第8回目は愛知県岡崎市 徳川家康ゆかりの地、法蔵寺の参拝の御紹介です。




法蔵寺(ほうぞうじ)は、愛知県岡崎市本宿町にある浄土宗西山深草派の寺院。山号は二村山(にそんざん)。かつては、二村山出生寺と称し、法相宗の古刹であった。本尊は阿弥陀如来。飛鳥時代、行基は観音菩薩像を安置し出生寺を創建した。平安時代、空海の来訪により真言宗となる。南北朝時代、竜芸上人により浄土宗に改宗し、二村山法蔵寺と改称した。所在地は、愛知県岡崎市本宿町寺山1。

[ 文化財 ]

愛知県指定有形文化財
銅鐸
岡崎市指定文化財
絹本著色善導大師像
絹本著色山越阿弥陀如来像
絹本著色二十五菩薩来迎図
絹本著色渡唐天神像
木造聖観音菩薩立像
利剣名号御下帷子
(徳川家康が三方ヶ原の戦いで着用)
破魔弓
(徳川家康愛用の弓)
青磁花瓶
梵鐘
松平蔵人佐元康制札



寺伝によれば大宝元年(701年) 行基によって法相宗の二村山出生寺として創建されたとされる。
至徳2年(1385年) 教空龍芸により浄土宗の法蔵寺に改められた。
嘉吉元年(1441年) 松平親氏により伽藍建立。
天文16年(1547年) 徳川家康が伯父である住職の教翁に師事。
永禄3年(1560年) 家康より守護不入の特権が与えられた。
寛永19年(1642年) 徳川家光より朱印地82石を授かる。
文政9年(1826年) シーボルトが参拝。




徳川家の始祖・松平親氏が伽藍を建立して、松平家の菩提寺とした。徳川家康(幼名・竹千代)が、時の住持・教翁上人に就いて、読書きを習ったという。江戸時代、深草派三河三檀林のひとつとなる。



[ 岡崎市指定天然記念物 ]

: 法蔵寺の桜
( イヌマキ後方)

: 法蔵寺のイヌマキ
( 樹高約12メートル、伝行基手植え。)

: 御草紙掛けの松

現在のは2006年に植えられた4代目である。しかしながら、周囲の石柵は文化12年(1815年)に寄進された物である。




[ 山門 ]



[ 鐘楼門 ]


[ 本堂 ]



[ 六角堂 ]



明治元年(1868年) 住職の孫空義天が近藤勇の首を祀る。



[ 新撰組隊長 ]

伝近藤勇の首塚 - 三条大橋に晒されていた首を斎藤一が奪取し、三条大橋側の誓願寺にいた孫空義天に供養を依頼し、義天の異動に伴って当寺に埋葬されたとされる。当初は世間の目もあったので、石碑は土で埋められ、無縁仏の様にしていた。






松平家霊廟
松平広忠墓(徳川家康の父)
松平忠政墓(徳川家康の異母兄)
亀姫墓(徳川家康の長女)
市場姫墓(徳川家康の異母妹)
矢田姫墓
夏目吉信墓
鈴木久三郎墓






[ 東照宮 ]



[ 御朱印 ]

[ 法蔵寺 ]

種類    お寺

参拝    自由参拝

〒444-3505
愛知県岡崎市本宿町寺山1