とあるブログを拝見していると、ある地域で「餌やり禁止条例」が制定されるかもしれないという記事を目にしました。
条例として制定されれば違反により何らかの罰金などの処置が与えられるでしょうから
飼い主ではない人からの猫などへの餌付けは激減すると思われます。
そうなれば自ずと自力で得られる餌の量に合わせ繁殖は抑えられ、
その間に猫達の不妊、去勢が進み、近隣住民への被害を押さえ込もうという試みなのだろうと思います。
これに対し、「餌やり禁止条例」など反対!という考えかたもあります。
生き物はそこにいるだけも許されないのか!飢え死にしろというのか!
という
条例に対するやや激しい受け止めかたです。
激しいながらも言い分には一理あり、
確かに野っ原や山、きれいな水場、虫や小動物がいる所では人の餌やりに頼らなくてもそれなりに難しいことではなかったでしょうが
現在の日本は人口が過密気味で動物が簡単に餌を補給出来る場所がゴミ置き場になったり、
民家の台所やペットの小鳥などになってしまい、餌やりを単純に禁止したからといって被害が思うように減少するかどうかはわからない部分があると思います。
ただ、この条例が提案されるに至った原因には餌やりをする人たちが
先ほど書いた記事のように、ただ餌やりだけをして
責任は放棄して対立を深め最悪の事態ギリギリまできてしまった経緯が伺えます。
ところが餌やりをする側は自分が命を保護している気持ちですから
それに反対するひとは動物嫌いの「悪」に見えてしまっています。
こうなると口頭で餌やりを抑えてこれ以上増やさないで責任持って世話してね
話し合いでは解決出来ません。
去勢、不妊手術、ワクチン接種と登録、餌代は少なくない経済的負担が必要になり
個人の力では賄えないほどに追い込まれてしまった事情も考えられます。
またこうしたケースでしばしば問題となる犬猫のほとんどが
もとは人間が遺棄した生き物であることも事実であり、責任の所在は突き詰めていけば人間そのものです。
安易に動物を餌付けしたり飼育する側の問題だけでなく、
捨てないこと、飼えない事情を動物好きの人に押しつけないこと。
広い理解も得られるようになればと願います。
禁止条例が制定された時、猫達が飢え死にするかどうかは、責任を持って世話するかどうか真の意志に委ねられます。
条例として制定されれば違反により何らかの罰金などの処置が与えられるでしょうから
飼い主ではない人からの猫などへの餌付けは激減すると思われます。
そうなれば自ずと自力で得られる餌の量に合わせ繁殖は抑えられ、
その間に猫達の不妊、去勢が進み、近隣住民への被害を押さえ込もうという試みなのだろうと思います。
これに対し、「餌やり禁止条例」など反対!という考えかたもあります。
生き物はそこにいるだけも許されないのか!飢え死にしろというのか!
という
条例に対するやや激しい受け止めかたです。
激しいながらも言い分には一理あり、
確かに野っ原や山、きれいな水場、虫や小動物がいる所では人の餌やりに頼らなくてもそれなりに難しいことではなかったでしょうが
現在の日本は人口が過密気味で動物が簡単に餌を補給出来る場所がゴミ置き場になったり、
民家の台所やペットの小鳥などになってしまい、餌やりを単純に禁止したからといって被害が思うように減少するかどうかはわからない部分があると思います。
ただ、この条例が提案されるに至った原因には餌やりをする人たちが
先ほど書いた記事のように、ただ餌やりだけをして
責任は放棄して対立を深め最悪の事態ギリギリまできてしまった経緯が伺えます。
ところが餌やりをする側は自分が命を保護している気持ちですから
それに反対するひとは動物嫌いの「悪」に見えてしまっています。
こうなると口頭で餌やりを抑えてこれ以上増やさないで責任持って世話してね
話し合いでは解決出来ません。
去勢、不妊手術、ワクチン接種と登録、餌代は少なくない経済的負担が必要になり
個人の力では賄えないほどに追い込まれてしまった事情も考えられます。
またこうしたケースでしばしば問題となる犬猫のほとんどが
もとは人間が遺棄した生き物であることも事実であり、責任の所在は突き詰めていけば人間そのものです。
安易に動物を餌付けしたり飼育する側の問題だけでなく、
捨てないこと、飼えない事情を動物好きの人に押しつけないこと。
広い理解も得られるようになればと願います。
禁止条例が制定された時、猫達が飢え死にするかどうかは、責任を持って世話するかどうか真の意志に委ねられます。