父とのお別れ

父が亡くなってから、
2週間ほどたちました。
不思議な感覚です。
もう、ずいぶん前の出来事に
感じるのです。
思い出せば、
もちろん寂しくて、
少し悲しくなるのですが、
また、すぐに日常の意識に
戻って行く。
穏やかに、ゆるやかに
悲しむことができるのは、
父が最後にくれた
愛情だと思っています。
昨年の2月に母が亡くなり、
父が、最後のお役目と決めていた
お見送りを果たしてからは、
認知症も進みましたが、
それでも、1人で身の回りの
ことはできていました。
昨年の11月に急に動けなくなり、
病院に入院してからは、
どんどん弱っていきました。
12月に入ってからは、
会話ができなくなっていましたが、
それでも私のことは
わかっていたようです。
昨年の今ぐらいは
一緒に母の病院に通っていたのにね
父は私が高校生の頃、
仕事で上手くいかず、
姿を消してしまった時期があります。
3年くらい消息不明でした。
その頃は本当に辛い時代で、
でも母が一番苦しかったと思います。
結局、母は父を見つけることができて、
私と弟が家を出ると同時に、
戻って母とまた暮らし始めました。
父と再会した時は、
感情が複雑すぎて
お風呂で泣いた記憶が残っています。
許せない気持ちと、嬉しい気持ちと、
父とどんな顔で向き合えばよいのかが
ぐちゃぐちゃでカオスでした。
その感情は心にしまい、
「おかえりなさい」と言ったと思います。
後に聞いたのですが、
当時は父もかなり苦しかったらしく、
あのままでいたら、
自殺しかねない状況だったそうです。
生きていてくれて
本当によかった。
それからは、
母と2人で喧嘩もしていましたが、
寄り添って生きてくれました。
私も、色々助けてもらいました。
父と母の病院に通っている時、
父が言いました。
「母さんには本当に苦労をかけたから、
ちゃんと見送ってあげたい。」
毎日のようにくる母からの
りんごが欲しい、
お菓子が欲しい、
とリクエスト(笑)に
父と私は毎回応えました。
父は本当によくやっていたと
思います。
父がいたから、私も
母への悲しみが和らぎました。
そばにいてくれるだけでいい。
その気持ちが、
本当に身にしみてわかったよ。
お父さん、ありがとう。
最期には間に合いませんでしたが、
まだ、体温が残っているうちに
会うことができました。
父の頭をなでながら、
お疲れ様でしたと伝えました。
眠るように亡くなったそうです。
穏やかな顔でした。
お父さん、
あなたはどんな人生でしたか?
そう心の中でつぶやくと
笑った顔が浮かびました。
地球旅行おつかれさまでした。
私はまだまだ地球を楽しむからね!
お父さん、本当にありがとう。
またいつか会おうね。
伊勢旅②
年をまたいでしまいましたが![]()
伊勢旅の続きです。
1日目の夜
貸し切りのお風呂で
あったまりました。
天然温泉ではないのですが、
ゲルマニウム温浴で、
少しあった目めまいが落ち着きました。
身体をあたためて、
血行がよくなるのはメニエールには
良いみたいです。
さて、下の写真は中華そばです。

このお宿は、夜食のサービスがあって、
夜の10時から、夜鳴きそばのおもてなしが
あります。
しょうゆ味の中華そばで
あっさりなんだけど
ダシがしっかりしてて
すごく美味しいのです
以前出雲に行ったときに
同じ系列のお宿に泊まりまして、
この夜鳴きそばのもてなしを受けて
衝撃を受けたのです
今回は、青さも入っていて
最高でした
実はこのそばのため、
今回は夕食なしのプランにしました。
夕食を食べてしまうと、
お腹いっぱいで
このそばが美味しく食べられないのです(笑)
なので、
テイクアウトで軽いものを
お部屋で食べて、この時を待ちました。
夜中でしたが、
お腹も大満足でした。
次の日の早朝
5時に起きて、宇治橋へ向かいます。
宿から歩いて15分ほどで着きます。
まだ真っ暗

あんなに暗いおかげ横丁を歩いたのは
初めてです。
じつは、この日の天気は曇り☁
着いて、この日のために用意した
椅子に座って時を待ちます。

5時半くらいはこの様子

少し明るくなってきました。

きれいですよね

もう、太陽は出ている時間ですが、
あいにくの曇りでした

少しだけ、光が漏れていました。
結局
ギリギリまでいましたが、
雨が降りそうになってきたので、
宿に帰りました。
もし、晴れていたら
こんなかんじで見れていました。
ちょっとくやしいなぁ
残念でしたが
2時間この場所で、ワクワクしながら
日の出を待ったことが、
とても良い思い出になりました。
今年も行こうと思っていますが、
あまりにも寒いので、
日の出に合わせて
宇治橋に行こうかなと思っています。
ど真ん中の日の出じゃなくても、
太陽の光はどの場所でも
あたたかく、パワフルなので。
なんなら、自宅でも良いのですが、
私は現場が好きなのです(笑)
さぁ、冷え切った身体で、
宿に戻り、朝食です。
内宮にまだ参拝していなかったので、
早々にチェックアウトし
内宮に向かいました。

スヌーピー焼き
そんなこんなで、お昼には
帰路につきました。
寒かったけど、
とっても楽しい旅でした。
今年もいろんな場所に
どんどん行きたいと思っています。
伊勢旅に
お付き合いいただきまして、
ありがとうございました🙇
新年を迎えて
あけましておめでとうございます
太陽が出る瞬間は
毎年心が震えます
今年もキレイであったかいです。
初詣は、
毎年小牧市にある、大縣神社へ。
天気が良いので、賑わっていました。
大好きな熱田神宮は、
いつも日をずらしてお参りしています。
来週末になるかな。
昨年末は
面白いことがありました。
まず、毎年お餅を買っているお店にいくと、
(あっ、このお店、大学時代に1年ほどアルバイト
していたお店なんですが、その時からのお付き合い)
当時、一緒に働いていたパートのおばさんが
店頭にいて、
37年ぶりの再会に、泣きました😭
毎年行っていたのに、
初めて会えて、
不思議ですね。
声でわかりました。
裏に住んでいて、週に何回か
お手伝いに来ているそう。
おばあさんにはなっていたけど、
雰囲気は変わらない。
だから、わかりました。
もう、感動で、
学生時代のあの頃に
想いを馳せました
お元気でいてくれたことが
何より嬉しかった😢
次は、12月末で退職されると
教えてくれた佐川急便のおじさん。
お笑いの小峠さんに似ているので、
我が家では、小峠さんと内緒で
呼んでいました(笑)
そのおじさんに、全然会えなかったので、もう会えないのかなあと、思っていたら、
大晦日、近くの喫茶店☕でばったり。
このお店で会ったのは
初めて
最後に会えて嬉しかったです。
そして最後
メニエールらしきものの治療で
通っている、耳鼻科の先生が、
ランチのお店に来ていた(笑)
このお店で会ったのは初めて(笑)
と、
なんか、不思議なご縁を感じた
年末でした。
お餅やさんは、
私が、学生時代のころ、
自分のことをかえりみず、
頑張って働いていたところ。
夜間の大学だったので、
朝から夕方までフルで働いていました。
そのあとで授業だったので、
土日は休みたかったのに、
忙しいから、シフト入って欲しいと
おかみさんに頼まれると
イヤと言えず、働き続けて体調をこわし、
やめてしまったという、そんな歴史。
佐川急便のおじさんは、
宅配の仕事がきついといつも
話していて、
とうとう辞めることになった
そんな話。
耳鼻科の先生は、
「年末年始」は、ゆったりしてね!
と休むことを強めに言われた
そんな話。
今はもう無茶なことはしていなくて、
ゆっくりできているつもりだったけど、
メニエールらしきものは、
ストレス、疲れ、睡眠不足が原因の
病気だそうです。
どこか、力が入っていたんだなぁと、
教えてもらいました。
この年末の出来事で、
今までの在り方と
もうさよならなんだなーと
深く実感しました。
今年は私の中に
「レボリューション」の文字が
浮かんでいます。
何に対してのものなのか、
正直わかりませんが、
ひとつひとつ、
チャレンジできたらと思っています。
新しいこともそうですが、
やめることもありそうです。
苦労ではなく、
楽しみながら進みたいと
思っています😊
このブログも、
自分のペースで続けたいです。
読んでいただき
ありがとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いします










