なかなか戻れないものですね。



母と過ごしたこの家は、ひとりだと広すぎて、とても寒く感じます。



ご飯も食べる気にならず、姉にも心配をかけ、

週末はほぼ姉の家で過ごしています。





姉の旦那さんが、いつもご飯を作ってくれます。



どれも美味しいです。



何より姉の家はとても暖かいです。



姉と義兄がいてくれて、本当に良かったって思います。





忌引&有給を使い

気分転換に映画も観ました。


「クスノキの番人」は良かった。

今のわたしには、無理なく受け入れることが出来ました。

続編の「クスノキの女神」もやって欲しい。


「ネコ」は可愛かった。

ネコ好きさんは是非是非猫



今は自分のことで精一杯。

誰かと向き合う余裕もないので、婚活も休止です。




母の葬儀が終わり、
四十九日まで、ほっと一息です。


父親が既に他界しているため、喪主として頑張ってくれた姉。
お葬式、火葬場の段取り等々、わからないことばかりで、周りの人達に助けてもらいながら、無事に終えられました。


両親はとっても働き者でした。
わたしが中学生の頃は、コンビニを経営していました。
父の死後、母は居酒屋、お蕎麦屋、お弁当屋…どの店でも、チャキチャキと働いていたのを覚えています。


お友達も多く、葬儀にも何人か来てくれて、「優しくて、正義感が強くて、いつも助けてもらった。」と皆さんが口を揃えて言ってくれたのが、誇らしかったです。


わたしがこの家に1人になったことを心配してくれ、食料をたくさん届けてくれた母のお友達もいます。

本当に有り難いです。



それと、
適度な距離で、わたしを支えてくれる人がいます。


「僕に出来ることがあれば何でも言ってください。」


眠れない夜は、何時間でも電話に付き合ってくれて、
わたしが泣いている時には、クスッと笑えるような、Voiceメッセージを送ってくれます。(通称:僕です通信)


母が呼んでくれたのかな?
母のことがなければ、彼の優しさにも、気づかなかったかもしれない。



自分が1番つらいときに、向きあってくれる人。
そんな人に出会えたのが嬉しい。



7日に母が亡くなりました。



6日に激しい腹痛で入院し、翌日の早朝に呼吸が止まり、突然逝ってしまいました。




入院した理由も、していた治療も、命に係ることではありませんでした。




でも、あれだけ「お腹が痛い」って訴えていたのに、他に治療はなかったのか、何かしてもらえなかったのか。悔しい気持ちでいっぱいです。




母とは何百回と喧嘩をして、「このクソババア!」と何度も思ったけど、姉とわたしは、母が喜んでくれるのが嬉しくて、楽しそうにしてると良かったって思って、母と一緒の人生が本当に楽しかった。



母のいない生活は、とんでもなくつまらなくなってしまう。

これから何を励みに生きていけばいいのかな。





認知症もなく「ちょっと冒険してくる!」って、自転車でどこまでも行ってしまう元気な母だった。

お肌がキレイで、ラメラメの化粧品を使いこなす可愛い母だった。




お腹が痛いって苦しんでた姿が最期になってしまったから、


あの判断で良かったのか。

あの病院に連れて行って良かったのか。

入院させて良かったのか。

姉と2人で自分を責めてしまう。





もうお腹痛くない?

お父さんとマロンに会えた?

これからは、そっちで楽しんでね。

ありがとね。