ことのはの「幸せはすでにある」Life♪
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母からのメッセージ

昨日は、2年前にこの世を去った

母の命日でした。




父も母もお墓を持たず

このお寺に納骨されています。


都会の真ん中にあり、

とても気持ちの良いお寺で、

わたしの大好きな場所です。


少し前にお参りに行ってきました。


母はパーキンソン病を患っていて、

晩年は、幻影との闘いでした。

父が浮気していると思い込み

毎日その電話が母からあり、

毎日、その幻影とわたしも向き合いました。


入院してからは、

母の好きな食べ物を

短い面会時間にせっせと

届け、

かろうじて会話が成立する

ときは、ひたすら話をしました。


息を引き取る時、

やれることはやれたと

悔いはあまりなかったのだけど、

時折、

もっと話をしておけばよかったなと、

ふと思うのです。



今回お参りした時、

父母が眠る納骨堂の前の掲示板に

貼ってあった言葉。


まさかの

今、大好きなアニメ

「葬送のフリーレン」でのセリフでした。


『人間の寿命は

 短いってわかっていたのに

 なんでもっと

 知ろうと思わなかったんだろう』


何故か、母からのメッセージのように

感じました。


今 を大切に生きなさい。


そう、そっと背中を押された気が

しました。


お母さん、ありがとう。

「嫌いな人」を超えてゆけ〜選択して気づいたこと

嫌いな人は、いったい何故現れるのか。

目の前に起こる出来事で、

紐解いていく、私の自由実験のお話です。


前の記事です。




前回、やりたくない仕事をやってほしいと

言われて、私はどう決断したか。


その続きをお話します。



断りました。

きっぱりと。


以前の私だったら、

間違いなく引き受けていました。


何故なら

その方が、周りがうまくおさまるから。

そして、そんな自分が好きだったと思う。


そう。

私が調和させている。

私がいるから周りが幸せになる。


こうすることで、

自分を表したかった。

認められたかった。

あなたのおかげでと言われたかった。

好かれたかった。

よい人と思われたかった。

褒められたかった。


あー、そうか。

私は承認欲求を満たすために

自分を犠牲にし、

収めようとする世界を生きていたのか。


これ、今書いていて

はっと思いました。


これを書く前は、

自分が犠牲になることで、

平和になるから、

そうすればいざこざもなく、

争うこともなく

私自身が安心できるから。

それだけが理由だと思ってた。


でも、それだけじゃなかった。


つまりは、

究極は、


みんなに

『愛されたかった』んだと。


だから、

いつも笑顔で、

やさしく振る舞い、

尽くしていた。


だから

頑張っていたのだと、

とても腑に落ちたのでした。


いつかどこかでだれかに、

母親か、先生か、大好きなひとからか

そうしなさいと言われたのかもしれません。


そう言われた人にも

愛されたくて

それを守ってきたのだと、

気づきました。


でも、

もうその役割を、を卒業する時が

きましたよ。

その役割をすることで、

愛される確認を

する必要はないのですよ。


と私にお知らせするために

試されていた

出来事だったとわかったのです。


そして

その選択を

今回はしなかった。

もう、したくなかった。


こうした自分の声を聴いて

行動したことが、

後に状況を変えていくことに

なったのです。



またまた次回に続きます。












思い出したら伏線だらけだった。


前回のお話の続きです。

私は小さい頃から歌を歌うのが大好きでした。
1歳ころからちょっとした台の上に乗っては、
みんなの前で歌を披露していたようです(笑)

その延長線上で、幼稚園に入った頃、
自らお願いしてYAMAHAの音楽教室で
ピアノを習い始めました。
音楽が大好きでした。


初めは譲ってもらったオルガンを
ひいて練習していました。

しばらくすると、小学生の頃、
当時住んでいた、ボロボロの長屋に
ピアノが届きました。
買ってくれたのです。





今、考えれば
そんなに収入も多くなかっただろうに
あんな高いものを買ってくれた両親に、
いまさらながら感謝が湧き上がってきました。

ピアノは、私の親友になりました。

うれしいことがあったときも、
学校で嫌なことがあったときも、
ピアノをひくと、
気分が落ち着きました。

同僚の彼に楽譜を渡され、
ひいた曲を録音してほしいと
言われた時、

ある記憶がよみがえりました。

小・中学生のころ、
音楽の時間は、先生にいつも伴奏係に指名され、
合唱コンクールでは毎回ピアノを任されていた私。

選ばれることが
誇りでもあり嬉しかったけども、
得意げになっているよう見られることもあり、
一部の同級生から少しイヤミを言われたりも
していました。
それがすごく嫌で、
ポーカーフェイス装ってたなぁ。
思春期だったので複雑でしたね。

でも、中学生の時、
少しやんちゃな同級生の女子に、
アイドルのオーディションに出るので、
ピアノで伴奏を録音してほしいと
頼まれたのです。

この時の曲は、
山口百恵の「さよならの向う側」
なつかしい(笑)
練習用だったか、申し込み用だったのかは
忘れてしまったけど。

彼女は家庭が複雑のようでした。
やんちゃなグループにはいたけど、
素直な可愛い子だったのを
覚えています。

私はその時も引き受けて、
当時はカセットテープに録音し、
約束どおり彼女に渡しました。

残念ながら、オーディションには落選
してしまいましたが。

でも卒業式の日に、
わざわざ、彼女がお礼を言いに来てくれ
たのです。
あの時は本当に嬉しかったと。

私のピアノの音が
誰かの何かになったこと、
当時も嬉しかったと思うのですが、

今回のことで再び思い出し、
なんて素敵な経験をさせてもらったん
だろうと、あらためて
感謝の気持で胸がいっぱいになりました。

私の
歌、ピアノ、音楽。
大好きだったもの

忘れてしまっていた気持ち
私の原点

こんなに私の一部となっていた
音楽

私はあるときを境に
封印してしまうのです。

またまた次回に続きます飛び出すハート







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