8月31日
今日はC.C.Kingのライブを見るために目黒のブルースアレイジャパンへ行ってきた。入り口に入ると、受付のようなところがあったが誰もいない。狭い場所から地下へ続く細い階段が見えた。そこをおりて行くと受付の人が立っていて、そこで入場料を払った。丸いテーブルがフロアにいくつもあって、料理を食べながら演奏を聴くというコンセプトであった。ぼくは立ち見席だ。立ち見席は、テーブル席の人たちの邪魔にならない一番後ろの空いているところに白線が引いてあり、その中での観賞となる。テーブル席はうらやましいけれど、こっちのほうがいいと思った。この状態ならいつでも腰を揺らすことができる。座っている席で周りを伺いながら立つタイミングをはからなくてすむ。
ぼくは浪人時代にスガシカオの音楽に出会い、「THE BEST HITS OF LIVE RECORDINGS-THANK YOU」に大きな、大きな衝撃を受けた。いったいその音楽のどこに惹かれているのか、それに気付くのにとても時間がかかった。その最も大きな要因の一つはkeyの森俊之の存在であった。彼の弾くwurlitzer、clavinet、organ、rhodesをCDで聴き、感銘を受けていた。
森俊之はアレンジャーでもあり、歌もののサポートにまわることが多いみたいで彼のプレーをメインに見る機会はほとんどない。歌ものの間奏でちょっと見れるぐらいだ。しかしC.C.Kingはjambandということで、森俊之のプレーを存分に楽しめる。
開演の前に、機材は何を使っているのか確認した。Hammond A-100がでんと置いてあり、その後ろにはレスリースピーカーがあった。プロペラが回転するたびにライトの光を反射して火花のようにキラッっと光っている。さらにFender Rhodes、その上にnordが置いてあった。やはりビンテージキーボードではnordが一番なのかなぁと思った。
keyが見える位置をしっかりと陣取ることができた。安心してあたりを見回してみる。天井にはミラーボールがついている。男女比は半々ぐらいか。年齢層はやや高めで、ぼくが多分最年少だったのではないか。後ろを見ると、森俊之が客席の中にいる人に挨拶をしていた。思っていたよりも肩幅が広く、水色のTシャツがよく似合ってるなぁと思った。
彼が楽屋のほうへ向かって行ってから間もなくしてライトが消され、いよいよライブが始まった。gtの田中義人、bassの松原秀樹はよく知っているが、drの玉田豊夢という人は初めて知った。まずはC.C.Kingのテーマからといって演奏が始まった。何曲か聴いて思ったのは、松原秀樹と森俊之がめちゃめちゃバンドで突出しているということだ。この二人が体を揺らしてくれるようなノリ、いわゆるgrooveってやつを生み出していると感じた。鍵盤でノリを感じさせることはよほど難しいと聞くし、実際無理なのではないかと思っていた。松原秀樹のベースがぼくにはしっくりきた。妖艶な音をだすんだなぁと思ったが、スラッピングしているときはとてもファンキーな感じになる。他のメンバーが盛り上がっているときでも眉をひそめてgrooveをだそうだそうとする姿勢をみて、改めてgrooveって大事なんだなと思ったし、またgrooveとは何かが少しわかった。少なくとも、grooveは存在することは確認できたし、鍵盤だけでもそれを生み出せるということがわかった。だからリズムにも注意をしっかり払わなければいけないと思った。
森俊之は今回主にオルガンを弾き倒していた。エクスプレッションペダルの使い方や、ソロの一番盛り上がるところでは同じフレーズを繰り返していることや、小指で同じ鍵盤をずっと押して弾く奏法などとても見ていて楽しかった。今日一番ヤバかった曲は森俊之がつくったinto the forestという曲で、これはsly and the family stoneのif you want me to stayのkeyをかえて、途中で新たな展開を作った感じの曲であった。腰がグワングワン揺れた。妖艶なベースの上にオルガンがビャーっとなってきて、徐々に音量が上がってマックスまでいって一気に小さくなるところなど、slyのオルガンとそっくりだなと思った。このような曲はCDでしかきいたことがなかったが、実際ライブでやるとめちゃくちゃかっこいいことがわかった。今度ぼくがやっているfunkbandでもやってみたいと思った。クラビは手の動きが早すぎてなにをしているのかよくわからなかったが、nordがほぼクラビに徹していた。おそらくパラディドル奏法だろうと思うが、その奏法自体ぼくにはまだよくわからない。ローズは音の存在感がすごすぎて、ただコードを弾くだけでもうやばかった。ぼくはrhodesよりもwurlitzerのほうが好きだが、やはり使い手の使い方次第でぼくのまだ知らないrhodesの良さがどんどんでてくるんだなぁと思った。
途中特別ゲストでスガシカオとAMAZONSが加わり、ほぼfamily sugar状態になった。スガシカオの曲である正義の味方を演奏した。以前スガシカオのライブでもこの曲をやったのだが、お客があまり乗っていなくて、みんなどうしたーってスガシカオが叫んでたのを思い出し、少し心配になったが今回は超盛り上がった。このとき痛感したのが、やはりバックの演奏者の技量がお客のノリにだいぶ影響するということだ。今のスガシカオのkeyであるポチとbassの坂本竜太と比べても全然grooveしてた。森俊之のプレーがすごすぎて、途中で叫んでしまった。たまに演奏がすごくて昇天しそうになるとかイキそうになるとか聴くけど、今日それに近い体験をした。
ぼくは浪人時代にスガシカオの音楽に出会い、「THE BEST HITS OF LIVE RECORDINGS-THANK YOU」に大きな、大きな衝撃を受けた。いったいその音楽のどこに惹かれているのか、それに気付くのにとても時間がかかった。その最も大きな要因の一つはkeyの森俊之の存在であった。彼の弾くwurlitzer、clavinet、organ、rhodesをCDで聴き、感銘を受けていた。
森俊之はアレンジャーでもあり、歌もののサポートにまわることが多いみたいで彼のプレーをメインに見る機会はほとんどない。歌ものの間奏でちょっと見れるぐらいだ。しかしC.C.Kingはjambandということで、森俊之のプレーを存分に楽しめる。
開演の前に、機材は何を使っているのか確認した。Hammond A-100がでんと置いてあり、その後ろにはレスリースピーカーがあった。プロペラが回転するたびにライトの光を反射して火花のようにキラッっと光っている。さらにFender Rhodes、その上にnordが置いてあった。やはりビンテージキーボードではnordが一番なのかなぁと思った。
keyが見える位置をしっかりと陣取ることができた。安心してあたりを見回してみる。天井にはミラーボールがついている。男女比は半々ぐらいか。年齢層はやや高めで、ぼくが多分最年少だったのではないか。後ろを見ると、森俊之が客席の中にいる人に挨拶をしていた。思っていたよりも肩幅が広く、水色のTシャツがよく似合ってるなぁと思った。
彼が楽屋のほうへ向かって行ってから間もなくしてライトが消され、いよいよライブが始まった。gtの田中義人、bassの松原秀樹はよく知っているが、drの玉田豊夢という人は初めて知った。まずはC.C.Kingのテーマからといって演奏が始まった。何曲か聴いて思ったのは、松原秀樹と森俊之がめちゃめちゃバンドで突出しているということだ。この二人が体を揺らしてくれるようなノリ、いわゆるgrooveってやつを生み出していると感じた。鍵盤でノリを感じさせることはよほど難しいと聞くし、実際無理なのではないかと思っていた。松原秀樹のベースがぼくにはしっくりきた。妖艶な音をだすんだなぁと思ったが、スラッピングしているときはとてもファンキーな感じになる。他のメンバーが盛り上がっているときでも眉をひそめてgrooveをだそうだそうとする姿勢をみて、改めてgrooveって大事なんだなと思ったし、またgrooveとは何かが少しわかった。少なくとも、grooveは存在することは確認できたし、鍵盤だけでもそれを生み出せるということがわかった。だからリズムにも注意をしっかり払わなければいけないと思った。
森俊之は今回主にオルガンを弾き倒していた。エクスプレッションペダルの使い方や、ソロの一番盛り上がるところでは同じフレーズを繰り返していることや、小指で同じ鍵盤をずっと押して弾く奏法などとても見ていて楽しかった。今日一番ヤバかった曲は森俊之がつくったinto the forestという曲で、これはsly and the family stoneのif you want me to stayのkeyをかえて、途中で新たな展開を作った感じの曲であった。腰がグワングワン揺れた。妖艶なベースの上にオルガンがビャーっとなってきて、徐々に音量が上がってマックスまでいって一気に小さくなるところなど、slyのオルガンとそっくりだなと思った。このような曲はCDでしかきいたことがなかったが、実際ライブでやるとめちゃくちゃかっこいいことがわかった。今度ぼくがやっているfunkbandでもやってみたいと思った。クラビは手の動きが早すぎてなにをしているのかよくわからなかったが、nordがほぼクラビに徹していた。おそらくパラディドル奏法だろうと思うが、その奏法自体ぼくにはまだよくわからない。ローズは音の存在感がすごすぎて、ただコードを弾くだけでもうやばかった。ぼくはrhodesよりもwurlitzerのほうが好きだが、やはり使い手の使い方次第でぼくのまだ知らないrhodesの良さがどんどんでてくるんだなぁと思った。
途中特別ゲストでスガシカオとAMAZONSが加わり、ほぼfamily sugar状態になった。スガシカオの曲である正義の味方を演奏した。以前スガシカオのライブでもこの曲をやったのだが、お客があまり乗っていなくて、みんなどうしたーってスガシカオが叫んでたのを思い出し、少し心配になったが今回は超盛り上がった。このとき痛感したのが、やはりバックの演奏者の技量がお客のノリにだいぶ影響するということだ。今のスガシカオのkeyであるポチとbassの坂本竜太と比べても全然grooveしてた。森俊之のプレーがすごすぎて、途中で叫んでしまった。たまに演奏がすごくて昇天しそうになるとかイキそうになるとか聴くけど、今日それに近い体験をした。
5月30日
今日は起きたら十二時ちょい前だった。昼間に起きる癖がついてしまった。とてもだらしないと思った。今日は友達と十二時に東大の五月祭にいく約束をしていた。即座に風呂に入った。風呂から出て部屋に戻ると、携帯をのぞいてみた。案の定、友達から着信が三回もきていた。電話しなければならないけれど、なんて言えばいいか言い訳を考えるのもめんどくさい。でも友達はぼくが遅刻魔だということはとっくに知ってるので、きっといつものことだと許してくれるかなという期待もあり、とりあえず出かける支度をしようと思った。髪を乾かし、服をきて、歯を磨き、ひげをそり、鼻毛をカットし、などなどしなければならない。そんなことしてるうちに、間もなく友達からメールが来た。「着いた」句読点も絵文字もないメールがきた。「ごめん、一時ごろ着く」と返信した。自分が女だったら、お互いにメールの内容も変わってるのかなと思った。少なくとも絵文字は増えると思った。友達との約束の時間に遅刻するのは、最低なことだと思う傾向が最近になって強くなった。大人になればなるほど、幼稚園や小学校で先生から教わる生活態度が正しいとされる環境に再び戻る。おかしいことに中学、高校ではだらしがないことのほうが歓迎される環境が確かにあった。でも、今は遅刻をすると、友達を待たせてしまう、がっかりさせてしまった、信頼を損ねてしまった、という申し訳ない気持ちが自分を襲うようになっている。
待ち合わせの場所に到着すると、友達二人とも待っていた。「ごめんー」というと、「寝坊?いいよいいよ」と許してくれた。ほっとした。友達だからこその結果だと思った。
たくさんの大学生が赤門に吸い込まれていく。「よし、いくか!」門をくぐると、十字の道がパァっと広がっていて、その先のほうには野外のライブステージが見える。左右にはたくさんの屋台が並び、そこに立って綿飴を食べている人やたこ焼きを食べている人、店の人同士で騒いでいる人、そしてそれらをぬって道を進んでいく人が見える。去年体感した学園祭独特の騒がしさがよみがえった。
ぼくらはナンパをしにきたのだった。最初はふんぎりがつかず、とりあえず飯を食おうということになった。焼きそばが食べたくて結構な行列に並んだ。その間、ライブステージではYAZAWAが歌を歌っていた。焼きそばかったら速攻で見にいこうということになった。しかし、なかなか列は進まず、焼きそばを手に取るころには「センキュー!」という言葉とともにライブが終わってしまった。今になってすごい後悔している。歌の先生がよくYAZAWAのことを話すのを思い出したからだ。「歌がうまいひとはね、みんな腰がきまってるの。立ち姿がかっこいいでしょ。YAZAWAさんなんかもかっこいいじゃん。彼は還暦を迎えているのにあれだけ歌えるのは相当体鍛えてるんだよ。」一見しておくべきだった。
一人と二人に分かれてナンパすることにした。ぼくは二人のほうだった。一発目がなかなか行けない。どうする、どうするなんていいながらぶらぶらしていたら、友達が「あの子いけるんじゃね」と言った。小柄な後ろ姿の三人組が歩いている。勇気をだして声をかけてみる。「こんにちはー」女の子たちはびっくりして、顔を見合わせた。「今大学生さん?」驚いた表情でみんな首をかしげている。そのうちの一人が「高校生です」と答えた。「えっ、高校生なの!じゃあ東大はいるために見学に来たんだー」「いえ、東大なんて。」すると他の子が「この子のお兄ちゃん東大だよね」と言ったので、「うそー、ちょう頭いいじゃん」と話をつないだ。ここから、少し女の子たちの驚いた感じがなくなって、和やかになってきた。「部活とかまだやってるの?」「~部です。うちの高校からこんな選手でたんですよ」向こうからもいろいろ話してくるようになった。しかし、アドレス交換には至らなかった。
高校生のときのぼくがこんなことをしているのを見たら、最低なやつだと軽蔑の目を向けたはずだ。ナンパなんか、もてないダメな男のすることだと信じてた。急に知らない女の人に声をかけるという行為は犯罪だぐらいに思っていた。知らない男に声をかけられて、嫌な思いをする女の子もたくさんいるはずだから。でも大学生になって飲み会などで話をしていくうちに、ナンパはぼくが思っているほど最低でもないかもしれないと思うようになった。一昨年バンドのドラムが、「男に産まれたからには一度でいいからナンパしてみたい」と言っていて、初めていっしょに学祭でナンパすることになった。緊張しながらもあたってくだけろでやったが成功せず、空も暗くなってきたので帰ることにした。なんかあきらめきれず、帰り際の一発と思って最後の気力を振り絞って声をかけた。女の子二人組ではじめは足早に逃げるように歩いていたが、話しかけてるうちにかなり打ち解けて、アドレス交換してくれた。メールすると、意外に反応がよくて驚いた。最終的にはデートまでした。
女の子の中にも声をかけられたいという人がいるとすれば、ナンパだってちゃんとした出会いの一つになり得ることを知った。
結局ぼくはアドレスを一個もゲットできず、一人行動した友達が一個ゲットした。三時間ぐらい東大の中を徘徊し続けたぼくらはくたくたになって赤門を出た。五時ぐらいになると、屋台も店をどんどん閉めていって、学園祭も終わりのムードになる。「おつかれさまぁ!」といいながら、店の売り上げをたたえて乾杯する男女が見える。はじめ来たときの赤門から、たくさんの大学生が吐き出されて行くのを見ながら、このあとどうするか話していた。「カラオケいく?」「おれもう疲れたなぁ」
大学生とは思えないチャラ男のような二人組が、きのう発売したばかりのipadを、赤門から出て行く女の子たちに見せている。きゃっきゃっといって女の子たちは男の周りを取り囲んだ。
「次は作戦ちゃんとねろうぜ。」友達が言った。ぼくらはこれで解散することにした。ナンパの言い出しっぺはぼくだ。なんだかみんなをくたくたにさせてしまって申し訳なく思った。「今日誘ってくれてありがとう。」そう友達は言った。
待ち合わせの場所に到着すると、友達二人とも待っていた。「ごめんー」というと、「寝坊?いいよいいよ」と許してくれた。ほっとした。友達だからこその結果だと思った。
たくさんの大学生が赤門に吸い込まれていく。「よし、いくか!」門をくぐると、十字の道がパァっと広がっていて、その先のほうには野外のライブステージが見える。左右にはたくさんの屋台が並び、そこに立って綿飴を食べている人やたこ焼きを食べている人、店の人同士で騒いでいる人、そしてそれらをぬって道を進んでいく人が見える。去年体感した学園祭独特の騒がしさがよみがえった。
ぼくらはナンパをしにきたのだった。最初はふんぎりがつかず、とりあえず飯を食おうということになった。焼きそばが食べたくて結構な行列に並んだ。その間、ライブステージではYAZAWAが歌を歌っていた。焼きそばかったら速攻で見にいこうということになった。しかし、なかなか列は進まず、焼きそばを手に取るころには「センキュー!」という言葉とともにライブが終わってしまった。今になってすごい後悔している。歌の先生がよくYAZAWAのことを話すのを思い出したからだ。「歌がうまいひとはね、みんな腰がきまってるの。立ち姿がかっこいいでしょ。YAZAWAさんなんかもかっこいいじゃん。彼は還暦を迎えているのにあれだけ歌えるのは相当体鍛えてるんだよ。」一見しておくべきだった。
一人と二人に分かれてナンパすることにした。ぼくは二人のほうだった。一発目がなかなか行けない。どうする、どうするなんていいながらぶらぶらしていたら、友達が「あの子いけるんじゃね」と言った。小柄な後ろ姿の三人組が歩いている。勇気をだして声をかけてみる。「こんにちはー」女の子たちはびっくりして、顔を見合わせた。「今大学生さん?」驚いた表情でみんな首をかしげている。そのうちの一人が「高校生です」と答えた。「えっ、高校生なの!じゃあ東大はいるために見学に来たんだー」「いえ、東大なんて。」すると他の子が「この子のお兄ちゃん東大だよね」と言ったので、「うそー、ちょう頭いいじゃん」と話をつないだ。ここから、少し女の子たちの驚いた感じがなくなって、和やかになってきた。「部活とかまだやってるの?」「~部です。うちの高校からこんな選手でたんですよ」向こうからもいろいろ話してくるようになった。しかし、アドレス交換には至らなかった。
高校生のときのぼくがこんなことをしているのを見たら、最低なやつだと軽蔑の目を向けたはずだ。ナンパなんか、もてないダメな男のすることだと信じてた。急に知らない女の人に声をかけるという行為は犯罪だぐらいに思っていた。知らない男に声をかけられて、嫌な思いをする女の子もたくさんいるはずだから。でも大学生になって飲み会などで話をしていくうちに、ナンパはぼくが思っているほど最低でもないかもしれないと思うようになった。一昨年バンドのドラムが、「男に産まれたからには一度でいいからナンパしてみたい」と言っていて、初めていっしょに学祭でナンパすることになった。緊張しながらもあたってくだけろでやったが成功せず、空も暗くなってきたので帰ることにした。なんかあきらめきれず、帰り際の一発と思って最後の気力を振り絞って声をかけた。女の子二人組ではじめは足早に逃げるように歩いていたが、話しかけてるうちにかなり打ち解けて、アドレス交換してくれた。メールすると、意外に反応がよくて驚いた。最終的にはデートまでした。
女の子の中にも声をかけられたいという人がいるとすれば、ナンパだってちゃんとした出会いの一つになり得ることを知った。
結局ぼくはアドレスを一個もゲットできず、一人行動した友達が一個ゲットした。三時間ぐらい東大の中を徘徊し続けたぼくらはくたくたになって赤門を出た。五時ぐらいになると、屋台も店をどんどん閉めていって、学園祭も終わりのムードになる。「おつかれさまぁ!」といいながら、店の売り上げをたたえて乾杯する男女が見える。はじめ来たときの赤門から、たくさんの大学生が吐き出されて行くのを見ながら、このあとどうするか話していた。「カラオケいく?」「おれもう疲れたなぁ」
大学生とは思えないチャラ男のような二人組が、きのう発売したばかりのipadを、赤門から出て行く女の子たちに見せている。きゃっきゃっといって女の子たちは男の周りを取り囲んだ。
「次は作戦ちゃんとねろうぜ。」友達が言った。ぼくらはこれで解散することにした。ナンパの言い出しっぺはぼくだ。なんだかみんなをくたくたにさせてしまって申し訳なく思った。「今日誘ってくれてありがとう。」そう友達は言った。
5月28日
今日は夢を見た。目覚めるとその記憶が朝まで残っていて、その世界から抜け出せずふとんにずっとくるまってた。
どんな夢だったかはほとんど覚えていないけど、幼稚園から小学校まで同じだった幼なじみの子が出てきて、ほんとはぼくと結婚したかったみたいなことを言われる夢。
最後に会ったのは成人式のときだ。式が終わって久々に会った地元の友達と、ホールから一階の出口へ向かう長いエスカレーターに乗った。エスカレーターからは、たくさんの振り袖が群がっているのが見えた。エスカレーターをおりると、周りからは旧友と再会した喜びの声がどこからともなくしてきて、ガヤガヤしていた。その中から、ぼくを呼ぶ声が聞こえた。
まさかこんなに早く見つけることができるなんて思わなかった。その子は友達と一緒に壁際に背を向けて立っていた。「おー、ひさしぶりぃ」と、うれしいような、なんともないような声でぼくは言った。久しぶりに見たその子は髪を金髪に染めていた。黒いほうがいいと思った。するとその子は言った。「私ね、子供ができたのー」言い出すタイミングがおかしかった。ぼくの久しぶりって言葉にかかりぎみだった。声もでかすぎだった。
「ほんとに?おめでとう!」こんなふうに言ってあげられるのが大人なのかもしれないけど、頭が空っぽになって言葉が全然出てこなかった。そのせいでぼくは無言でその子のお腹をさわるという意味不明な行動をとった。それに対し、ほいっとその子はお腹をつきだした。かなり大きかった。「いま何ヶ月なの?」とか聞くのが正解なのだろうか。無言でその場を立ち去るのが精一杯だった。
外へ出ると、ぼくの大学生活には絶対にいないであろう人種のヤンキーっぽい人が、ウイスキーを片手に暴れていて、それを見て周りの振り袖の女の子たちがキャーっと笑っている。
二十歳で子供ができるなんて信じられない。これからの大学生活、そして社会人を経てやっと結婚、子供じゃないのか。そんなことはない。二十歳で結婚する人なんてこの世にいっぱいいるはずだし、うちのいとこも現に19歳で結婚、出産している。普通のことなんだと言い聞かせた。
後ろからその子がまたやってきた。「いまどうしてるの?」「大学に行ってるよ。」「どこ大?」「東京理科大学っていうとこ。」絶対に知らないだろうなと思った。バイト先でもなんでも、知っていたためしがなかった。しかし、その子の反応は意外だった。「えーすごいっ!ちょー頭いい学校じゃん!」お世辞ではない、とてもまっすぐな響きだった。「なんで知ってるの?!」「だってうちの高校のすぐ近くだったから。」
どこの大学ですか?と聞かれることは日常よくある。進学校だったため、現役で早慶、上智、国立大学に続々と合格していく同級生の中で、ぼくは浪人を決意した。浪人時代はストイックに勉強した。やるからには東大を目指した。進学校では理科大は滑り止めと考えられている傾向があった。夢はかなわずかなりの挫折感を味わった。高校の友達や先生に合格の報告をするも、残念だったけどがんばったねという感はやはり否めなかった。家族からは浪人なんかせずに現役でマーチにはいってたほうがよかったという声も出た。単科大学で地味ということもあり、自分の中でいつの間にか大学がコンプレックスになっていたようだった。
親戚と合格祝いにごちそうを食べにいった。塾の友達にも合格祝いをしてもらった。ありがたかったけれど、そうされればされるほど逆の感情が出てきてしまった。
受験戦争を知らないその子の「えーすごいっ!ちょー頭いい学校じゃん!」は、純粋に素直に、本気でぼくがすごいと信じているのだった。でも、その言葉がほんとに嬉しかった。一発で人の心の奥深くにあるスイッチに触れられる人って、滅多にいない。どんな人のどんな言葉よりまっすぐ。
今元気にしてるかなぁ。
どんな夢だったかはほとんど覚えていないけど、幼稚園から小学校まで同じだった幼なじみの子が出てきて、ほんとはぼくと結婚したかったみたいなことを言われる夢。
最後に会ったのは成人式のときだ。式が終わって久々に会った地元の友達と、ホールから一階の出口へ向かう長いエスカレーターに乗った。エスカレーターからは、たくさんの振り袖が群がっているのが見えた。エスカレーターをおりると、周りからは旧友と再会した喜びの声がどこからともなくしてきて、ガヤガヤしていた。その中から、ぼくを呼ぶ声が聞こえた。
まさかこんなに早く見つけることができるなんて思わなかった。その子は友達と一緒に壁際に背を向けて立っていた。「おー、ひさしぶりぃ」と、うれしいような、なんともないような声でぼくは言った。久しぶりに見たその子は髪を金髪に染めていた。黒いほうがいいと思った。するとその子は言った。「私ね、子供ができたのー」言い出すタイミングがおかしかった。ぼくの久しぶりって言葉にかかりぎみだった。声もでかすぎだった。
「ほんとに?おめでとう!」こんなふうに言ってあげられるのが大人なのかもしれないけど、頭が空っぽになって言葉が全然出てこなかった。そのせいでぼくは無言でその子のお腹をさわるという意味不明な行動をとった。それに対し、ほいっとその子はお腹をつきだした。かなり大きかった。「いま何ヶ月なの?」とか聞くのが正解なのだろうか。無言でその場を立ち去るのが精一杯だった。
外へ出ると、ぼくの大学生活には絶対にいないであろう人種のヤンキーっぽい人が、ウイスキーを片手に暴れていて、それを見て周りの振り袖の女の子たちがキャーっと笑っている。
二十歳で子供ができるなんて信じられない。これからの大学生活、そして社会人を経てやっと結婚、子供じゃないのか。そんなことはない。二十歳で結婚する人なんてこの世にいっぱいいるはずだし、うちのいとこも現に19歳で結婚、出産している。普通のことなんだと言い聞かせた。
後ろからその子がまたやってきた。「いまどうしてるの?」「大学に行ってるよ。」「どこ大?」「東京理科大学っていうとこ。」絶対に知らないだろうなと思った。バイト先でもなんでも、知っていたためしがなかった。しかし、その子の反応は意外だった。「えーすごいっ!ちょー頭いい学校じゃん!」お世辞ではない、とてもまっすぐな響きだった。「なんで知ってるの?!」「だってうちの高校のすぐ近くだったから。」
どこの大学ですか?と聞かれることは日常よくある。進学校だったため、現役で早慶、上智、国立大学に続々と合格していく同級生の中で、ぼくは浪人を決意した。浪人時代はストイックに勉強した。やるからには東大を目指した。進学校では理科大は滑り止めと考えられている傾向があった。夢はかなわずかなりの挫折感を味わった。高校の友達や先生に合格の報告をするも、残念だったけどがんばったねという感はやはり否めなかった。家族からは浪人なんかせずに現役でマーチにはいってたほうがよかったという声も出た。単科大学で地味ということもあり、自分の中でいつの間にか大学がコンプレックスになっていたようだった。
親戚と合格祝いにごちそうを食べにいった。塾の友達にも合格祝いをしてもらった。ありがたかったけれど、そうされればされるほど逆の感情が出てきてしまった。
受験戦争を知らないその子の「えーすごいっ!ちょー頭いい学校じゃん!」は、純粋に素直に、本気でぼくがすごいと信じているのだった。でも、その言葉がほんとに嬉しかった。一発で人の心の奥深くにあるスイッチに触れられる人って、滅多にいない。どんな人のどんな言葉よりまっすぐ。
今元気にしてるかなぁ。