毎日点滴に通う状態が5日間続き、その5日目に通っていた医院から電話がありました。
「薬を変えて飲んでもらいましたが、症状の改善が見られません。基幹病院で検査を受けた方がいいと思います」
隣の駅にある病院への紹介状を持たせてくれました。
週明けの月曜日、紹介状を持って基幹病院へ行きました。
電車で一駅ですが、
「電車に乗りたくないから歩いてく」
普通に歩けば30分程度だけど、今の体力じゃ歩き切れないでしょ。
「じゃあ、自転車で行く」
確かに普段乗り回している範囲だけど…一抹の不安を抱えながらも自転車で向かいました。
一番辛かった吐き気が少し治まり、スポドリは飲めるようになってきました。
でも食事は×。お粥でも食べるとお腹が痛くなって吐いてしまう。
エネルギーゼリーを少しずつ(スプーンに半分程度)口に入れている状況です。
大きな病院は待ち時間がとても長いです。特に初診は。
覚悟はしていましたが、朝8時頃に着いて、名前が呼ばれたのは11時過ぎ。
その間「やらなきゃ…」と学校のワークを持ってきていましたが、すぐに撃沈。
そもそも、何かに集中しようとすると気持ち悪くなるのだから、無理ですよね。
ずっと眠り続けていました。
診察室に呼ばれて問診が終わると、採血があり、また2時間ほど待つことに…ほんとに時間がかかる…具合の悪い人には辛いですよね。
その頃には予約診療が終了していたため、ガラガラの待合椅子に横になって寝させてもらいました。
血液は、ヘモグロビン量が異常に多いこと以外は正常値。ヘモグロビンも脱水による一時的なものだろうとのこと。
やはりウイルス性のものではない。
吐き気や腹痛の原因はわからないので、後日検査は行うことになりました。
また、このまま食べられないのは困るので、強めの吐き気止めと痛み止めを食前に、整腸剤を食後に処方されました。
危なげなく、自転車で戻ってこられました。
薬が効いたのか、2週間後の胃カメラ検査の頃にはうどんが1人前食べられるようになっていました。
それでも、うどんだけ…具は白菜、ネギ、卵。毎日昼夜こればかりです。朝はやはり食べられません。
「よく飽きないねぇ?」と問う医師に
「それしか食べられないから…お粥よりまし」
お粥は嫌いなのよね。
その後の大腸内視鏡でも異常なし。
「食べたいと思ったら、何食べても大丈夫だから」
そう言われたものの、うどん尽くしは2ヶ月続きます。(1か月後にはようやく具に肉団子が加わりました)
この間、誰も起立性調節障害を思い出すことはありませんでした。
あの時に思い当たっていれば、不登校は防げたでしょうか?
後から考えても答えは見つからず、後悔と諦めの間で堂々巡りなのです。
途中で小児科の診療が入っていたなら…
この頃の小児科の診療は、現状報告と投薬だけで3カ月に1回になっていました。
最後に行ったのは1月半ば、この一連の症状が出るほんの少しだけ前だったのです。
「薬を変えて飲んでもらいましたが、症状の改善が見られません。基幹病院で検査を受けた方がいいと思います」
隣の駅にある病院への紹介状を持たせてくれました。
週明けの月曜日、紹介状を持って基幹病院へ行きました。
電車で一駅ですが、
「電車に乗りたくないから歩いてく」
普通に歩けば30分程度だけど、今の体力じゃ歩き切れないでしょ。
「じゃあ、自転車で行く」
確かに普段乗り回している範囲だけど…一抹の不安を抱えながらも自転車で向かいました。
一番辛かった吐き気が少し治まり、スポドリは飲めるようになってきました。
でも食事は×。お粥でも食べるとお腹が痛くなって吐いてしまう。
エネルギーゼリーを少しずつ(スプーンに半分程度)口に入れている状況です。
大きな病院は待ち時間がとても長いです。特に初診は。
覚悟はしていましたが、朝8時頃に着いて、名前が呼ばれたのは11時過ぎ。
その間「やらなきゃ…」と学校のワークを持ってきていましたが、すぐに撃沈。
そもそも、何かに集中しようとすると気持ち悪くなるのだから、無理ですよね。
ずっと眠り続けていました。
診察室に呼ばれて問診が終わると、採血があり、また2時間ほど待つことに…ほんとに時間がかかる…具合の悪い人には辛いですよね。
その頃には予約診療が終了していたため、ガラガラの待合椅子に横になって寝させてもらいました。
血液は、ヘモグロビン量が異常に多いこと以外は正常値。ヘモグロビンも脱水による一時的なものだろうとのこと。
やはりウイルス性のものではない。
吐き気や腹痛の原因はわからないので、後日検査は行うことになりました。
また、このまま食べられないのは困るので、強めの吐き気止めと痛み止めを食前に、整腸剤を食後に処方されました。
危なげなく、自転車で戻ってこられました。
薬が効いたのか、2週間後の胃カメラ検査の頃にはうどんが1人前食べられるようになっていました。
それでも、うどんだけ…具は白菜、ネギ、卵。毎日昼夜こればかりです。朝はやはり食べられません。
「よく飽きないねぇ?」と問う医師に
「それしか食べられないから…お粥よりまし」
お粥は嫌いなのよね。
その後の大腸内視鏡でも異常なし。
「食べたいと思ったら、何食べても大丈夫だから」
そう言われたものの、うどん尽くしは2ヶ月続きます。(1か月後にはようやく具に肉団子が加わりました)
この間、誰も起立性調節障害を思い出すことはありませんでした。
あの時に思い当たっていれば、不登校は防げたでしょうか?
後から考えても答えは見つからず、後悔と諦めの間で堂々巡りなのです。
途中で小児科の診療が入っていたなら…
この頃の小児科の診療は、現状報告と投薬だけで3カ月に1回になっていました。
最後に行ったのは1月半ば、この一連の症状が出るほんの少しだけ前だったのです。