いつの間にか『子育てで目指すもの』を見失っている事に気がつきます。
子供の将来を考えての事が、
短期的な『出来るようにする事』にばかり目がいってしまったり。
目標を明確にもっていないと、
間違った方向に進んでしまう危険があります。
それも、幼児教育に対しての思いが強ければ強いほど、
そのまま勢いをつけて暗闇に突き進んでしまう恐ろしさがあります。
だからその都度、
立ち止まって、じっくり考えてみることが必要だと思うのです。
本当にこの道であってるのか?
目指すべき場所はどこであったか?
私の目指す理想の人物像はこの二つです。
①『生きる喜びをかみしめられる人』
②『自分の人生を自分で創っていける人』
その2つを持って、
『一度きりの人生をいかに楽しみきれるか。』
が最大の目標です。
生を授けたのは私。
子供達には、楽しい人生だったと思って貰いたい。
生きていれば喜びだけでなく、悲しみも苦しみも必ず経験します。
大小あれど、試練のない人生なんてないからです。人はいずれ別れがやってきます。
だけど、それを悲観する事なく、
味わうことが出来る心を育てたいのです。
雨の日には雨の切なさを、晴れの日にはその温かさを。
悲しみを乗り越える『強さ』というものではなく、それさえ味わえる『人生の全肯定感』を育てたいのです。
それが私にとっての子育ての到達地点です。
同じ景色を見ても、人によって感じ方が違うように、
同じ事象が起こっても、人によって捉え方が違うように、
どう感じるかが人にとって幸せに直結すると思います。
そのために、まず幼少期の今、
『感受性を育てる』
事が大切なのだと思います。
漢字を誰よりもいっぱい覚えることより、かけ算99を誰よりも早く覚えることよりも、
空の青さに、朝露の美しさに感動できる心を育てたいのです。
『生きる喜び』とはそういう小さな感動の積み重ねなんじゃないかと。
そして、次に目指すは
『思考力』の育成です。
人生は『選択』の連続です。
自分の進むべき道は自分で考え、選択していかなければなりません。
『思考力』があれば、自分の人生の舵をとっていけます。
それが理想の人物像②の、
『自分の人生を自分で創っていける人』
なのです。
人に自分の人生を奪われることなく、もちろん親にも。
『思考力』=『翼』
のようなものだと思います。
翼があれば自由に、どこにでも飛んでいけます。
そして最後に、それらを支える全ての基盤は、
『親からの愛情』
以外にないのだと思います。
長い道のりを歩む時、
迷った時も、悩んだ時も、それまでに注がれてきた『愛情』がその子の支えとなり力となるはずです。
親がどれだけ深い愛を持っていたとしても、示し方が間違っていたり、
上手く伝わらずにきてしまったら
それは不幸な事です。
必ず子供にも伝わる形で、それを存分に示していきたいと思います。
もしも、幼児教育をする事で子供に伝わるものが反対方向を向いているのだとしたら、
それはどんなにその子供の為と思っていたとしても見直すべきだと自分自身に戒めたいと思います。
そんな目標を胸に、
先日からある事を始めました。
それは、
『こどもと公園で朝活!』です。
幼稚園に行く前の1時間に公園を散歩するっていう。
ゆっくりと散歩するだけで、色んな発見があります。季節の移り変わりも感じられます。
息子は前日雨で濡れていたフェンスから滴り落ちる雫を見つけては、そっと爪に乗せて遊んでいました。
雫が上手く爪にのるととても嬉しそうに。
春の朝は光が美しくて本当に心に沁みます。
子供達もきっと感じているはずです。


