、神殿に巣くう魔物を全滅させたとは」
アイルの意外な活躍に関しては、ルース大公は驚いていた。
「ヨゼフを看病して頂き、ありがとうございました。それでは、私達はこれで失礼します」
「またお会いする日まで」
挨拶を済ませ、三人の龍戦士は玉座の間を出た。
(さよなら、アイル。龍戦士が揃った時には、手紙を送るからね)
アイル公子に対する想いを募らせながら、リタは他の二人と共に氷龍城を後にして、ポラテルド島の南にある乗船場に向かう。